二人の竜魔。
『こいつを覚えてるかい、兄ちゃん』
トゥスがクトーの持つ【カバン玉】から勝手に取り出したのは、小さな実だった。
真っ白なそれは、レヴィと一つずつ分けて持っていた世界樹のもの。
ーーーそれが、どうした?
『こいつは、【情熱の実】ってぇ名前の実さね。……原初の勇者が、転生の時に捨てた記憶の塊さ』
トゥスがフッと軽く息を吹きかけると、硬そうだった実が艶を帯び、実の色が赤く染まって熟れる。
『コイツを身に宿した者は、【原初の勇者】の記憶を得る。そして肉体が滅ぼうとも、記憶を持ったまま輪廻の内を生き続けることが出来る、不滅の加護も』
ーーー欲する者が多そうだな。
『ヒヒヒ。そこいらの常人なら、二周目に行く前に厭いて死を選ぶさ。永く生きて面白ぇことなんか、そうそう有りゃしねーからねぇ』
ーーー翁が言うと、説得力が違うな。
『そうだろう?』
ーーー悪用する者はいなかったのか?
クトーの質問に、片眉を上げたトゥスがさらに印を組み替えると、浮かんだ実が淡く輝き始める。
『居やしねぇよ。訊いたこともあるが、世界の真実を、邪神が現れた理由を、まるで己が生のように頭の中に植え付けられちまったら、生きる気も失せたとよ』
ヒヒヒ、とトゥスは笑い、真剣な色を目に宿す。
『……不死を得た後、次の生を望む者も、何を知ったかをわっち以外に話すヤツも居やしなかった』
ーーーなるほどな。
『だがその記憶や不滅性を手放すのは、意外と簡単さね。おまけでくっついてくる力を、一度使えばいいだけだからねぇ』
兄ちゃんとしては、今はそっちのが魅力的かもしんねーねぇ、とトゥスが勿体ぶる。
ーーーおまけ?
『ありとあらゆる竜気魔法を、たった一度だけ行使可能になるのさ』
ーーーなるほど、分かりやすい話だが。
クトーは、その力が魅力になるほど、解決策として有効とは思えなかった。
ーーー最強の剣技である斬意の一撃すらも、サマルエの〝魂魄回帰と同等になるに過ぎんだろう。
勇者の力は既に与えられている。
それを以てしてなお、クトーはサマルエに届かなかったのだ。
しかし、トゥスは首を横に振る。
『分かってねーね、兄ちゃん。お前さんは、竜気を使えるようになっただけで、完全な勇者と成った訳じゃなかったさね』
ーーー何が違う?
『勇者の不滅を得るってことはな、兄ちゃん。お前さんが既にウーラから与えられてる、魔王の力までもきっちり振るえるようになる、ってことなのさ』
※※※
レヴィは、会話は聞こえないものの、こちらと同じように実を浮かべて話す二人を気にしながらぷにおに問いかける。
「何なの、その実の力って」
『【天地の実】は、身に宿すことで使用者の願いを叶えるものである』
「へぇ、凄いわね」
『どんな願いでも、というわけではない。その願いは他者に作用するものではなく、ただ願う己の在りようを変える力である。ーーー《凌駕せし者》と呼ばれるスキルによって、それは為される』
彼の言葉と共に、漆黒の実が、禍々しい気配を放ち始める。
「よく分かんないわね。要は魔王を殺せ、みたいな願いは叶わないけど、強くなりたい、みたいな願いは叶うってこと?」
『その通りである。心の底から信じ、強く想う願いであれば、それは叶う……精神が肉体を凌駕し、己を作り変えるのである』
故に、《凌駕せし者》。
ぷにおのその言葉に、レヴィはふん、と鼻を鳴らしてから口角を上げる。
「おあつらえ向きね。そういうのは得意中の得意よ。今まで散々やって来たし」
『しかし、このスキルの行使には副作用があるのである。使用すれば運命から逃れ得ぬ、途轍もない代償である』
「まぁ、その実の邪悪さを見ればそれくらい分かるわよ。勿体ぶってないで早く言いなさいよ、この二頭身」
『……口が悪いのである。【天地の実】は、魔王の実。我が主人の父が拒絶した運命はーーー』
ぷにおは大きく息を吐き、ようやく話の核心に触れた。
『ーーー己が娘が、魔王と成る運命だったのである』
※※※
ーーー魔王の力、だと?
クトーの疑問に、トゥスは応える。
『そうさね。気づかなかったのかねぇ。本来なら人には扱えねぇ上位闇魔法を、お前さんは本当に、魔力の器がデカくなったから扱えるようになった、と思ってたのかねぇ?』
ーーーなるほどな。【死竜の杖】か。
チタツを倒した後に、偃月刀が変化したあの武器は。
ウーラヴォスが、己の持つ魔王の力を込めて寄越したものだったのだ。
だから、本来は扱えないはずの闇魔法が扱える媒体になったのである。
『そう、お前さんは、ティアムから竜気を扱うメガネを、ウーラから魔王の力を込めた杖を、それぞれに与えられていたのさ。……ま、わっちからお前さんに渡すのは、このキセルってぇとこかね』
ーーーつまり。
※※※
原初の勇者は、魔王を倒した。
しかしそうしてもたらされた平和の後には、次代の魔王が生まれ出でることと同義でもあった。
その次代魔王が、よりにもよって。
『そうした事があったからこそ、邪神は我が主人の姿を象ったのやも知れぬ。現魔王サマルエが、勇者と魔王の力を合一するにあたり、我が主人の父の肉体を蘇らせたのも、あるいは必然故に、と言えるのかも知れぬ』
「知れぬ知れぬ、って、別に私にとってはどうでもいいわよ」
自分の姿に魔王が似てようが、邪神が似てようが、レヴィに特に躊躇う気持ちなど生まれる訳も無いのだ。
「まぁ、理由は分かったけど。だから天国と地獄って訳ね」
『……その通りである』
「んで、私が信じれば、私がなりたい自分になれる」
『その通りである』
「なら、あの魔王をぶっ殺す自分にも、なれるってことね?」
※※※
レヴィの問いに、ぷにおは頷いた。
『その通りである。我が眷属によって人竜を模し、魔王の魂を持つ汝であれば』
トゥスが、 ヒヒヒと笑いながら、クトーの合点に言葉を被せる。
『そう、わっちが今からこの【情熱の実】の力をお前さんに与えたらーーー』
一柱の時の神と、世界を見守っていた聖白竜は、奇しくも同時に、二人に告げた。
『サマルエと同様に、魔と竜の力を持つ存在に、なれるのである』
『ーーーあの悪ガキと、お前さんは同じ存在になるってぇことさ』
ぷにおの言葉に、レヴィは太い笑みを浮かべた。
「面白くなって来たじゃない。その力、私によこしなさい」
クトーは、トゥスの言葉に納得した。
ーーー世界樹の実を持っておいて損はない、と言っていたのは、そういうことか。
レヴィの要求に、ぷにおは念を押す。
『……本当に、いいのであるか』
クトーの合点に、トゥスは軽くため息を吐く。
『正直、役に立って欲しくはなかったよねぇ』
レヴィは、ぷにおに向かってはっきりと口にする。
「私が魔王になるって事が、どういう結果になるか知らないけど、未来のことより今のことよ。その前に、一つ願いが叶うなら……」
クトーは、トゥスに向かって明確に告げる。
ーーー道具は、使うべき時に使うべき物だ。役に立つならいい事だろう。奴と同じ力を得て、代償が得た力を使えば失う事。それで済むなら……。
「ーーー対価としては破格の安さだ」




