北の覇王は、帝国第一星とやり合うようです。
「……奴が欲しくなってきたな」
ミズガルズは、体に漲った力を感じて思わずそう漏らした。
チラリと目を向けた先にいるのは、銀髪にチェーン付きのメガネをかけた無表情な男。
その青い瞳がこちらに向いているのを見て、ミズガルズは目を細めた。
ーーーこれ程の補助魔法を他者に掛けるか。
竜の勇者がこれまで最強だと思っていたが、それと同等の力を、少なくとも十数名に与えられるとなれば。
ーーーあの男が、世界最強の存在なのではないのか?
単体で大規模破壊魔法を行使し、戦略面から見ても条件付きながら転移魔法を行使し、戦術的にも竜の勇者に匹敵する存在を複数作り出せるとなれば、最早本人の力量などどうでもいい。
それでも単身での戦闘であれば、奴に勝る存在は複数存在するだろう。
だが、【真竜の偃月刀】を操ることも考慮すれば、潰すのは容易ではない。
前線を支えながら指揮を取ることは容易ではないが、ミズガルズ自身も、またクトーも可能なことだ。
奴が後ろにいることは、こちらの勢力が力を温存しているに等しいのである。
そんな風に考えている間に、オルター・エゴと、同様に力を得たらしい配下達の動きに変化が現れた。
「「ーーー《舞桜花》」」
縮地に類する高速機動のスキルを行使し、オルター・エゴに向かって二輪の花が舞う。
一人は、白黒の双刀を操る〝灰の従者〟ハイカ。
もう一人は黒の大刀を操る女将軍〝氷の魔狼〟ルーミィ。
待ちの姿勢を見せていたオルター・エゴは、脇に回り込んでハイカの振るう白の刃を大楯で、逆側から袈裟掛けに斬り込んだルーミィの黒の大刀を大剣で受ける。
「……」
全く言葉を発しないまま、敵は右足で重く地面を踏みつけた。
ルーミィとハイカが飛び退くと、オルター・エゴの足下から黄色の光を伴う全方位衝撃波が発生して吹き上がる。
それは〈土〉の上位スキル……大地の神に認められた者のみが扱えると言われる〈大地〉のスキルだった。
どうやら、寸分違わず本当にタクシャの力を奪い取っているらしい。
「面白い……同属同士、どちらがより優れた戦士か試させてもらおう」
そう呟いたルーミィが唇を舐めると、土気を込めた大剣の刃を床に突き立てる。
「……《冬薔薇》」
ボコリ、とオルター・エゴの足元が盛り上がり、石で出来た荊棘が相手の右足を捉えて巻き付く。
並の相手であれば皮膚を貫き、肉をズタズタに引き裂くスキルだが、オルター・エゴは動きこそ止めたものの、傷は負わなかったようだった。
「……」
無表情のまま、自身の大剣を振るって足を縛るツタを切り裂いたところでーーーミズガルズは、ルーミィの脇をすり抜けて突貫する。
「……ヌゥンッ!」
両手に握った大剣を、脳天を割るように振り下ろした。
一撃必殺、剛断の太刀。
しかしオルター・エゴは、動じることなく即座にツタを裂いた剣を翻し、剣の腹を右肩に乗せてこちらの攻撃を受ける。
ギィン! と音を立てて火花を散らした両剣は、どちらも傷付かなかった。
「硬いな。装備までもヤツの物か」
「……」
オルター・エゴは答えもなく剣を押し戻そうと腕に力を込めた……が、そこでチラリと視線を逸らす。
同時に、ミズガルズも彼の見ているものが何なのかを感じ取る。
背後から、竜の勇者が発する気配が近づいてきていた。
ーーーつまり、ヤツが対魔王の駒、ということか。
クトーの気配は相変わらず背後にある。
となれば、自身は後衛に徹するつもりなのだろう。
ーーーさっさと仕留めてしまえばいいものを。
そう思いつつも、ミズガルズはこちらから逃れようとスッと膝から力を抜いたオルター・エゴの動きに合わせて、さらに踏み込んだ。
魔王の元へ竜の勇者を辿り着かせないよう、そちらに向かおうというのだろう。
が。
「逃すと思うか? ーーー〝剛力よ〟!」
ミズガルズは相手の大剣を刃で押さえたまま、さらに自身の腕力を強化するスキルを重ねて無理やりオルター・エゴの動きを阻害する。
「ルーミィ、ハイカ!」
「ハッ!」
何も言わずとも同様の気配を察していたのだろうルーミィらが、再度左右からオルター・エゴに向かって斬り込んだ。
大楯を掲げ、亀のように体を丸めたことで二人の一撃は防がれるが……その隙に、頭上を二つの影が駆け抜ける。
「最初に言ったはずだ。お前の相手は、俺だとな」
大楯の隙間から覗くオルター・エゴの顔を見ると、そこで初めて、相手はピクリと眉を動かした。




