少女は、邪霊将を始末したようです。
紫の結界に飛び込んだ途端、ズン、と倦怠感に似た重みがのしかかって来た。
外で弱体化の魔法を受けた時と同様の感覚だ。
『ホホ、自ら飛び込んでくるとは、愚かなのねん』
ラードーンがニチャリと笑い、レヴィのニンジャ刀がその体を捉える前に、結界の中に溶けるかの如く、スゥ、と姿を消す。
同時に、全身に刺すような痛みが襲いかかって来た。
『このまま魂を喰い尽くして、肉体を奪い取ってやるのねん!』
その言葉に、レヴィは痛みに耐えながら鼻を鳴らした。
「何も、分かって、ないわね……!」
『ホホ?』
「時間がないって言ってるでしょ? わざと、シンプルなやり取りに持ち込んだのよ!」
そもそも、結界を警戒して突破する方法を探るようなチマチマした真似は苦手なのである。
クトーなら即座に対応策を思いつくのだろうが、レヴィはまだまだそんな領域には達していない。
だから、わざと相手の策にハマり、仕掛けて来させた。
この場では、相手は直接仕掛けて来ざるを得ないのだ。
ーーー『魂の強さってぇのは、肉体の強さとは関係がねぇ……』
トゥスが言ったことが、頭をよぎる。
ことこの空間において、魔法やスキルなどはイメージの発現でしかない、とも、後にトゥスは言っていた。
ーーーだから、ケリを付ける方法は、知ってんのよね!
結局最後は、相手と自分の意地の押し付け合いなのだ。
「魂の勝負はァーーー根性がある方が、勝つのよッ!!!」
口元を歪め、八重歯を剥き出しにしたレヴィは全力で気合を入れる。
絶対に勝つという強い意志を、イメージに変えるのだ。
レヴィは、夢見の洞窟で炎の舞闘士に覚醒した時のように、思い浮かべる。
誰よりも強く、何よりも強く。
そんなイメージの先に立っているのは……リュウ。
戦線に立てば、どんな状況であろうと必ず先陣を切り、危機に陥ったところすら見たことがない、竜の勇者の姿。
頭の中で弾けたそのイメージは、レヴィの魂姿に変化をもたらした。
両腕に浮かぶ宝珠の文様が蠢き、竜の鱗のような形に変わって腕に刻まれる。
頭に被ったトゥス耳型の形が変化し、額当てや頬当ての部分と共に頭と一体化するような感覚と共に、耳の形が変化してツノのような形になったのが分かった。
八重歯がミシミシと音を立てて伸び、視界が鮮明になる。
『!? その姿は……!! なぜ、お前が竜の勇者に似るのねん!?』
結界内に響くラードーンの声に動揺が混じったところで、レヴィの体を刺していた痛みが引き、逆に放たれた風の気が結界内部で渦を巻き始める。
『ぐ、ぎ、ィイ……!!!』
「さぁ、力比べよ! あなたの腹の中から、逆に食い破ってやるわ! ラードーンッ!!!」
だが、ラードーンも、腐っても邪霊将の名を冠する魔王軍四将の一人である。
タダで負けてくれるほど、脆弱ではなかった。
『ナメるんじゃ、ないのねん!!』
「ッ!!」
渦巻き広がる風がある一点でピタリと動きを止め、レヴィは〝圧〟を感じた。
紫の結界に満ちる瘴気と拮抗して、風と触れ合う表面で拮抗し、削り合いを始めると、レヴィは胸の奥に疼くような痛みを感じた。
「んぎぎぎぎ……ッ!!」
『グゥウウウ……!!!』
お互いに、削れているのは魂なのである。
この拮抗に耐えられなくなった方が相手の呑まれ、死ぬことになる。
ーーー聖気があれば。
本来なら、相手をより優位に刺すことが可能なそれを、レヴィは何故かイメージ出来なかった。
〝世界樹の騎士〟の資格を得たとはいえ、やはり聖気の扱いそのものはレヴィ自身の生まれ持ったものではなく、むーちゃんとの繋がりで扱えていたのだろう。
だが、今の状態でも……と考えたところで。
『ぷにぃいいいいいいいいいーーー!!!』
聞き覚えのある鳴き声と共に、真上から。
闇を裂き、空間が砕ける音とともに白い閃光が降ってくる。
「……!?」
ーーーヒヒヒ、嬢ちゃんよ。お前さんは本当にガチンコ勝負が好きだねぇ。
「むーちゃんに……トゥス!?」
結界内に飛び込んできた白い閃光が、そのままレヴィの体に吸い込まれるように消え……体の中に、むーちゃんとトゥス、それぞれと繋がった時と同じ感覚が芽生えた。
その途端、肩甲骨と尾てい骨の辺りが熱を持ち、背中から真っ白な一対の翼と、毛並みを備えた優美な尾が生える。
ーーーこれ……。
ーーー特別大サービスさね。白竜のボウズと繋がったら、お前さんは聖気を操れる……サマルエの悪ガキのカケラ如き、さっさと吹き飛ばしちまったらいいさね。
トゥスの言葉は、真実なのだろう。
先ほどまでは上手くイメージ出来なかった聖気が、今ならハッキリとイメージ出来る。
「オォオ……!!」
レヴィが呼気を吐くと、拮抗していた竜巻と紫の瘴気の表面で、パチパチと白い燐光が弾け始め、ラードーンが苦悶の声を上げた。
『どいつもこいつも……邪魔、ばかり、しやがってェエエエエえええッッ!!!』
ついに決定的な焦りを見せた敵には構わず、レヴィはさらに頭の中でイメージを重ねた。
自分が知りうる限り、魔族に対して最も有効な最強の魔法。
それをクトーが操っていたのを、レヴィは二度、目撃していた。
一度目は、王都の中に作られた異空間で、修羅将ブネへの起死回生の一手として。
二度目は、巨人族の王ムーガーンの体を奪った、魔獣将チタツを打ち滅ぼした時に。
「聖白竜ハバムートよ!!」
レヴィ自身は、魔法の扱い方など知らない。
だが、勝利への確信だけはある。
聖気を解き放つイメージを確固たるものとするために、ただ聞きかじっただけの呪言を少し変えて、口にする。
「〝世界樹の騎士〟たる我が願いに応え、その神威を顕現せよ!!」
『クソ……クソォオ……!!』
「聖なる力もて、この場の邪悪を打ち祓えッ!!!」
『クソォオオオオオオオオッッッ!!!』
カッ、と全身が輝き、風の竜巻が青い光の渦へと変化する。
ーーー最高位浄化竜魔法。
全てを灼き払う浄化の光が、紫の結界と同化したラードーンの魂を昇華してゆく。
『ヒィイイイイイッ!! イヤダ、シニタクナイッ! シニタクーーー!!!』
そんな断末魔が、あまりにも唐突にブツリと途切れ。
青い光に満ちた魂の空間が、ガラスを破壊するような音と共に砕け散った。




