おっさんは、前線に出るようです。
倒れ込むミズガルズを、クトーの放った回復魔法の光が包み込む。
起き上がったルーミィが横からその体を支えると、少し間を置いて彼の動きに力が戻った。
彼女の肩に手を添えて、ミズガルズが体を起こす。
クトーが北の覇王に放ったのは、以前魔王を殺した時に同様の状況に陥ったミズチや、両腕を焼かれたレヴィに放ったのと同様の魔法である。
ミズガルズが、信じられない様子で鎧に空いた穴に手を当て、数度撫でた。
傷口が完全に塞がっているのを確認した後、こちらに目線を向けてきたのに、クトーは軽くうなずきかける。
まだ周囲で増え続ける魔物が二人を襲おうと動き始めたが、それは【ドラゴンズ・レイド】の面々がカバーして処理し始めた。
ーーー待っていて、正解だったな。
先ほど、意識があったヴルムの手当てをミズチに任せたのは、竜の勇者の力……正確には超越知覚と身体機能活性の補助魔法を付与したミズガルズと、オルター・エゴが同格の戦闘を行っていたからだ。
リュウのように竜人形態による強化がない分、身体強化の限界は個人が保持している練気に左右されるとはいえ、その相手はミズガルズ。
オルター・エゴには、魔王による何らかの強化措置を施されていた可能性が高かった。
英雄形態の補助魔法に、竜気による超越活性、つまり再生能力はない。
ゆえに万一に備えて、即時回復の魔法を保持しておいたのだ。
吹き飛ばされたハイカ、武器を砕かれたルーミィも無事なようなので、クトーは後ろから近づいて来た気配に問いかけた。
「力は戻りましたか? タクシャ殿」
「いいえ。……ですが、貴方の補助魔法の影響下に私も入っていたようです」
結界から出てきた、ガリガリに痩せ細ったタクシャの言葉に嘘はないようだ。
柔和に微笑む彼は、杖で支えなければ立つのも厳しかった様子だったにも関わらず、今は自身の足でここまで来たらしい。
そこで、倒れたオルター・エゴの体と転がった頭に変化があった。
シュゥ、と瘴気を吹き上げ、その死骸が消滅すると同時に、残った装備が輝き、フワリと浮き上がる。
胸元の中心に黄色の光の球が形成され、タクシャに向かって装備ごと移動し始めた。
元の持ち主に惹かれるように。
避ける様子も見せずに立つタクシャの胸元に光球が吸い込まれ、装備が彼の周りを周り出す。
やがて、タクシャの肉体に変化が起こった。
メキメキと音を立てて体を包む肉が盛り上がり始め、薄い布に覆われた細い体が骨に張り付くような強靭な筋肉を形成する。
頬が痩けていた顔もオルター・エゴと同様に健康そうなものに変化し、最後に宙に浮いていた装備が彼の全身を包んだ。
最後に兜が頭を覆う。
「……感謝いたします、クトー・オロチ。そして、ミズガルズ王と、不甲斐ない様を見せた私を見捨てずにいてくれた仲間たちに」
あくまでも静かに、しかしそれまでにない、ミズガルズに匹敵する覇気を放ち始めた自らの長に、シャザーラ、アーノ、マナスヴィンの三名が口々に告げる。
「何を仰いますか」
「ボクたちを見出してくれたのは、貴方です。タクシャ様」
「Han、不甲斐ないというなら、俺の方がよりそうだったさ」
そんなやり取りの中、無粋とは思いつつもクトーは口を開いた。
「喜ばしいことだが、状況はまださほど芳しくはない」
リュウとレヴィが、ラードーンとブネのコンビに阻まれて、魔王の結界まで到達していないのだ。
「戦れるなら前へ。無理なら下がってくれ」
「クトー、せっかくボクたちの目的が達成されたのに、キミは感動に浸る余韻も与えてくれないな」
「アーノ。この場ではクトー殿が正しい。無事を喜ぶのは、全てが終わった後にしましょう」
ガシャン、と顔の前に大剣を掲げたタクシャは、スッと目を細めて笑みを消した。
「帝国七星第一星、タクシャ=カ。義恩の下、帝国軍人の矜恃を以て責務に殉ずる」
そのまま、剣先を下ろした彼は、大楯を掲げて駆け出す。
「ーーー雪辱を果たす。我に続け、帝国七星!」
「「「ハッ!」」」
同時に駆け出した残りの三人を見送りながら、クトーは軽くメガネのブリッジを押し上げた。
「……堅苦しい男だな」
「クトーさんに言われたくはないと思いますが」
「む?」
ヴルムたちを連れて一度退いてきたミズチの言葉に、クトーは首を傾げた。
「俺は何かに忠義を誓ったことはないが」
「己の信念に殉じているという意味では、この場の誰よりもクトーさんはそうです」
「ふむ……?」
顎を指で挟んだクトーは、すぐに気を取り直して偃月刀を構える。
「まぁいい。援護の一撃の後、俺も前に出る。ミズチは支援を継続、ズメイは護衛だ。ヴルムは休め。ギドラは来い」
「へいへい」
気のなさそうな返事だが、ギドラは拳を打ち合わせてやる気を見せた。
クトーは続いて、少し離れた位置にいるミズガルズに呼びかけた。
「ミズガルズ王。どうなさいます?」
『武具を失ったルーミィと、負傷したハイカは下がらせる。……俺がどうするかについては、愚問だ。失ったはずの命を惜しむほど腑抜けてはいない』
突撃するタクシャを見据えたミズガルズは、彼に併走するように最前線へと駆け出した。
リュウがブネを、レヴィがラードーンを相手にしているその場所へ。
そうして、ラードーンが召喚し続ける魔物たちを剛剣で斬り払いながら進む者たちを眺めながら、クトーは偃月刀に呼びかけた。
「ーーー〝号哭の長竜よ〟」
偃月刀が引き金を備えたグリップを持つ【天竜の狙撃銃】に姿を変える。
それを腰だめに構え、クトーは膝を曲げて腰を落とした。
「〝雷よ〟」
バチバチ、と雷撃の散る銃身で狙うのは、リュウと対峙するブネ。
二人がお互いを弾きあったタイミングで、クトーは引き金を絞る。
アォオオオオオォーーー……と響き渡る、竜の遠吠えのような銃声と共に。
鮮烈な発光と重い衝撃圧を手元に加えた不規則な光の尾を引く雷弾が、戦場を貫いた。




