三バカは、魔将の一人を始末するようです。
「……あ?」
ハイドラを相手にしていたヴルムは、思わず一瞬自分の手を見下ろした。
剣を取り落としたかと思ったのだ。
それくらい、腕に感じる得物の重みが消え失せたのである。
だがヴルムはきちんと剣を握り締めており、直後に突然重さを感じなくなった理由を悟る。
「魔法……か?」
体の底から、今までにないほどの強烈さで際限なく湧き上がってくる力。
その感覚は身体強化補助魔法のものだった。
だが、気を取られている間に爪に一撃を避けて跳んだギドラに怒鳴られる。
「テメェ何ボサッとしてんだよ! うぉ!?」
邪竜の姿となっているハイドラが長い首を振るい、硬い頭をギドラに叩きつける。
防御姿勢を取ったが、普段喰らったら明らかにヤバい一撃だ。
しかし、吹き飛ばされたギドラは、地面に着地して不思議そうな顔をした。
「……痛くねぇな」
「補助魔法だ。多分クトーさんだろ」
ガシガシと頭を掻いたヴルムは、続けて放たれたハイドラのブレスを避けて横に跳んであっさり避ける。
脚力、腕力、知覚。
それら全てが、普段とは比べ物にならないほどに研ぎ澄まされていた。
天地の『火気』を取り込む量も、練り上げて溜め込まれていく速度も明らかに増している。
おそらくは、スキルの威力も格段に底上げされているはずだ。
「あ〜……クソダリィ」
湧き上がる力に呼応するように、気分までもがありえないくらい高揚し始めている。
まるで何かに突き動かされるように……本来の自分の意思とは無関係に、戦意が高まっていくのだ。
ーーー《凶化》のスキル、ってのはこんな感じか……?
それは他のスキルが使用不能になる代わりに、身体能力を爆上げする戦士の身体強化スキルである。
付随する精神高揚効果により、凶暴性が増すと聞いたことがあった。
だが、試しに炎の剣閃をズメイが防御魔法で押し留めているハイドラに向けて放ってみると、滑らかに発動する。
先ほどまでであれば、敵の鱗を一つ弾き飛ばせるかどうかくらいの軽い一撃で、敵の肩が軽く裂けた。
『グゥ……!?』
ーーークトーさん、何なんすか、これ。
ーーー古文書に描かれていた聖属性最上級補助魔法に、俺の独自解釈を加えたものだ。
思わず共感によって繋がっているクトーに問いかけると、相手はあっさりと答える。
ーーー〝英雄形態・竜の勇者〟。
これで少しは戦りやすいだろう? と続けた相手に、ヴルムは二の句が継げなかった。
ーーー難点は、発動に少々時間がかかり過ぎることだ。乱発できるものではないので、今のうちに確実にハイドラを仕留めろ。
ーーーうす。
返答したヴルムは、他の二人と連携を取って動き始めながら、思わず声を漏らす。
「あの人、マジでとんでもねぇな……」
高揚する気分とはち切れそうな力の増大に反して、頭の中身はどんどん冴え渡っていく。
おそらくこの補助魔法は、本来竜の勇者にだけ与えられた特殊スキル……《超越活性》及び《竜化》と同等の効果をもたらしているのだ。
ーーーまぁ理屈は分かっても、無理やりヤル気出さされるのはめちゃくちゃダリィけどな……。
先ほどまでは気が抜けなかったハイドラの動きが、ゆっくりと鈍く見え始める。
ヴルムは、小さく息を吐く。
この土壇場で、今まで試したことはあっても実戦で使ったことはなさそうな術式を、ごく当たり前のような顔で。
クトーはこちらの想像を、軽く超えてくる。
「やっぱ人間じゃねーんじゃねーか……? マジダリィ……」
竜の勇者の力を他者に……それも仲間全員に……与えるなど、規格外にも程がありすぎる。
かつて魔王を倒した時に【神竜の偃月刀】を気合いで手にした辺りから、薄々感じていたことではあるが。
そんな風に思いつつ、ヴルムは頭の中で仲間に声をかける。
ーーーおい、ギドラ、ズメイ。
ーーーあん?
ーーー何なんスか、これ。めっちゃ調子よくなったんスけど。
共感によって繋がっている二人からの返事には応えず、ヴルムは言いたいことだけ告げる。
ーーー後ろからリュウさん達が来てる。ダリィが、あのデカブツ抑えて道開けるぞ。
先ほどから何か、ゴチャゴチャとやり取りをした後に動き出した、ということは、狙いは敵が後生大事に守っているモノだろうと悟ったからだ。
「この鉄火場でウチの大将に華持たせりゃ、昔魔王倒した時より、良いカネになるぜ?」
両脇に降り立った二人にそう告げると、ギドラとズメイは嬉しげに笑みを浮かべた。
「酒と女!」
「メシ食い放題!」
「おう。……やっぱカネだよ、カネ。俺は、カジノでバカデカく賭けて大儲けだ」
そんな、いつも通りのやり取りをしてヴルムがやる気と気持ちを一致させたところで、ハイドラが大きく息を吸い込んだ。
ヴルムとギドラは合図なしに同時に駆け出し、ズメイがその場に留まって大楯を床に突き立てて構える。
「そんな単調な芸、もう飽きたスよ。ーーー〝土よ、波となって全てを呑み尽くせ!〟」
ハイドラが輝く極低温のブレスを放ったところで、ズメイのスキルも発動する。
ベキベキベキ、とめくれ上がるように石畳がめくれ上がり、黄色の輝きを纏いながら土の津波と化して凍えるブレスを受け止めた。
そのまま、さらにハイドラを呑むほどの高さに達した土波は、ブレスを押し返してハイドラを押し潰す。
ズメイが使える最大のカウンタースキルは、ヴルムと同様に威力を増していた。
「ギドラ」
「おおよ!」
自分の冷気と土の質量に呑まれて動きの鈍ったハイドラの顔めがけて、ギドラが跳ねる。
「《剛竜烈破》ァ! ……もういっちょぉッ!!」
左手の掌底だけで最強の攻撃スキルを放った小柄な風の拳闘士は、空中で体を捻り、さらに右手に溜め込んだ同等の攻撃を裏拳で同じ位置に叩き込む。
二連撃で頭を弾かれたハイドラは、その巨体をぐらりと傾げる。
『バ、バカナ……!』
「リュウさん、行け!」
無理やり退かされた敵が呻くのに、ヴルムが声を被せると、ゴッ! と真横を強烈な風が吹き抜けた。
「完璧だ!」
「ありがと!」
飛び出して行ったリュウと、その少し背後から追従するむーちゃんに跨ったレヴィ。
それぞれの労いにヴルムは小さく笑みを浮かべるが……直後に、ギラリと執念を瞳に浮かべたハイドラが全身の鱗を逆立てた。
『サセヌ……! 陛下ノ元ヘハ行カセヌ……!!』
ハイドラが、リュウらを追うように三本の尾を振るうと、その先がそれぞれ龍の頭となって大きく伸び、二人に喰いかかろうと顎を開いて凶悪な牙を煌めかせる。
だが。
「……ダリィが、テメェの相手はこっちだよ。デカブツ」
その動きを悟り、ハイドラの腹の下に潜り込んで最短の動きで背後に達したヴルムは、炎を纏わせた剣を振るって三本の尾の根元を一息に断ち落とした。
『ギォオオオオオ……ッ!! 貴様ラ、貴様ラ、貴様ラァアアアアアアアアアッッッ!!!!』
「吼えても、テメェの負けだ。ダリィから大人しく死ね」
図らずもギドラ、ズメイと共に三方を囲む形になったヴルムは、頭の中で呼びかける。
ーーーやるぞ。トドメだ。
ーーーおお!!
ズメイが、巨大な戦槌に固定して大きく振りかぶりながらハイドラに突撃する。
ギドラは、着地と同時に大きく腰を落として右の拳を腰だめに構えると、間近にある敵の腹に狙いを定めた。
そしてヴルムも、剣の刀身に親指と人差し指で挟むように左手を添え、刺突の構えを取る。
狙いは、ハイドラの後頭部。
「「「ーーー〝三殺〟!!」」」
土の鉄槌と、風の拳と、炎の刺突を三人で同時に叩き込む連携スキル。
三種の攻撃を肩口、脇腹、後頭部に同時に叩き込まれたハイドラは。
『ーーーッ!!!』
声なき声を上げながら、傷口から瘴気を吹き出した。




