おっさんは、魔王の再臨を目撃するようです。
時は少し遡り、リュウが球体魔法陣に到達した直後。
ーーーなんだこりゃ。
そう考えて、リュウは魔法陣を前にギリ、と牙を噛み締めた。
到達直後に叩き込んだ一閃。
それが、手応えなくすり抜けたのである。
攻撃を遮断されたのでも無効化されたのでもなく『透過』されたのだ。
魔王がいて、球体魔法陣そこに在る気配は感じるのに、触れることが出来ない状況。
ーーーズレてやがるのか?
魔法陣や内包するモノは見えているが、こちらの空間と重なっていないのではないだろうか。
だからと言って、球体魔法陣が異空間ではなく現実側にある、という訳でもない。
あえていうのなら、狭間にある。
ケウスに誘われて二度足を踏み入れた【夢見の洞窟】のように。
ーーーカードゥーとケウスは、女神と魔王の命令に逆えねぇ、んだったか?
ティアムから昔聞いた話を思い出して、リュウは推察する。
二人は【使者の杖】と呼ばれる神の従僕にして道具である、そんな存在であるらしい。
かつて神々と魔王が相互に不可侵であった時、顔を合わせず対話を行うために創り出されたのだ。
もし、ケウスが自らの存在を夢の中に隠すことを命じた場合……拒否するのは不可能なのだろう。
ミズガルズの魂が【夢見の洞窟】に閉じ込められていたことと考え合わせても、おそらく間違いはない。
ーーーティアム。ケウスに命じてこの状況を突破出来るか?
ーーー不可能ですね。
魂の最奥で繋がる女神にリュウが問いかけると、珍しくすぐに返答が戻った。
ーーー竜の勇者と魔王の対峙に私が干渉することは、理に反します。また、【使者の杖】の使用優先権は先に命じた魔王側に帰属します。
ーーー相変わらず、頭が固ぇな。
お前、俺に魔王を倒させる気あんのか、とリュウが吐き捨てると、ティアムはお得意のだんまりを決め込んだ。
規律を定める女神は、自らの規則に決して反しない。
それならば、わざわざ勇者など立てずに自らが魔王と戦りあえるルールを決めとけよ、と思うのだが、愚痴っていても仕方がないのでリュウは頭を切り替えた。
ーーーどう斬りゃいい?
思いながらも、答えそのものは出ている。
《絶不・真竜一威》ならば突破が可能だろう、ということは分かっていた。
あの一撃は、リュウ最大の竜技である。
それは、ただの斬撃ではなく『認識した存在に対し、物体に依らない竜気の斬威を放つ』という、防御不可能の剣気そのもの。
問題は、その竜気を溜め込む時間が残っているのかどうかと、もしこの状況が魔王の『誘い』だった場合、透かされたら隙が大きいということ。
硬直している間に、カウンターの一撃を喰らう可能性もあるが。
ーーー最悪、クトーがいりゃなんとかなるか。
自分の超越活性による回復と、ミズチを瀕死から救い出した偃月刀の回復魔法を合わせれば、瞬殺されない限りは復活出来るだろう。
そう判断したリュウは右脇を締めて半身になり、刺突の構えを取る。
ーーー何を狙ってようが関係ねぇ。殻に篭ったまま、くたばりやがれ。
大剣の先端に竜気を凝縮したリュウは。
周囲で瘴気の光柱が吹き上がった直後に、鋭く呼気を吐きながら、刺突の一撃を放った。
「ーーー《絶不・真竜一威》」
※※※
クトーは、リュウが球体魔法陣を貫いて弾けた爆光を凝視しながら、首の後ろにチリチリとした焦燥感を覚えた。
ーーー間に合ったか?
魔法陣の完成と破壊……どちらが先だったのかが読めない。
やがてその光が収まると、そこには真っ直ぐに刀身を突き出した残心の姿勢を取るリュウの姿が見えた。
……そして、大剣の先端を受け止めた、ミイラのような二本の指も。
「制約は失われた。残念だったね、竜の勇者」
しゃがれて軋んだ声音が聞こえ、リュウの体が反発したように大きく吹き飛ばされる。
「リュウ!」
眼前で地面に叩きつけられた相棒に近づくと、彼は人竜形態を解除して元の姿に戻っていた。
「ガァ……あの、野郎……!」
目立った外傷も見当たらないが、まるで極度に疲労したような様子で身を起こそうともがきながら、リュウは言い放つ。
「俺の力を奪いやがった……!!」
「何だと?」
その言葉に、クトーは目を見開いて魔王を見上げた。
リュウの大剣を受け止めた格好のまま、ミイラは瞳にぼんやりと赤い光を灯す。
するとその姿が徐々に変化を始めた。
真っ白な貫頭衣を身につけた骨と皮だけの肢体に肉が盛り上がり、周りの瘴気全てを取り込みながら瑞々しく頑健な肉体へと変化していく。
長く伸びた髪の色は、銀。
頭には竜のツノ。
翼と尾は、かつて見た魔王のそれ。
貫頭衣の周りに寄り集まった瘴気が形を成し、紫の……勇者の鎧そっくりの形を形成し、手に持つのは同色の装飾を施した【真龍の偃月刀】。
最後に、頭頂部でより合わさった髪が龍を模した髪留めで纏められる。
そうして、ふわり、と地面に降り立ったその姿は。
「……レヴィ?」
まるで彼女が男性化したような、長身ながら似通った容姿を持つ赤い瞳の魔王が、そこに立っていた。




