表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

333/365

仙人は、最後の仕事をするようです。


 白い戦影が、青空が広がる草地の上を駆ける。


 偃月刀他、幾多の武器を携えて、優美に無駄なく。

 いっそゆったりとしているようにすら感じられる、洗練された足運びで。


 対するは黒き魔王。


 膨大な龍気を放ちながら大剣のみをぶら下げ、肩の力を抜いて待ち構えている。


 穏やかなはずの異界の中で、彼の周りだけが黒く歪んでいるように禍々しく、足元の草木がつむじ風のような圧に押されて揺れながら、徐々に枯れてゆく。


 静謐せいひつの白と、暴虐ぼうぎゃくの黒。

 空の青と、草地の緑、そして荘厳な門の内から湧き出す五光。


 彼らの対照的な様と、色鮮やかなコントラストを描く背景は……まるで、神話を描いた一枚の絵画のように思えた。


『やれやれ、兄ちゃんは嬢ちゃんのことになると、本当に我を忘れるねぇ』


 トゥスは、キセルから吸い込んだ煙を吐き出し、ヒヒヒ、と笑った。


 これが最後の一服さね、と。

 名残惜しさを感じながら、キセルの中からトントンと灰を落とす仕草をしながら、ティアムに目を向ける。


『ようやっと、こっちの準備が整ったてぇのにねぇ?』

「……早くやりましょう。今のままでは、クトーはおそらく勝てないでしょう」


 どこか寂しそうな目で、遠くの二人を見つめながら、ティアムがそう呟く。


『わっちは、それでも勝ちそうな気はするけどねぇ。ま、力はいっぱいあるに越したことはねぇさね』


 クトー自身に、力を持つことに対する欲はなくとも、あって困るというわけでもないだろう。


『それに、わっちらにくれてやれるモンは、兄ちゃんが必要ねぇと思ってる、その程度のモンしかねーからねぇ』

「……そうですね」


 こちらのやりとりに、リュウとミズチが目を見交わしてから、問いかけてくる。


「まだなんか、手があんのか?」

「何をなさるおつもりなのです?」

 

 二人の疑問に、トゥスはヒヒヒ、と笑う。


「ええ、手はあります」

『わっちからしたら、逃げ続けてた首根っこを兄ちゃんに掴まれた、ってとこかねぇ。……ミズチの嬢ちゃん。貸してた〝眼〟は、もうお前さんに譲るさね』


 ティアムがリュウに柔らかく微笑みながら応え、トゥス自身はミズチに、片目を閉じて口の端を上げてみせる。


『今日使ったら、わっちにはもう必要ねーからねぇ』


 すると、ミズチが訝しげに眉をひそめた。

 何か、嫌な予感を覚えているかのような表情で。


「? ……それは、どういう」

『さて、ウーラよ』


 ミズチが問いを重ねようとするのに、トゥスはそれを遮って虚空に呼びかけた。


『隠居のババアを気取れんのは、ここまでさね。そろそろこっちに来なよ』


 呼びかけると、即座に応答があった。

 ティアムの足元……ちょうど、彼女の右肩のあたりに浮かぶトゥスと反対側の地面に、水晶球を膝に抱えた老女が姿を見せた。


「フェッフェッ。耄碌ジジイが、ようやっと自分の責任てやつと向き合う気になったかね」


 黒いローブのフードを目深に被った魔女のような彼女は、しわがれた声で言いながら目をあげる。


 顔を合わせるのは、王都の魔導具屋で、初対面のフリをする茶番を演じて以来だ。

 相変わらずシワだらけで、頬すらもが垂れているその顔は、トゥスには見慣れたものだったが、ミズチが目を丸くした。


「メリュ……ジーヌさん?」

「そうだよ、ミズチ。アンタの顔を見るのは随分と久しぶりだねぇ」


 再び、フェッフェ、と笑う魔女に、リュウがガリガリと頭を掻いた。


「なるほどな。得体の知れねー婆さんだと思っちゃいたが……アンタが〝死と輪廻の神〟ウーラヴォスとやらか」

「じゃなきゃ、誰がわざわざ勇者に手助けすると思ったのかねぇ? そもそも、アタシの店に王城への抜け道があんのも、あの王国を作った先代のアンタが頼んできたからだよ」


 前回、魔王を倒す前の足がかりとして、ホァンと共に国を奪還した時の話である。


「神ってのはそこらへんにポンポンいていいもんなのかよ? 威厳もクソもねーな」

八百万やおよろずって考え方を知らないのかい? 神なんてのはどこにでもいるし、なんでもかんでも『そう』なる可能性のある程度のモンさ」

『同感だねぇ。積もる話もあるだろうが、流石にちょいと場が悪いと思わねーかい?』


 トゥスが口を挟むと、メリュジーヌ……ウーラヴォスは、フェッフェ、と肩を揺らす。


「じゃ、やろうかい」

「はい」

『おう』


 ティアムが腹の前で両手の指先を揃えて目を閉じ、ウーラが水晶球に両手をかざして、赤くぼんやりと光らせる。


「で、結局何をするんだ?」

『竜の兄ちゃんは、ちったぁ自分の頭でモノを考えたらどうかねぇ。ま、わっちの言えた義理じゃねーが』


 トゥスはゆらりと尻尾を揺らすと、キセルで宙に九字を描きながら、ヒヒヒ、と笑った。


『魔王が勇者の力を得たんだ。ーーーじゃ、逆も一緒じゃなきゃ平等じゃねぇと思わねーかい?』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 大魔王クトー、ここに爆誕! 大魔王の魔力で、レヴィも完全復活だぜー♪
[気になる点] ティアムだけこの世界にいなかったのかw [一言] まだ奥の手があったのか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ