おっさんは、一時撤退を選択したようです。
魔王軍四将に傷を与えた、ミズガルズとタクシャの技。
それに加えてマナスヴィンの、頭上からの急襲を加えた三名の達人による連携攻撃に……魔王は、薄く嗤いながら応じた。
「ーーー〝神曲〟」
サマルエの口が小さく動き、ゆったりしている、とすら感じられていた敵の動きが加速する。
見切れたのは、炎の翼の軌跡と、仕掛けた者たちの動きがガクンと遅くなったこと。
そして、吹き飛ばされたミズガルズとマナスヴィンは炎に包まれ、タクシャは大楯を破壊されて、その場で崩れ落ちる。
そこに、クトーらが飛び込んだ。
「アアアァアアアアアアッ!!」
先陣を切ったのは、宣言通り、レヴィ。
両手に逆手に握ったニンジャ刀を、わずかに動きが止まったサマルエの懐に潜り込むようにして振るう。
「おっと……いい速さだね!」
左のニンジャ刀の腹を掌で受け流し、右のニンジャ刀を【真龍の大剣】の刃で受け止める。
しかし、レヴィは止まらない。
「セッ!」
攻撃は受けられたものの姿勢は崩しておらず、流れるように半身になった後に生えた尾を跳ね上げた。
槍のように鋭くサマルエの顎下を狙った一撃も見切られ、軽く顎を上げて避けられる。
「まだ甘いね」
「あらそう?」
言いながらレヴィは、さらにそのまま翼を利用して、空中で後転を決めるように地面を蹴った。
体を逆さまにしながらの、下方から蹴りの連撃。
さらにその場で回転して、持ち替えた左のニンジャ刀で斬り上げる。
蹴りは、完璧に間合いを把握している魔王がさらに背筋を逸らすことで空かされ、ニンジャ刀は魔王の龍翼を模した翼で受けられる。
人では到底想定しないような、非常にトリッキーな動き。
だが、レヴィの行動に不自然さはない。
まるで生得のものとして、それらを操る彼女に、魔王がからかうように問いかける。
「翼と尾なら、僕にも生えてるよ?」
「だから何よ!? ……むーちゃん!」
レヴィが呼びかけると、その小柄な体から爆発的な聖の竜気が吹き上がった。
「《最高位浄化竜魔法》!!」
カッ、とレヴィの体が輝き、魔を滅する膨大な気が炸裂する。
ーーーなるほど、むーちゃんが補助しているのか。
融合した状態がどういうものかクトーには分からないが、トゥスの憑依とは少し趣きが違うらしい。
視界を灼かれないよう目を閉じると、爆光の中、サマルエの楽しそうな声が耳に届き、レヴィが近接距離から離れる気配を感じた。
「アハハ、悪くないなぁ。でも、忘れてない?」
魔王は、その竜気の中で全く堪えた様子を見せなかった。
「僕は勇者の力も持ってるんだよ? 竜気の影響には耐性があるし、相殺も出来る。……そして」
急速に輝きが薄れ、クトーがパッと目を開くと、サマルエの左手の上に収束していくのが見えた。
「魔王として竜気を喰らうのも、容易くなった」
ガバァ、と掌に口のようなものが生まれたかと思うと、その輝きをゴクリと呑み込んだ。
「本来、聖の属性を含まされたものは吸収出来ないんだけどね。便利な体を手に入れたなぁ」
ーーーこちらからすれば、至極厄介だがな。
「お返しだよ。……《獄炎翼翔》」
サマエルの龍翼が炎と化して、下がっていくレヴィを追従する。
その軌跡に、ズメイが割り込んだ。
「〝土よ、波となって全てを呑み尽くせ〟!」
後ろからさらうようにタクシャを肩に担ぎ上げた重戦士が大楯の先端を地面に叩きつけると、土気を含む凄まじい量の土砂が勢いよく吹き上がる。
一瞬拮抗し、土砂に呑まれかけた炎の龍翼だが、下に振り下ろすように翼が軌道を変えてその根本を薙ぎ払う。
さらに追従しようとするところに、今度はギドラが仕掛けた。
「《剛竜烈破》ッ!!」
拳闘士の最強攻撃スキル……だが。
「……《魂魄回帰》」
そのこうげきは、サマルエの龍気を込めた【真龍の大剣】によって切り払われる。
ーーー引け、ギドラ!
クトーは、そのまま突っ込みかけた拳闘士を制し、魔法を放った。
「ーーー〝我が意に従え、死の雷よ〟」
ビシィ、と。
それまでの戦闘と振動で散々に破壊され尽くした床に、さらにトドメを刺す不吉な音が走り、サマルエを包み込むように、半径数十メートルの範囲に円を描くひび割れが生まれた。
その内側に、赤い雷がバチバチと地を這うように弾け出す。
死の雷を生み出す、闇の上位魔法である。
「アーノ、シャザーラ!」
ギドラが、すぐそばにいたミズガルズを背負い上げて撤退するのを確認したクトーは、自身も身を翻しながら、姿を隠したままだった二人に呼びかける。
「分かってるよ。引くんだろ?」
「敵を前にして撤退など、口惜しい」
二人は、リュウとタクシャ、それぞれのすぐそばに姿を現すと、彼らを抱えて再び姿を消した。
それらをおかしげに眺めながら、死の雷に対して軽く足を踏み下ろす。
「……《煉界抑圧》」
そう呪文を口にした瞬間、死の雷があっさりとかき消される。
剣気、防気、竜気、天地の気、魔力。
聖、地、風、闇。
確認できただけで、それらのスキルや魔法が軒並み無効化されている。
他の属性も同一だろう。
ーーー凄まじく厄介だな。
その場にいた全員が、〝采配八計の陣〟に繋がっていた扉まで後退し、次々に飛び込んでいく。
「逃げるのかい? クトー・オロチ。だとしたら無駄だと思うし、ガッカリだな」
「俺の本気が見たいんだろう? これが俺の戦い方だ。……心配せずとも、確実に殺してやる」
最後に扉の前で放ったクトーの言葉に、サマルエがますます笑みを大きくする。
「安心したよ。少し時間をあげようか?」
「悠長に構えていることを後悔させてやろう。ーーー〝焼き尽くせ〟」
最後に玉座の間全体を包み込む炎の魔法をクトーが放つと、サマルエが爆炎に包まれると同時に玉座の間の地下から天井までが、噴き上がった炎の柱によって崩壊する。
扉を閉め、入り口まで後退していく仲間の背中を追うクトーに、待っていたレヴィが並走し始めた。
「始末出来て、ないわよね」
「当然だろう」
あくまでも逃げを打ったのは、理由がある。
「……奴の攻撃は見切れたか?」
「ばっちり」
一つは、レヴィとその認識をすり合わせる為。
もう一つは……青い光に包まれたまま眠るリュウと、ミズチ、そしてトゥスの対話の結果を聞く為だった。
ーーー奴を殺せるか、殺せないか。
その最後の答えは、竜の勇者と時の巫女、そして二人の神が出した結論に掛かっていた。




