阿修羅、覚醒。
「……何かおかしいな?」
サマルエは、こちらを眺めて目を細める。
「君は、勇者の力を使って武器を出現させていたんじゃなかったかな。それにレヴィ・アタンは僕の攻撃で魂を瘴気に侵されていた……君に融合してる子竜が健気に守っていたようだけど、どうやら瘴気の影響が、消えてるね?」
唇を尖らせ、左手の人差し指をこちらに向けた魔王は、リズムを取るようにその指を前後に振る。
「それにさっきの技と、今の君たちの姿……」
さらに、チラリとミズチ達のいる方に目を向けたサマルエは、ゆっくりと口元に笑みを戻した。
「ハハ……姉さん達の姿も、気配も感じないなぁ……クロノトゥースの仕業かい? 何をしたかは知らないけど」
たった一合のやり取りとわずかな情報だけで、そこまで読み取ったらしい。
「消えたのかな? 消えたのかなァ……!? そして君たちの、様子……」
口の端を釣り上げるような満足そうな笑みと共に、サマルエはゆっくりと首をかしげる。
「……もしかして、彼らを犠牲にして、君たちも竜魔になったのかい?」
「少し違うが、ほぼ合っているな」
クトーは、震えそうになる声を抑えて言葉を吐く。
犠牲。
たとえそれが彼ら自身の遺志であろうとも、確かに彼らが命を散らしたのは、クトーのせいとも言えた。
相討ちを狙わなければ。
それ以外の手を思いつくか、あるいは、時間を止める術式を使わずに魔王を討っていれば。
トゥスらが消えることは、なかったのかも知れない。
「だが、無駄な犠牲には決してしない」
託されたのだ。
『サマルエの悪ガキを頼むさね、兄ちゃん。きっちり終わらせてやってくれ』、と。
「彼らと共に、貴様もーーー」
「ーーーここで消えるのよ、クソ野郎!」
レヴィが半身の姿勢で深く腰を落とし、逆手に握り変えた二本のニンジャ刀を前後に構える。
クトーも軽く膝を曲げ、偃月刀の柄に軽く右手を添えた。
「なるほど、なるほど……そうか。じゃあ僕は、もう、君たちの相手をするだけでいいんだね?」
突然、サマルエが全身から世界を圧するような龍気を放った。
完全に本気になったらしい。
彼が大きく、ゆったりと両手を開くと、左手にも【真龍の大剣】が滲み出すように現れて、握られた。
さらに、サマルエは再び背中の6対12枚の翼を燃え上がらせて竜の頭に変化させる。
「僕は消えないよ、クトー・オロチ。そしてレヴィ・アタン。君たちを殺して、僕は永遠を好きに生き続ける……」
サマルエが、ゆらりと足を踏み出すのと同時に。
「ハハ、邪神に滅ぼされる前に、僕が、世界を、人間を、滅ぼすのも良いなぁッ!!!!」
レヴィが駆け出し、クトーは完全に扱い方を理解した竜気を練り上げる。
天竜と双竜の両翼を大きく広げ、その銃身を迫り来る敵に向けた。
「ーーー《竜弾斉射》」
五色の輝きを放つ竜気の光閃が、間に横たわる空間を貫いて、レヴィを狙って首をもたげた炎の竜頭に迫る。
貫かれた四つの頭が弾け飛んでも、残った竜頭は怯むことすらなく走る少女に牙を剥く。
「ーーー《竜刃円月輪》」
クトーは双銃が変化した下翼と、【五行竜の指輪】を変化させた6つの円月輪を解き放ち、さらに三つの首を落とした。
残るは五つ。
そこでクトーは、偃月刀の切っ先を地面につけて体から力を抜き、細く息を吐きながら超高速で術式を構築した。
勇者の能力である〝超越活性〟による補助があってなお、頭の芯が焦げ付くような感覚に陥る速度で。
そうして組み上げたのは、サマルエのスキルを……《極光機動》を模した魔法。
クトーは、気づいていた。
レヴィやリュウ、サマルエほどに戦士の才覚を持たない自分が、もし仮にそのままあの技を使ったとしても、扱い切れはしない。
動ける速度が同じなのであれば、結局は基礎的な身体能力が高い方が有利なのは必然。
ならば、と。
これから先の自分の動きすら、術式の中に組み込み。
「ーーー《黒の衝撃》」
発動した魔法が、体を勝手に動かす。
決められた動き……しかし知覚が追いつく必要がない分、相手よりも遥かに速く。
前を駆けるレヴィを追い越し、彼女の間近に迫った炎の竜頭に偃月刀で一閃。
返す刃で、逆から迫る竜頭に一閃。
最後に、竜気を集中させた左の後ろ回し蹴りと共に、コートの裾が舞い踊り。
身を低くして駆け抜ける、レヴィの背後から迫る竜頭に踵を叩き込む。
「行動解除ーーー」
クトーの体に、自分の意思によるコントロールが戻った直後、風を巻いたレヴィが吼える。
「ーーー《極竜活性》ッ!!」
残った二つの竜頭。
その牙がレヴィの体に突き立つ直前に彼女の姿が搔き消え、同時に襲いかかって来た二つの竜頭が首から切り離されて宙を舞った。
「ーーー《極光機動》」
ほぼ同じタイミングでサマルエも姿を消し、無数の衝突音が弾けるのが、聞こえた。




