おっさんは少女と、屋台で串焼きを売る。
「な、何よコレぇ!」
クトーが割り当てられた従業員部屋の中で、レヴィが叫んだ。
次に口もとに手を当てて目を細めたクシナダが、弾んだ声で言う。
「あら、これは……可愛らしいですね」
「だろう。俺が作った」
クトーは2人に対して、一着の服を掲げていた。
2日間かけてスペシャルチキン狩りとダンジョンアタックを終え、今は翌日。
彼女のランクは順調に上がり、現在はランク7(F)だ。
言う間に、Eランク試験を受けれるだけの依頼がこなせるだろう。
レヴィが、顔を引きつらせながら問いかけてきた。
「い、いつの間に……?」
「夕食の後だ。徹夜はしていない」
睡眠時間は削り過ぎると頭の鈍りに繋がるので、あまりやってはいけない。
裁縫は割と好きだ。
効率よくやれば、このくらいは簡単な話だった。
旅館で短期収入を得るための準備の一環だ。
「十分な量のスペシャルチキンを用意した。後は売り方だ。売り子にはこれを着てもらう」
生かして捕らえるのはサイズ的に数匹が限界だったが、絞めたものは優に10体を超える。
現在、捕らえたものは裏庭につないでいた。
少し金はかかるが雨よけの庇を職人に依頼しておいたので、2、3日中には立つだろう。
「売り子って、誰がするの?」
嫌そうな顔をするレヴィの目の良さは、スペシャルチキンの見つけ方を教えたらとてつもなく有用だった。
もしかしたら、風の気配で周りの状況を把握する『探索』のスキルを覚える日も近いかもしれない。
そんなレヴィに対して、クトーは当然の話をした。
「お前に決まっているだろう。そのためにわざわざ体型に合わせて作ったんだ」
「ふざけないでよ! てゆーかなんで私の体型知ってるの!?」
「ムラクのところで採寸表を見たからな。加工依頼書には必ず書いてある」
「変態!」
「何が気に入らない」
クトーは、手元の服に目を向けた。
わざわざ準備した売り子用のもので、意匠は凝らせてもらった。
湯気のような三本ツノを生やした頭飾り。
袖には右側にハート形の矢じり、左手側には愛の矢の刺繍。
そして背中にちんまりとした羽飾り。
全体は中居のキモノの古着をいただいたので赤を基調としているが、前掛けは白だ。
「センツちゃんの衣装だぞ?」
この服をレヴィが着れば可愛さ3割増し、呼び込みをすれば売り上げ倍増は間違いない。
「クシナダにも用意した」
クトーは、部屋に置いた荷物置きからもう一つの衣装も取り出す。
こちらは薄くなった着ぐるみ毛布を改造した白いものだ。
最初はスペシャルチキンや温泉タマゴにしようかとも思ったが、ニワトリのトサカや何もなしでは味気ないので、長いうさ耳とふわふわの尻尾を付けてある。
クシナダが、両方の手のひらを顔の横で合わせた。
「まぁ、なんて可愛らしいんでしょう……!」
「そうだろう」
「あなたたち正気!?」
クシナダは、こちらは狙い通りにうっとりとした笑顔を見せてくれた。
レヴィに向かって、クトーは彼女を手で示した。
「レヴィ。俺はこれが普通の反応だと思うんだが」
「絶対違うからね!?」
レヴィの顔は、ますます引きつっている。
クシナダに関しては、キモノのまま売り子をしてもらうのとどちらがいいか、非常に悩んだところだ。
しかしやはり、客引きや売り子は目を引いてこそ価値がある。
普段通りの格好よりも、新しい姿を見れる方がクトー自身も得だ。
「ちょっとあなた、恥ずかしいと思いなさいよ!」
「レヴィ様、一体何が不満なのですか?」
クシナダは、抗議するレヴィに小首をかしげた。
黒い後れ毛が一筋、はらりと首にかかる。
レヴィとはクトー自身が2日間一緒にいたので、クシナダとは旅館の状況を説明した後に特に話をしていないはずだが……わだかまりはないように見えた。
共に風呂にでも入ったのだろうか。
不思議には思ったが、口には出さない。
「もしお嫌なら、センツちゃんの衣装は私が着ますけれど……」
「すまないが、体型に合わないだろう」
どこが合わない、とは言わなかったのだが、レヴィが凄まじい目で睨みつけてくる。
「そーね、女将はスタイルが良いからねぇ!?」
「背の高さも違うしな」
しかしレヴィのゴネ癖は、相変わらず困ったものだ。
そう思いながらクトーは服をそれぞれにタタミに寝かせて、あぐらを掻いたまま中指でメガネのブリッジを押し上げる。
「レヴィ」
「何よ! お金の事なら……」
「お前、料理長に出来る事をやれと言っておいて、自分はやらないつもりか?」
「うぐ……!?」
レヴィは息を詰まらせた。
そう毎回毎回、金の事で交渉を行うと思ったら大間違いだ。
「俺の見立てでは、この格好をすれば物珍しさで目を引き、より客が付くと思っている。……料理長に、観光地では観光地のものが一番効果があると伝えたのは、どの口だった?」
「うぐぐ……!」
センツちゃんは、クサッツのマスコットキャラクターだ。
つまり観光地特有のものである。
「それに、他と同じでは差別化出来ない、という話もしたな。そう、スペシャルチキンの話の時だ。……あれを売り、利益を得るのは俺たちの受けた依頼の内容の一つだな。依頼は、達成しなければ冒険者として半人前。そう思わないか?」
「うぐぐぐぐぐぐぐ……!!」
肩に力を込めてうつむき、葛藤するその表情も非常に可愛らしい。
苦しげな中にも恥じらいと責任感が感じられ、一流の芸術家でもそう写し取れはしないだろう。
「レヴィ様。一人ではないのですから、一緒に着ましょう? それとも、あの白いウサギ服をもう一つ仕立ててもらいますか?」
「構わんぞ」
着ぐるみ毛布の替えは数着ある。
ドラゴンの頭を模した枕フードだけを取り外して付け替え可能になっているが、フードも一日あれば作れるのだ。
基本は中居のキモノであるセンツちゃんの衣装と、クトーの私物である着ぐるみ毛布を見比べたレヴィは、やがて肩をがっくりと落として言った。
「そのキモノでいい……」
可愛いものを用意したというのに、なぜか暗い顔のレヴィが諦めたように言った。
※※※
「いらっしゃーい! スペシャルチキンの串売りですよー!」
翌日、かき入れ時の表通りで、レヴィはヤケクソのように声を張り上げていた。
といっても、声音自体は明るく可愛らしいものだ。
顔は満面の笑みで、両手をパンパンと叩きながら呼び込みを行なっている。
演技なのか、やると決めたら乗っているのかは分からないが、レヴィの声は街中の喧騒に負けずによく通った。
その声に目を引かれた人々は、次に彼女が発する言葉の中身と衣装、それに串焼きの香りに心を惹かれて買い上げに来る。
焼いているのは、クトーと料理長だ。
ただの串焼きではない。
料理長はたった3日の間に、照り焼きに使うというタレをスペシャルチキンに合うものに改良してきた。
クトーが担当しているのは塩焼きだ。
袖をまくり、頭に手拭いを巻いて割烹着を着ている。
「……思ったよりは良い腕だ」
「野宿には慣れているからな」
料理長の言葉に、クトーは新たに網の上に置いた串に塩をまいた。
串焼きは、野宿で狩りをした時の一般的な食事だ。
塩加減の絶妙な分量を、きっちり指先に覚えこませてある。
「はい、タレ3本、塩2本お買い上げー!」
横で焼いていたタレ串を3本、料理長が滑らかな仕草で指の間にはさんで、網の上をクトーの方へ転がした。
即座に受け取ると、こちらも焼けていた2本の塩串と合せて片手で持ちながら、客から代金を受け取る。
「まいど」
クトーは代金を受け取る時の定型句だ、と習った言葉を使いながら串を客に渡しつつ、金を脇の勘定箱に入れて釣銭を取り上げる。
そして去り際の客に対して、少しレヴィとは離れたところで呼び込みをしていたクシナダが、手に抱えたビラを差し出した。
「このビラもご一緒にどうぞ。よろしければ、いらして下さいね」
彼女が配っているのは、このスペシャルチキンでの客寄せで打つ次の一手だ。
湯に浸かった客に、もれなく水菓子を一つ進呈し、追加料金で食事を提供する旨を記してあるものだった。
ビラを持って来れば、さらに割引きする。
昼と夕方に大広間を解放し、湯冷ましと食堂を兼ねた場所として使う事をクシナダには伝えていた。
料理長には、特産品を使った料理を板場の人間に修練させる、という建前で食堂を作ることを了承してもらっている。
どうせ泊まり客はいない。
場所も板前も、余らせておくには惜しい。
湯客は特に今までと変わらずに来ているのだから、少しでも多く金を落としてもらうのだ。
襲ってきたブネも泊まり客に対しては工作が可能だろうが、湯客まで遮断しようと思えば悪評を流すしかなくなる。
奴らは老舗旅館の看板が欲しいので、それでは困るのだ。
単に潰れた高級旅館の建物を手に入れても、評判が落ちていれば意味がない。
「トゥス。クシナダを呼んでくれ」
クトーが声を出すと、少ししてクシナダがこちらを振り向く。
彼女の近くには、不審な奴が近づいて来ないかを見極めるようにと伝えて、トゥスを隠して付けてあった。
「どうされましたか?」
「予想以上に売れている。予定より店じまいの時間を早めよう。焼きに集中するから、勘定を代わってくれ」
「はい」
クシナダはどこか弾んだ声で言い、クトーの横に立った。
呼び込みはもう、レヴィだけで十分だろう。
次々に彼女から舞い込む注文を、料理長と二人でさばいていき、クシナダがその美貌で微笑みを浮かべながら男性客の心を掴んでいくのを見ていた。
男の下心というのは、あなどれない。
美人局に引っかかるバカが、約1名を筆頭に仲間内に多く、しかも出てきたガラの悪い相手を殴り飛ばして帰って来るので後始末が面倒だった事を思い出していた。
下心は厄介だ。
しかし逆に言えば、こちらが釣る側だとこれ以上有効な手段もないのである。
「私たちはこの先の旅館にいまーす! 食事もよろしければどうぞー!」
タイプの違う美少女が二人。
そして美味い飯と温泉。
最初はどんな理由でも良いから来てもらう事で、評判を呼んで良い連鎖へと繋げていく。
クトーは今回の屋台売りに、それなりの手応えを感じていた。




