おっさんは修羅将の挑発に乗らないようです。
ーーーレヴィ。
倒れ込んだ少女を見て叫ぶ子竜を見ながら、クトーも顔をしかめた。
当然のことながら、敵も本気である。
ラードーンが彼女の肉体に潜り込んだことを悟った時点で、クトーはとっさに呼びかけていた。
ーーートゥス翁!
魂への干渉を阻害するのは、どれほど熟達した魔導士であったとしても、行使するのが極めて困難な魔法だった。
外からの干渉は、相手が魔族であれば聖の浄化魔法で吹き飛ばすくらいしか手がない。
それも、干渉を受けている側の魂のことを考慮していない乱暴な手法だ。
ムーガーンのような強大な存在であればともかく、人の魂であれば瘴気の浸食が影響して諸共に吹き飛ぶ可能性がある。
高位の死霊術士、あるいは人形遣いであったとしても、干渉系魔法に特化していなければ、あるいは特化していたとしても、引き剥がすのは難しい。
頼れるのは、あの仙人だけだった。
魂の扱いに熟達している彼は今、この場にいない。
異空の帝城最外壁がある地点で〝現世への門〟を保持し続けている。
だが、あの仙人はこちらの状況を見ているはずだ。
クトーはそう確信していた。
あの仙人は、底が知れない。
ほんの偶然知り合っただけの、山で気ままに過ごしていた幽玄の者。
自らを『人の残りカス』だと言いながら、長寿の時を過ごしてきただけではない何かを秘めた者。
クトーは、そんな彼が『神』に類する何かであると、ほぼ確信していた。
案の定。
ーーーヒヒヒ。最近少し、わっちに頼り過ぎじゃねーかねぇ?
仙人はクトーの呼び掛けに答え、ゆらりと泣き叫ぶむーちゃんの背後に姿を見せた。
ーーーだがまぁ、外の壁辺りにいた連中はもう撤退を終えたさね。もう一働きかねぇ?
いつも通りにキセルをふかし、空中にあぐらを掻いている二頭身の仙人は、こちらに向けて片目を閉じて見せた。
ーーー頼む。
心の中でそう伝えたクトーは、目の前に迫った戦場に集中した。
『ハハハ、中々楽しい一戦だ!』
死闘を至上とする戦闘狂ーーー修羅将エティア・ブネゴは、タクシャの《会心の一撃》を受けて片腕を吹き飛ばされながらも、即座に反転、応戦している。
硬質な指先を揃えて、刃物の如き手刀を連続で正騎士に対して撃ち込んでいく。
大楯を構えてそれを防ぎ切った後、タクシャは隙を見てブネの腹に横薙ぎの剣を振るった。
が、その一撃は引いた肘で上から叩き落とされ、スルリと懐に潜り込まれる。
『だが、少し物足りんな……ハッ!』
下ろした腕を振り上げ、一挙動で防戦から攻勢へと転じたブネの掌底が、体を逸らしたタクシャの顎先をかすめる。
そこで、ブネはさらに変化を起こした。
肩口からさらに二本の腕を生やし、タクシャの両肩を上から押さえつける。
「……!」
『〝固まれ〟』
バキバキ、とブネが仮面の口元を割り開くと、その口内に浮かんでいた魔法陣の輝きがタクシャに投影された。
その途端、正騎士が動きを止めて物言わぬ石像と化す。
石化の魔法。
闇の上位魔法の一つであり、聖属性である封印魔法と対を成すものである。
弱体魔法とも補助魔法とも分類出来ない『対象の動きを停止し、外界全ての影響から一定時間隔離する』という効果を持つ。
アーノらが【時の宝珠】で行使した遮断の防御結界と似た効果であり、それ単体で生命の危機に直結するものではないが……。
ーーー高速で拮抗した戦闘を行っている現状であれば、効果は絶大。
術者であるブネは、攻撃を加える瞬間に石化を解き、致命傷を与えることも可能なのだ。
『残念だったな!』
「Hey、まだ俺たちの死闘は始まったばかりだぜ?」
タクシャにトドメを刺そうとする敵の頭上から、逆さに降ったマナスヴィンが両手に持った【ダンシング・ダガー】を振るう。
連撃を肩口から生えた腕で弾いたブネの周りを、文字通り縦横無尽に、空中を自在に足場にするマナスヴィンが跳ね回った。
「遊んでくれよ、飼い犬野郎!」
「生憎、俺はこう見えて腰が重いんだ、ナンパ男に興味はない」
クトー自身と戦り合った時よりもさらに激しいマナスヴィンの攻撃を、ブネはその場から一歩も動かずに三本の腕で捌いていく。
ーーー相変わらず、とてつもない練度だ。
外で相手にした、魂のないただの器……エティア複製体と違い、目の前にいるのは間違いなくブネだった。
以前追い詰められた時であっても、手加減をしていたというのは事実なのだろう。
偃月刀を持っていなかったとはいえ、最上位聖魔法での不意打ちが決まらなければ、あの場で負けていてもまるでおかしくはなかった。
ーーーだが、ブネ。今、残念なのは貴様のほうだ。
あの時とは、まるで状況が違う。
クトーは、固まったタクシャに向けて偃月刀を構えた。
「〝解けろ〟」
マナスヴィンが時間を稼いでくれている間に、クトーは察していた。
内側から、タクシャも騎士の高位解呪スキル《雲散霧消》を行使しようとしている。
クトーの付与した《英雄形態・竜の勇者》の補助魔法も消え去るが、それでもこの場で解呪を待っている場合ではないと判断したのだろう。
内と外から同時に打ち込まれた解呪の術式によって、タクシャが復活する。
そこで、マナスヴィンが攻撃を捌き切られ、腹に発勁を受けて吹き飛んだ。
「Shit…!」
ガバッと起き上がったマナスヴィンに、それまでよりもゆったりとした動きで大楯を構えたタクシャが並ぶ。
「私が盾になります。気当たりで引いてはなりませんよ」
「オーライ、大将。今度こそ抜く」
「その意気です」
しかしそんな二人を嘲笑うかのように無視して、ブネが二人の後ろに位置するこちらを見る。
「貴様が来い、クトー・オロチ。雑魚どもが死ぬ前にな……!」
「悪いが、買い被られても俺はただの雑用係だ。期待には添えん。ーーー〝爆ぜろ〟」
クトーは、ピッ、と引き抜きざまにピアシング・ニードルを放ち、逆の手に持った偃月刀を構え直す。
「ーーー〝防げ〟」
相手の足元で不意打ちの爆裂魔法が炸裂すると同時に、ブネを包むように防御結界を展開した。
内圧でさらに威力を増した爆発に相手が包まれると、タクシャとマナスヴィンが動き出す。
「この程度の小手先の芸で、今さら俺を殺せるとはまさか思っていないだろう!?」
防御結界を拳の一撃で突き破り、炎に包まれながらも無傷のブネが姿を見せる。
その間に、突っ込んで行ったタクシャの大楯に煙を巻きながら蹴りを入れたブネは、続け様に両肩に生えた腕で空中のマナスヴィンに波動撃を撃ち込んだ。
避けて、一挙動が遅れる黒色人種領主。
クトーはそのタイミングを見計らって、メガネのブリッジを指で押し上げて魔法を発動する。
「〝凍れ〟」
ビシビシ、と足元を走って行く氷結魔法の導線。
しかしブネは読んでいたのか、危なげなく発動直前の魔法を瘴気に包まれている足で踏み下ろし、魔法を消失させる。
「熱して冷やす……一度使った手だな!?」
その肉体を包む瘴気が爆圧と熱量を押し返していたのも、クトーは当然、確認している。
ーーーだが、この一連の攻撃はブラフだ。
そう心の中で答えながら、クトーは目を細めた。
ブネが自分に拘っているのなら、その意識が向いていることを利用しない手はないのである。
相手は忘れている。
ーーー三人で物足りないなら、人数を増やしてやろう。
ブネの相手をしている帝国七星は、二人ではないことを。
クトーがタクシャ達の側に位置し、囮となっている間に。
一切の気配を消したままブネの背後に回り込んでいたアーノとシャザーラが、音もなくその背中を狙った。




