おっさんは、ようやく〝万能〟の自覚を得たようです。
発光が収まると、クトーは巨大な門が宙に浮かぶ平原に立っていた。
見たことのない場所だ。
空に浮かぶ門は両扉が完全に開いており、その奥には深淵が広がっている。
ーーーなんだあれは?
門の中では、光が凄まじい勢いで渦を巻いていた。
その渦から外れ、五光となってこちらに流れ込む余波が、とてつもない質量の竜気となって世界に溶けていくのが分かる。
「あれが『外』さ。神々しさと共に、空恐ろしさすら感じる、圧倒的な力の奔流だ」
クトーが、リュウから与えられた力がさらに増していくのを感じて目を細めると、魔王が声を掛けてくる。
「ほう。貴様でも恐ろしさを感じることがあるのか」
自分と逆側……『門』の左手側にいるサマルエは、肩に大剣を担いでこちらと同じように光の渦を見上げていた。
「あるさ。余波だけで世界を、僕らを、全てを生かし、また呑み込む圧倒的で無慈悲な力の塊だ。……それを感じないほどに、力が欲しいと願っているよ、僕は」
「ふむ。……どれも、今の俺にとってはどうでもいいことだ」
ここはおそらく、異空間の中でも特異な場所なのだろう。
リュウの魂が在ることによって、あの『門』が開き、世界に活力をもたらされるのだ、ということは分かる。
ーーーそして、それだけ分かっていればいい。
「今、重要なのは、あれが開いていることによって俺の力が増し、貴様を殺すのが容易くなるという事実のみ」
そう告げると、サマルエは笑み混じりの視線を投げてくる。
「ようやく、感情が剥き出しの君を見れて嬉しいな。世界の真理よりも、大切なその子を傷つけた僕への憎さが勝つのかい?」
そう口にしながら、サマルエが次に視線を向けたのは『門』の反対側にいる者たちの方向だった。
固まっているのは、ティアムとトゥス。
そして横たわるレヴィと、彼女の頭を膝に乗せたミズチ、そしてその側に座るリュウ。
「当然だろう。世界など滅ばなければそれでいいのだ」
クトーはメガネのブリッジを押し上げ、半身の姿勢で偃月刀の柄に手を添える。
「力を操ることや溜め込むことそのものに、興味はない。お前の願望も同様だ」
「そう? やっぱりどこまで行っても、考え方が合わないねぇ。僕はこんなに、君に興味があるのに」
肩をすくめたサマルエは、無造作に大剣をだらりと垂らし、逆の手でトントン、と自分の胸元を叩いた。
「でも忘れてない? ……竜気は、僕にも力を与えるんだよ?」
サマルエは龍気を放つのと同時に、再び6対12枚の炎翼を生み出した。
存在するだけで他を圧する、その気配を感じながら。
クトーは体内で練り上げた竜気と魔力を使って、たった今練り上げた術式を起動した。
「ーーー〝英雄形態・大蛇〟」
クトーの作り出した術式は、外の世界に影響を出さなかった。
あくまでも静かに、練り上げ、研ぎ澄ましたその術式は、一切の余波を許さないほどに緻密に練り上げたもの。
自身の適性を見た時に、クトーは自分をこう評価する。
器用貧乏。
何事もそつなくこなすことが出来るが、突き抜けた何かを持たない、と。
ゆえにこそ、クトーはリュウと旅に出た時から様々な知識と、魔法と、武技を蓄えた。
一人で戦うことには限界がある、と。
だからこそ、仲間たちと……どんな他人とも力を合わせることが出来るようにと、そう、自分を戒めていたが故に。
しかし、その事実が、今のクトーの力になる。
勇者の力を得た、今だけ。
リュウに後を託された、今だけ。
クトーは自分を、器用貧乏ではなくーーー〝万能〟だと、イメージした。
そして、力の形がクトーの背後に浮かび上がり、体を鎧う防具が冴え冴えと輝き始めた。
背後に浮かぶのは、四つの武器。
【死竜の杖】。
【天龍の狙撃銃】。
【双竜の魔銃】。
翼のように並ぶそれらの中央に浮かぶのは……リュウが手にしているのとは色を変えた、青の宝珠に白銀の装いを持つ【真竜の大剣】。
力を増したのは、体を鎧う三つの装備。
ファーコートを含む【聖白龍の礼装】。
【五行竜の指輪】に【四竜の眼鏡】。
そして手にして構えた【真竜の偃月刀】。
「武芸百般を以て八つの牙を操る九頭竜が、貴様を食い破る。……これが、俺の本気だ」
〝影響凍結〟は、この術式に対して一切の影響を及ぼさない。
擬似的に竜の勇者の力を再現する補助魔法〝英雄形態・竜の勇者〟と違い、これはクトー自身に内在する記憶を竜気によって顕現した、いわばクトーの人竜形態だ。
あくまでも、静かに。
ーーーシャラン、とメガネのチェーンを鳴らしながら、クトーは草地を蹴った。




