おっさんは、修羅将の上を行くようです。
背後から仕掛ける二つの影。
音の殺し方、タイミング、殺気の消し込み。
それら全てが調和した、完璧な暗殺者の動きで刃が迫る。
跳ねたアーノが狙ったのは、人間で言えば心臓の位置。
以前、クトー自身がブネと戦った時に〝核〟があった場所である。
シャザーラは、顎を床に擦るような前傾姿勢で、ブネの足を狙ってニンジャ刀を振るう。
しかし、体にそれぞれの得物の先端が食い込んだ瞬間……ブネは、反応を見せた。
それは即座の判断だったのか、本能的な反射か。
足への一撃をブネは避けなかった。
代わりに上半身を軽く前に倒しながら左に捻り、〝核〟を狙った致死の攻撃を避けつつ、彼女に向けてカウンターの裏拳を放つ。
チッ、とブネの背中にかすめたナイフの先端から火花を散らしながら、アーノはブネの背中に左の足裏を添え、前方に宙返りして裏拳を飛び越える。
その間に、シャザーラが敵の右足をふくらはぎの辺りで切断し、股下をくぐり抜けた。
「タクシャ様の腕に続いて、続いて二本目だ。このままダルマにしてやろう!」
「ちぇ、ボクのほうももうちょっとで〝分捕れ〟たのになー!」
表情も変えないままうそぶくシャザーラと、対照的に悔しげなアーノ。
「……【水遁の霧】!」
駆け抜けたシャザーラが足を滑らせながら反転すると、手にした筒がバシュゥ! と音を立てて弾け、辺り一面に濃霧を吐き出して二人の姿を隠した。
「いいぞ。少し面白くなってきた……! が、逃げ隠れしているばかりの臆病者に殺される未来は浮かばんな!」
「ほざけ。闘争など勝てばそれで良いのだ。……〝我が身と成れ〟!」
濃霧が一瞬で六人のシャザーラへと姿を変え、一斉にブネへと襲いかかる。
「水で出来た脆弱な分身如きが、通じると思っているのか?」
凶悪に、愉しげに嗤ったまま、ブネは、失った右足の代わりに大きく伸ばした右腕を床に叩きつけた。
体を支えると同時に衝撃波が巻き起こり、水の分身たちが吹き飛ばされる。
そのまま、ブネは大きく開いた口元にキュィィ……と音を立てて、魔力の黒光を凝縮した。
だが。
「させん……!」
シャザーラを狙った反撃行動は、幾度吹き飛ばされても折れることなく前線に立つタクシャの体当たりによって阻まれる。
「《寸善尺魔》ーーー!!」
ブネの顔面に、ゴッ! と音を立てて構えた大楯を叩きつけると、タクシャのスキルが発動した。
《寸善尺魔》は使い所の難しいスキルである。
クトー自身、名前しか聞いたことがなく、知る限り実戦でそれを使ったの見たのはタクシャが初めてだった。
ーーー魔法阻害スキル。
前線に立つ騎士が、敵の背後に存在する魔導士に対抗するために編み出されたものだが、単体作用、及び接触によってしか効果を発揮しない。
さらに、魔法が発動する前でなければ使う意味もない不便な代物だ。
そこまで魔導士に近づけるのなら殴った方が早い、とまで言われる使い勝手の悪いスキルだが……発動すれば、その効果は絶大。
防御不可能なそのスキルによって、ブネの魔法がキャンセルされる。
だが、敵はまだ動き続ける。
残った両肩の腕が大きく伸びて、盾を蛇のように両脇から回り込んでタクシャの体を狙った。
「焦るなよ、飼い犬野郎。アナに挿れるのはまだ早いぜ?」
タクシャと背中合わせに降り立ったマナスヴィンが、ダンシング・ダガーを両腕に添えて背後にいなすと、軌道を逸れた両腕が彼の前で交差する。
そこで、帝国七星の長が吼えた。
「やれ、シャザーラ!」
「御意」
応えて、手にしていた筒を鬼の牙を剥いて咥えた彼女は、両手で印を組む。
「ーーー吽!」
先ほどブネに吹き飛ばされたシャザーラの分身の内、四人が螺旋を描く水竜に姿を変えて敵に襲いかかる。
中位魔導具【水遁の竜】の応用技。
だが、ブネの動きは一瞬止めたものの、ダメージを与えるには至らない。
「終わりか?」
タクシャとマナスヴィンが敵の間合いから離脱し、そこで残ったシャザーラが分身二人と共に三方から入れ替わるように仕掛ける。
「遅い」
ブネが床についていた長い腕を上げて振るい、防御体勢を取ったシャザーラをそのまま膂力のみで吹き飛ばす。
「グゥ……! だが、殺ったぞ!」
背後の分身が先ほどのアーノのように〝核〟に刺突を放とうと得物を構える。
そして左の分身が狙っているのは、肩から生えた両腕の根本だ。
「言ったと思ったがな。同じ戦法は、二度通じん」
全身に力を込めたブネの体がビキビキと膨れ上がる。
鉱石のような外殻が容積を増していき、分身の狙った腕の根本と背中が甲羅のように覆われていく。
先ほどまでと同じ一撃では絶対に抜けないよう防御を固めたのだろう。
クトーの、予想通りに。
「同じ戦術だと勘違いした貴様の負けだ、ブネ」
「何……?」
左の分身は……シャザーラの分身に化けていたクトーは、《変装》の魔法を解き、ニンジャ刀が【真竜の偃月刀】に変化する。
「貴様……!」
「終わりだ、ブネ。ーーー〝沈め〟」
クトーが発動したのは、初等魔法。
全力を込めた、物体の重さを増す《加重》の魔法によって超重量になった偃月刀を振り下ろす。
ーーー鋭く重い刀身が、音すらもなく甲羅の防御ごと、肩の両腕を断ち落とし。
直後、もう一人、シャザーラに化けていた帝国七星第七星ーーーアーノが、ブネの背中を腕ごと貫き通す。
「今度こそ〝分捕った〟よ。終わりだね、修羅将エティア・ブネゴ」
ブネの胸元から生えた細い腕に握られているのは、斥候職の最上級スキル《分捕る》によって奪い去られた彼自身の〝核〟だった。




