おっさんは、魔王の技を破るようです。
「うらァッ!」
すでに《剛竜烈破》が撃てないほどに残り少ない風気を絞り出し、ギドラがサマルエに対して、連続で鎌鼬の風球を放つ。
最も得意とする近接での戦闘は、英雄形態が無効化されてしまう為に行えないのである。
「その程度で、僕が止められると本気で思っているわけではないだろう? ーーー《獄炎翼翔》」
風球を防ぎすらせずに受け、逆に地獄の業火を纏う炎翼を伸ばすサマルエ。
そうして飛び退くギドラの前にズメイが割り込み、一度はその一撃を防いだ爆砂の壁を立てるが。
「〝前〟の戦いの時から、それは何度も見たよ」
ニッコリと笑ったサマルエは、さらに言葉を重ねながら空いた左腕を前に振り出す。
「それに、僕の翼は、2つあるってことを忘れてないかな?」
炎翼が爆砂と衝突して拮抗しているところに、さらにもう一枚羽ばたいた翼が重なり、壁を破壊して突破する。
クロスした両翼がズメイを打ち払おうと迫り、重戦士が大楯を構えながら身を引いたところに。
「では、違う手を撃たせてもらおうーーー〝水気よ〟!」
入れ替わるように飛び込んだクトーは、手にした偃月刀を横薙ぎに振るいながら魔法剣を発動する。
炎の相克であり、つい先ほどリュウから与えられた竜気を込めた水の魔力刃が、炎翼の交差点を薙ぐと、勢いを削がれていた炎翼が弾け散った。
そこからさらに、偃月刀の呪玉からピアシング・ニードルに魔力ではなく竜気を流し込み、そのまま投擲すると、サマルエはそれを大剣で弾く。
「竜気を得たか……やるね! それでもまだ、全然僕には届かないけどさ!」
「届くさ。仲間との連携に関しては、貴様よりも遥かに熟達している我々がーーー竜の牙が、貴様の喉笛を噛み千切るのだ」
光よ、と連続で光の貫通魔法でサマルエを牽制したクトーは、コートの裾を翻して横に跳ぶ。
「クトー・オロチ。先ほど、新たな円環を作ると言ってたけど……自分が古代人と同じ轍を踏まない、と思うのかい? もしそうなら、君はとても傲慢だね!」
「古代人は強大な力を有したからこそ、道を誤ったのだろう。ならば、その力に、俺を含めて誰の手も触れないようにすればいい」
クトーはサマルエの言葉に、そう返答した。
一つ手を打つごとにお互いをカバーし、常に孤立しないように動く『切り替え戦術』は、リュウを欠いて強敵に挑む際の常套手段である。
クトー自身も、仲間を庇った後は、サマルエの意識を引く囮だ。
「人は愚かだ。過ぎた力を見つけたら、それを利用しようとする。君だってそうじゃないか」
「何だと?」
「天空城と呼ばれている、古代人が生み出した栄光の亡骸で、君たちは〝絆転移〟の文献を見つけたはずだ。ルーミィも【転移の札】を欲した。ジェミニの街の支配者も、禁呪に手を染めた。勇者の力を利用しようとしているのと、それらは何が違うんだい?」
ベラベラと、あいも変わらずよく回る口である。
ーーーやれ、ヴルム。
音もなく魔王の背後に位置した本命は、きっちりこちらの呼びかけに応えた。
「ーーー〝説転・三昧閃〟」
〝灼気〟による無数の刺突。
それらが背後から、気分良く喋り散らしているサマルエを襲うが……。
「残念、それも読めてるよ! ーーー《煉界抑圧》!」
サマルエは、大剣で光線を弾くと同時に、ドン、と地面を踏み締めて結界を展開する。
どれほど威力のある攻撃でも、届かなければ無意味に等しい。
結界に触れるだけで消失していく己の灼閃に、ヴルムが舌打ちした。
「ダリィ……疲れただけかよ」
「話はまだ終わってないよ? クトー・オロチ。君は本当に驕っていないか? 『自分なら、誰の手にもそれが渡らないように出来る』って! 本当かな!?」
「少なくとも俺は、貴様よりは己を過信してはいない」
こちらの話に耳を傾けながら、ヴルムに対して尾を振るうサマルエ。
しかし、剣闘士は出る時の言葉通りに無理はしておらず、その一撃を余裕を持って避ける。
「そしておそらく、俺はこの話には『先』があると考えている」
「先?」
クトーは、まだ、サマルエの気を引き続けた。
「逆に問おう。貴様らには、邪神封印や表面的な世界の延命以外にも、何か隠していることがあるんじゃないのか?」
何故なら、連携はまだ終わっていないからだ。
ーーーレヴィ!
クトーが心の中で呼びかけると、いつものように大きく半円を描く動きで遊撃に回っていた少女が投げナイフに聖なる竜気を込める。
「そして、延命以外の鍵を見つけた。だからこそ貴様は暴走を始め、ティアムまでもが円環を維持することに拘らなかった。……〝永遠の円環を成す蛇〟もまた」
その投げナイフをレヴィが放つと同時に、クトーは告げた。
「ーーー何かに対する、時間稼ぎだったのだろう?」
未だ反撃しかして来ないサマルエは、こちらの話題に目を輝かせ、ますます笑みを深くしながらレヴィの攻撃を大剣で弾いた。
「君は、本当に聡明だね、クトー。いいよ、君が生き残れたら、それを教えてあげるよ!」
「良いだろう」
クトーは、偃月刀の刃先を地面に滑らせながら前に出た。
ーーーやはり、弾いたな。
サマルエは、クトーとレヴィの攻撃を大剣で防いだ。
同時に、レヴィの攻撃は《煉界抑圧》を展開しているにも関わらず通った。
そこから導かれる答えは一つ。
「打ち消しのカラクリは見抜いた。ーーー貴様は竜気を押さえ込み、食えはしても、決して無効化出来る訳ではない。レヴィと俺の攻撃だけは避け、弾いたのは、そういう理由だろう?」
最初の〝神曲〟の際にミズガルズらの動きが遅くなったのは、英雄形態の補助魔法が掻き消されたからだ。
ならばあの結界は、竜気以外の魔法やスキルの発動を阻害するだけのものだ。
つまり、竜気を纏うレヴィとクトー自身だけは、サマルエに近づける。
接近戦闘は得意ではないが……それでも前に立てるのが自分たちだけならば。
「突っ込め、レヴィ!」
クトーは少女に声をかけながら、さらに仲間たちに指示を出す。
ーーーズメイ、行くぞ。奴の結界は俺が捌く。
ーーーうス。
彼の持ち味である防御力は、英雄形態がなければサマルエには通じないだろう。
だが、あれば耐える。
実直な重戦士は、こちらの言葉を疑いもせずにその優れた脚力で地面を蹴り、一直線にサマルエに向かって飛び込んで行く。
「ーーー〝神曲〟!」
真正面からのズメイと、横から突っ込んで行くレヴィに対して、サマルエはミズガルズらを蹴散らしたカウンタースキルを発動した。
「〝徐かなること、林の如く〟…… 〝動かざること、山の如し〟」
ズメイの全身に常時の数倍に近い力が滞りなく宿り、全身を土の鎧が覆って砂嵐が吹き荒れる。
ゴォ、と音を立てて渦を巻く土属性最強の防御スキルを無効化する紫の結界が、重戦士の足元に現出し始めた。
クトーは、その効果が現れる前に結界の円に竜気を込めた刀身を差し込み、魔法を発動する。
「〝竜気よ、抗せよーーー寸神尺竜〟」
行使したのは、タクシャの使った《寸善尺魔》を再構築した擬似竜魔法……あくまでも、魔力に竜気を練り込んだだけの魔法だ。
だが、予想通り効果はあった。
敵の結界が発動を阻害され、ズメイの防御スキルが維持される。
ーーーよし。
クトーはレヴィと違い、勇者の力を与えられていても、人竜ではない。
おそらく彼女の人竜形態は、むーちゃんの持つ『竜の魂』が擬似的に勇者の状態を再現しているからこその代物だろう。
クトーには、リュウが使う竜魔法や勇者のスキルは大半が使えないため、サマルエに対する攻撃魔法自体は無効化される危険が常にあるが。
それでも、竜気が扱えるだけでやりようはいくらでもあるのだ。
結界の発動と同時に展開された《獄炎翼翔》は、レヴィとズメイに対して伸ばされた。
真正面から受けたズメイは、その威力を大楯と防御スキルで完全に防ぎ切る。
「〝水槍乱舞〟!!」
レヴィも、ニンジャ刀を三叉槍に変化させて構え、炎を引き裂きながら突っ込んで行く。
そしてーーー《魂魄回帰》。
【真龍の大剣】による一撃は、こちらに対して放たれた。
大上段から、姿勢を低くしたクトーに対して振り下ろされる一撃。
しかし、獲物と目した自分に対して最大の拮抗するを放ってくることは、予測済みである。
ーーーせめて、ズメイに放っておくべきだったな。
龍気、あるいは竜気による斬威そのものである一撃は、通常の防御魔法では防ぎ切ることが出来ない。
それに対処し得るのは、世界から周囲を切り離す遮断の魔法だ。
クトーへの斬撃に対して、ミズチが動く。
「〝時よ、虚せよ〟!」
ぐぉん、とクトー自身の視界が歪み、自分の体が浮き上がるような、滑落感に似た感覚を覚えると共に、バチリ、と額の前で電撃が走った。
ミズチが使う、【時の瞳】を持つ者だけが使用できる最強の防御魔法【時空遮断】である。
動くことは出来ないが、同時にありとあらゆる影響から逃れうる時の秘術。
ーーー破った。
自分の体に攻撃が届かなかったことで、クトーがそう確信すると同時に、視界が元に戻る。
眼前で止まった【真龍の大剣】の刃の向こうに、魔王に槍で突きかかるレヴィの姿が見えた。




