北の覇王は、決着をつける。
ーーー帝国七星第一星タクシャは、正騎士である。
武器は大楯と大剣、そして身に纏った白い騎士鎧。
完全装備に身を包んでいる今、オルター・エゴは、十字にスリットが切られた無骨な意匠の兜を被っている。
かつて帝国領内に存在したSランク邪龍……地皇龍の額の骨から削り出された【大地の鎧】。
手にした大剣は、角を加工して研ぎ上げた【剛断の剣】。
それぞれに地皇龍の能力であった『活性治癒』による傷や体力の回復効果と、『防気貫通』による防御スキル弱体効果を持つ破格の装備である。
地龍殺しの英雄が亡くなり、帝国の宝物庫にそれが安置されて以来、初めてそれを身に纏う資格を得たのが、タクシャだった。
その剣技は実直にして、一切の奇を衒うことのない正統派の剣技。
自身を強化するスキルに優れ、特に防御と力に秀でている……すなわち、己の肉体を鍛え、技術を練り上げることに想像を絶する努力を重ねた末に龍の装備を纏う資格を得たのが、タクシャという男だった。
ーーーゆえに、帝国最強。
鎧と防御スキルの相乗効果によって相手の刃や魔法を一切通さず、その膂力から繰り出される剛の剣技は、鎧ごと相手の体を引き裂く。
今もまたルーミィとハイカの連携を苦もなく防ぎ切ったタクシャがまっすぐに突っ込んでくるのを、ミズガルズは唯一相手の装備と抗し得る自身の大剣で受ける。
北の大地に存在する最強の魔獣……氷泰狼に認められ、与えられし爪先から生まれた【孤狼の大剣】。
「オォオオオォッ!!」
「……」
ミズガルズは、相手を押し込むように一歩前に出る。
同じ大剣であっても、こちらは両手で操ることを想定しているためより長大である。
そしてミズガルズが操るのは、〝苛烈〟と評される攻めの剣技だ。
袈裟懸けから、胴への切り返し、手首を捻りつつ一歩引いてからの三点突き。
畳み掛ける怒涛の連撃を、オルター・エゴは大剣と大楯を操って冷静に防ぎ、いなし、合間を縫って的確に急所を狙ってくる。
それを柄や鍔、剣の腹で受けてさらなる攻撃の起点とする。
弛みなく繰り広げられる攻防は完全に互角で、ルーミィ、ハイカの両名も付け入る隙を見出せない状況だったが……その均衡は、背後で弾けた爆風によって崩れた。
『ーーーウゥルォオオオオオオオ…………!!』
爆風の原因は、ハイドラが放った断末魔の咆哮と自爆の余波。
そこでミズガルズとオルター・エゴの明暗を分けたのは、お互いの装備だった。
完全に衝撃と熱波を防ぎ切り、微動だにしなかった相手に対し。
ーーーミズガルズは、わずかに姿勢を崩した。
その隙を、敵が見逃すはずもなく……こちらの大剣は、相手が返した刃によって払われる。
そして無防備になった胴に、大楯の先端が突き込まれた。
「……ッ!」
息が詰まり、重い一撃により体が折れる。
「「ミズガルズ様!」」
オルター・エゴが剣を振り上げる気配を感じると共にルーミィとハイカが声を上げ、二人が動き出す。
「《炎華繚乱》ーーー」
「《百華繚乱》ーーー!」
視線だけを動かすと、鈍いハイカの炎と、髪を金に染めたルーミィの双刀が閃き、敵を引き裂こうと迫る、が。
ーーー無茶だ。
大剣をキツく握り直したミズガルズは、二人の無茶な特攻をそう評した。
爆風の影響を無視して無理やり動いたため、完全に体勢が整っていない。
オルター・エゴ……帝国第一星タクシャは、ミズガルズ自身と同等、もしくはそれを上回る実力を持っているのである。
攻めのみで言えば自分に軍杯が上がるが、剣技のみでも守りが堅く崩れない上に、今は完全な装備を身につけている。
ルーミィとハイカの、連携も満足に取れていないただの特攻では、一段『格』が劣る。
案の定。
大楯の一撃でハイカが薙ぎ払われ、ルーミィの両剣は技の起こりにカウンターを合わされて【剛断の大剣】によって砕かれる。
ミズガルズに対するトドメの一撃こそ防いだものの、大技の虚によって動きを止めたルーミィ自身が続いて狙われる。
だが、ルーミィはこちらを見て満足そうな笑みを浮かべた。
ーーーどうぞ、勝利を。
「グゥゥ……ッ!!」
ミズガルズは、練気の法によって体に力を漲らせ、瞬時に動き出した。
ルーミィに剣を振るった瞬間。
それが、オルター・エゴを殺せる千載一遇の好機だった。
北の地で、厳しい環境と強大な魔物を相手にする人々は、焚き火のような熱と氷の冷酷さを併せ持つと言われている。
北の兵が狼に例えられるのも、個としてではなく群れとして生き残ることへの渇望故、だ。
その、頂点に立つ自分が。
ーーーまさか、情に沈むことになるとはな。
ミズガルズは、オルター・エゴを狙うのではなく、ルーミィを突き飛ばし、代わりに突き込まれた刺突を受けた。
腹を貫く、硬い鋼の感触と痛みすら感じない衝撃。
それは燃え上がるような熱と感じられ、脳髄を駆け巡った。
「ミッ……!!」
姿勢を崩し、大きく目を見開いたルーミィの、驚愕に染まった美貌。
「ミズガルズ様ァアアアアアアアアアアア!!!」
「……騒ぐな」
ミズガルズは、自分の腹を貫き血飛沫に染まった十字の大剣、その長い鍔を握り締めて相手の動きを制する。
そして衝撃が去り、凄まじい痛みを感じると同時に、兜のスリットから覗くオルター・エゴの顔に目を向けて犬歯を剥いた。
ーーーこの俺が、タダで終わると思うなよ……!!
ミズガルズは、手放さなかった【孤狼の大剣】を横薙ぎに振るう。
狙うは、オルター・エゴの兜と鎧の僅かな隙間……首元。
たとえ情に流されようとも。
たとえ頭のみになろうとも。
ーーー相手の喉笛を喰い千切る……その気概すら捨て去った訳ではない……ッ!
渾身の力で振り抜いた刃は、狙い通りにオルター・エゴの首を捉え、跳ね飛ばした。
「我は〝北の覇王〟ミズガルズ・オルム……偽物ごときに、遅れは取らぬ」
結果は相打ち。
それは自身の甘さ故だが……。
ーーーこれで良い。
ミズガルズがここで沈んでも、タクシャが力を取り戻す。
いきなり動けるようになるのかは分からないが、奴とて守られるだけに甘んじるつもりはないだろう。
最低でも他二人の七星が動けるようになれば、相手の戦力を削ぐのと同時にこちらの戦力は増すのだ。
グラリ、と体が傾き、視界が暗転する直前、ふとミズガルズの視界に映った者がいた。
遠くで、こちらに向けて【真竜の偃月刀】を構えたクトー・オロチ。
その口元が小さく動く。
「ーーー〝癒せ〟」




