おっさんは、相討ちを覚悟したようです。
《絆転移》による、奇襲。
ーーー背後から、と貴様は読むだろうな。
サマルエの思索は自身に匹敵し、才覚と能力は確実にこちらを凌駕している、と。
冷静に分析した相手の実力を信頼していたが故に、クトーは、こちらの動きを察した瞬間の相手の思考すらも、読み切った確信と共に。
《絆転移》で、自分をほんの僅かだけ。
ーーー体一つ分だけ真横の空間に、転移した。
炎翼が、こちらの頬を炙りながら誰もいない空間を貫き、体を捻って斬撃を放ったサマルエへと向かう。
クトーはその翼の影に潜み、静かに偃月刀を構えて、魔王の〝核〟を狙った。
竜気を込めた、勇者の武器による刺突。
逃れる術はないーーーはずだった。
「……!」
だが〝魂魄回帰〟が外れたことを悟った瞬間、魔王はさらに一回転するように体を捻り、クトーの姿を目で捉える。
そして、最短距離で腕を振るい、大剣の刀身ではなく柄尻を、こちらが放った刺突の先端に叩きつけた。
「ハハ……やっぱり君は凄いね、クトー・オロチ!」
ーーー弾いておいて、何が凄いだ。
クトーはギリ、と奥歯を食い縛り、武器に繋いだ魔力糸を操る。
双銃を円月輪のように回転させ、大きく身を引きながらサマルエに対して牽制を放った。
次の奴の行動は、間違いなくーーー。
「ーーー《極光機動》」
他者の知覚の外に位置するかのような、圧倒的速度で、サマルエが動き始める。
どこまでも、ズルをしているような気にさせられる最悪のスキルだ。
しかしクトーは、読みだけでその一撃から致命傷を避けた。
放った円月輪の軌道が逸れないことから、相手の動く範囲を限定して予測。
真正面十二時方向と、背後の四時と八時の二方向だ。
ーーー〝号哭の長竜よ〟!
クトーは片翼である【天竜の狙撃銃】を最小の指先の動きで操り、サマルエが放つであろう剣閃の軌道上へ竜気弾を射出。
利き手である左手を狙ってくれば、その弾丸が相手の攻撃を防ぐ。
ーーー右腕を狙ってくるのなら、くれてやる。
背後が二方向なのは、真後ろ……心臓を守る位置には天を突く形で【真竜の大剣】があるからだ。
他のスキルを行使不可の《極光機動》を使っている状態では、竜の武器は破壊出来ない。
それに人を嘲笑うのが好きなあの魔王の本命は、おそらくは円月輪の隙間を抜けて、真正面から来る斬撃、もしくは刺突である。
ゆえに、こちらはあくまでも予備。
正面の攻撃を押さえた上での、次撃への備えだ。
クトーは体を引きながら、正面の攻撃に対しては【真竜の偃月刀】を右手で体の正中線上に立てていた。
そうして、刀身に左手を添えた瞬間、全身に、衝撃と痛みが走る。
「……ッ!」
礼服とコートが一瞬にして引き裂かれ、血が吹き出した。
姿は見えないが、魔王が放った高速の斬撃が、急所以外の全身を撫でたのだろうという事だけは分かる。
ーーーだが、浅い。
いかにサマルエといえど、竜気で覆った聖白竜の装備が持つ強固さは容易く抜けない。
そして今、確実にサマルエは間近にいる。
さらなる次撃が来る前に。
ーーー〝無明の冥竜よ〟……〝寸神尺竜〟!
クトーは、【死竜の杖】によって、竜気にも効果のある阻害魔法を発動する。
本来は何かの魔法やスキルを対象を取る魔法だが、術式改竄により自分の周囲を巻き込むように発動したそれが、真正面にいたらしいサマルエを捉えた。
「へぇ、まだ粘るのかい!?」
スキルを打ち消されて、翼を羽ばたかせながら後ろに下がった魔王に、クトーは目を細める。
「言っただろう。死ぬのは貴様だと」
「強気だね。でも、もう余分なことは出来ないんじゃないのかい!?」
顔に歓喜を浮かべている魔王の言葉は、図星だった。
指輪や杖に溜めた魔力はすでに放出してしまい、再度充填するには時間がかかる。
しかしクトーはその言葉の間に偃月刀を両手で構え、半身の姿勢で魔王に向けて踏み出す。
「この段階で決着をつけてしまえば、何も問題はない」
クトーと同様に、魔王の方にもさほど手は残っていない。
全力の〝神曲〟を放ったことによる硬直を《極光機動》を連続行使して無視した以上、それなりに負担が掛かっているはずだ。
言葉を弄して惑わすのは得意技だろうが、惑わされてやるほどこちらも安くはないのだ。
だがサマルエの方も、それ以上の時間稼ぎをするつもりはないようだった。
「《獄炎翼翔》!」
全力は出せないのだろう、手を前に突き出して二枚の炎翼を放つ魔王に、クトーは進路を変えて回り込みながら、腰元に浮かぶ血に濡れた武具を操る。
「〝咆哮の双竜よ〟!」
竜気を込めた氷と風の弾丸を放ち、炎翼の進路上でぶつけて弾けさせる。
「〝氷よ〟!」
そのまま、回転させて撃ち放った刃の魔銃をそれぞれの炎翼にぶつけて阻害している間に、杖を魔王に向けて光の魔法を放った。
「〝貫け〟!」
「この程度で、翼はともかく僕を阻めると思うのかい!?」
大剣であっさりと、光線を弾いたサマルエは、そのままこちらに向けて突っ込んできた。
クトーも引かず、勢いを緩めないまま真正面から突っ込んだ。
「おおおおおッ!!」
気迫を吐きながら、炎の竜気を刀身に纏うサマルエを一撃を、氷の竜気を込めた偃月刀で迎え撃つ。
威力は同等、しかし力は相手の方が上だった。
押し負ける前に柄を捻って大剣を横に流すと、刃の先端が顔の脇をかすめ……。
ーーー【四竜の眼鏡】が、チェーンとツルを破壊されて宙を舞った。
こめかみを浅く裂いた傷から散った血が左目の視界を塞ぎ、即座に炎が傷を焼いて痺れにも似た痛みが走る。
だが、クトーは止まらなかった。
その間に魔王の背後に回り込ませておいた狙撃銃によって、雷弾を放たせようとしたところで。
「無駄だって言ってるだろう!?」
そう言いながら、魔王が何もない空中を手元で風車のように回転させた大剣で薙ぐ。
ぷつん、と意識の中に響く音と共に切られたのは、クトーと狙撃銃を繋いでいた魔力糸。
「見えてるんだよね! 全部!」
「そうか。だがその動きが命取りだな」
確かにただ竜気を込めただけの魔力糸は、魔法で阻害することは出来なくとも、斬る程度のことはサマルエには容易いだろう。
そんな事は、十分すぎるほどに分かっている。
意に介さず、クトーは半分だけの視界を凝らし、得意げな顔をする魔王の胸元に向けて偃月刀を突き込んだ。
ーーー届く。
相手の方が動きが速いのなら、攻撃が同速になるようにしてやれば良いだけの話。
魔力糸に関しては、こちらの手を全て上から潰そうとする魔王の行動回数を、増やしてやっただけだ。
「そう思うのかい? ……なら裏の掻き合いは、僕の勝ちかな?」
魔王は、そう言いながら逆手に剣を握り。
「ーーー《魂魄回帰》」
斬威そのものである、防御不可能の一撃を……振り上げた大剣の先を、こちらに突き込んで来るが。
クトーには、避けるつもりなど毛頭なかった。
ドン、と音を立てて。
痛みすらなく、衝撃だけを体に残して。
こちらの心臓を、魔王の刃が貫く。
同時に。
クトーも偃月刀の先端から、間違いなくサマルエの心臓を捉えた手応えを感じた。
動きが、お互いに静止する。
そこで、魔王が愉悦の笑みと共に、ベェ、と舌を出した。
「僕の勝ちだよ、クトー・オロチ」
魔王の舌の上にあったのは、小さな……しかし強烈な瘴気を放つ〝核〟。
サマルエは自身の〝核〟を、心臓の位置に置いてはいなかったのだ。
ーーー口でなんと言おうと、結局貴様は『死』を恐れている。
勝利を確信している魔王に、全身を襲う痛みに耐えながら、クトーは最後の呪文を口にした。
「〝呱々(ここ)の始竜よ〟」
背後に浮いていた【真竜の大剣】がふわりと後ろに離れ、そこから魔力の糸が伸びてこちらを包み込む円を描く。
頂点に勇者の大剣。
時計回りに、炎翼と弾き合って停止していた双銃が二つ。
逆側には、狙撃銃と、吹き飛ばされた【四竜の眼鏡】。
それらが描く、血の色をした五芒星が浮き上がる。
「……!?」
笑みに歪んだままの魔王の目だけが、驚きの色を宿すのを見ながら、唱え続けた。
「〝血の贖いにおいて、意のままに圧せよ〟……〝時と竜の力もて、時に呪縛を齎せ〟……」
それは、クトーの用意した最後の切り札。
命をかけ、魔王が浅ましい本性を見せた時のために用意しておいたそれは。
魔王が再誕の時に描いた複雑な時間逆行の魔法陣を、書き換えたもの。
「〝我が身以外の、全てを止めよ〟ーーー《時空停滞》」
パキン、という破裂音を最後に。
世界から音が消え、色も失せ、そして全ての動きが止まる。
風のそよぎも、魔王の動きも。
門の奥にある白い光の渦だけが、その中で動き続けていた。
クトーは、偃月刀を握った手に力を込める。
ーーー後一回。
ずるり、と魔王の胸元からそれを引き抜き。
後は、魔王が得意げに見せている〝核〟を切り裂くだけ。
なのに。
引き抜いた偃月刀を握る手に力が入らず、そのままごとん、と先端が地面に落ちた。
ーーー何をしている。
後、たった一度。
ほんの少し。
ただ持ち上げて、斬撃を放つだけで全てに片がつくというのに。
ーーーなぜ動かない。
自分だけが動けるこの瞬間に、自分の体が言うことを聞かない。
ーーーこの、状況で。
なぜ。
モタモタしていては、時を止める魔法の効果が終わってしまう。
ーーー早く。
クトーの意思に反して、体は動かない。
心臓を貫かれたことで、そもそも体を動かすだけの余力が腕に残っていない。
このまま戻れば、ただ死ぬだけだ。
ーーーふざけるな。
後、たった、一発が、遠い。
今にも、時が再び動き出す。
そんな危機感に、クトーが悔しさに歯をむき出しにして口元を歪めた、ところで。
『ヒヒヒ。お前さんのそんなツラは、初めて見たねぇ。……人間らしくて、良いもんさね』
聞こえるはずのない声と共に、崩れかけた停止魔法が何かに支えられるようにして持ち直し。
『しかし、何か狙ってるたぁ思ってたが、まさかお前さんが相討ち覚悟で殺りにかかるとはねぇ』
止まった魔王の頭に腰掛けるようにして、獣の姿をした仙人が、まるで何事もないかのように、ニヤニヤと姿を見せた。
※※※
ーーーレヴィは、誰かに語りかけられるような微かな呼びかけを感じた。
『目覚めるのである。我が主人の魂を持つ者よ』
微かに目を開くと、暗い闇の中にちょこんと小さな白いものが浮かんでいる。
もふもふも気持ち良さそうな毛を生やしたその愛くるしい聖白竜の姿。
「むーちゃん……?」
『違うのである』
呼びかけを受けて答えた小竜に、レヴィは徐々に意識がはっきりしてくる。
「あれ……? ぷにお?」
『そうである』
軽くうなずいたぷにおは、黒く大きな目でこちらを見つめながら、衝撃的な言葉を口にした。
『心して聞くのである。ーーークトー・オロチが、死んだのである』




