おっさんは、魔王の疑問に自らの狙いを話すようです。
仲間たちは、沈黙したまま一斉にこちらに視線を向けた。
なぜか同じように視線を送ってきたレヴィが少し困った顔をしているのを見て、クトーは彼女に問いかける。
「どうした?」
「そういえば、そんな事言ってたわね……正直その、忘れてた」
「……忘れるようなことではないだろう」
さすがに少し呆れて言い返し、メガネのブリッジを押し上げてから、改めてサマルエに目を向け直す。
「こちらを揺さぶるつもりなら、少々やり口が雑だな」
「へぇ。強がりかい?」
「いいや、自らが口にした言葉を思い出したらどうだ? 『俺にとって、仲間たちの自由はありとあらゆる全てに優先する』……その通りだ」
その気持ちに対して自らを偽ったことも、反故にした覚えもない。
「だが、目的が『世界の安定を図る』ことだったのであれば『利用していた責を問う』などという発想自体がなかっただけの話に過ぎない」
もし女神ティアムの行いがなければ、あるいはより早く世界は安定を失い、崩壊していた可能性もあっただろう。
「もし、を言い出せばキリがない。そうした事柄だろう」
「じゃあ、許容するのかい?」
「これまでの行為はな。ここから先は、話が別だ」
クトーは、偃月刀の切っ先をサマルエに向ける。
「貴様は、意に染まぬ殺し合いを続けさせられたように語るが、全容を知って乗っていたのだろう。被害者面をするな、魔王サマルエ。貴様もリュウを利用していた側だ」
「おや、バレたね。流石だ」
肩をすくめておどける彼に構わず、話を続ける。
「それにリュウだとて、ただ騙されていたわけではない。自らの意思で貴様を倒すことを決め、俺はそれについて行ったのだからな」
こちら側が真実を知らなかったことと、神々の側に他の手段がなかったこと。
隠していたというのなら、知らなければ幸せなこともある、と言い換えることも可能なのだ。
「重要なのは、今後の対処だ。俺が仲間が利用されていた事実を知っていることと、今この場で魔王を倒すこと。それらと『貴様らがリュウを利用していたことへの対処』を、俺は同軸で考えてはいない」
「へぇ?」
「この場に来たのは、あくまでも貴様を倒し、人類を、そしてマナスヴィンやネアル、カードゥーとケウスを救うために過ぎん」
「じゃあ、この状況は君の想定通りかい? 僕の復活までも?」
「俺は別に全能の存在ではない。帝城の攻略にしても、球体魔法陣に関しても、見てから推察し、対処の手段を考えただけだ」
敵が圧倒的に力を増している現状は、クトーの読みの甘さが招いたことでもあった。
そもそも、もし自分が相手の行動を全て先読みして予定を立てれるのであれば、対峙すらせずに殺す方法を考えただろう。
クトーにとって、戦わずに確実な勝利を得る以上の手段など、この世に存在しない。
そんな方法は思いつかなかった。
が、逆にリュウとミズチを解放する方法は思いついている。
「この場で貴様を倒せば、次の魔王が生まれる前に、リュウやミズチを規律から解放するための手立ては、すでにある」
「なるほど。なるほど」
愉しげにこちらの話を聞いていたサマルエが、クトーの言葉に嬉しそうにうなずいた。
ーーーどこまで、こちらの考えを悟っている?
この魔王は、底が読めない。
交わしているこの会話すらもが……女神や魔王の真実を告げることすらもが、相手の想定通りである可能性もあった。
ーーー向こうも同じように思っているかも知れんがな。……それに、乗るのも一興か。
リュウらの現状への対処は、先ほど口にしたように女神たちに責を問うようなものではない。
しかし今後の展開がどうなるにしても、この場でそれぞれの立場をはっきりさせておくのは悪くない。
そう考えたところで、サマルエがこちらの思考を読んだようなタイミングで再び口を開く。
「聞かせて欲しいな、クトー・オロチ。君がどんな手を考えていたのか」
「良いだろう」
クトーがうなずき返すと、メガネのチェーンがシャラリと音を立てた。
魔王の言葉を皆がどう受け取っているかは定かではないが、周りの者たちに聞かせたところで問題のある話ではない。
「二人を規律に縛り付けている女神や時の神もまた、自らが定めたそれに縛られている。違うか?」
「そうだね。勇者と魔王の闘争に、直接手出しをしないこともまた、規律の一つだ」
その事実自体は、リュウから聞いていた。
ティアムは融通が利かない、と昔から言っていたのはそれが理由だろう。「俺は貴様を倒した後、リュウの魂を利用せずとも世界が安定する方法を模索するつもりでいた」
世界が自らを保つために、リュウを離さないというのなら、それは女神の責任ですらなく、世界の構造そのものの問題なのだ。
「そのために勇者の魂を利用せざるを得ないというのなら、世界を安定させる構造そのものを変えるのが最も早い。ある種の結界術を構築すればいいのだろう?」
「勇者と魔王に代わる世界の円環を、君が? ただの人間である君がかい? そんなことが、本当に可能だと?」
「困難ではあるだろうが、不可能とは思わない。何度でも言ってやろう、魔王サマルエ」
偃月刀の切っ先を向けたまま、クトーは嘲笑を浮かべた魔王の瞳を真っすぐに見つめる。
「俺にとって、仲間の命と自由は、ありとあらゆる全てに優先するのだ。困難である程度のことは、諦める理由にはならん」
その為には、魔王を倒し、時間を得る必要がある。
この闘争自体も、勝利が困難な事象であることは間違いがない。
ゆえにクトーは、いつでも全力で挑むのだ。
目の前の困難も、未来の困難も。
全てはただ、解決するべき事象に過ぎない。
そう告げてやると、魔王は心の底から愉しそうに嗤い出した。
「ハハ……ハハハッ! やっぱり君は素晴らしいね、クトー・オロチ! この世界の有り様を……古代文明の者たちにも、その技術の粋を集めて作られた僕らにも不可能だったことを、君が成し遂げようっていうのかい!?」
「その通りだ。……聞いていただろう、ティアム。それにトゥス。俺も魔王同様、お前たちに問おう。神として規律を守り、現状に殉じるか。歯車であることをやめた魔王を排し、俺と共に新たな安定の道を模索するか」
カツン、と床を偃月刀の柄尻で打ったクトーは、レヴィとリュウ、それぞれに目を向ける。
「お前たち自身が選択しろ」




