おっさんは、魔族どものしつこさにうんざりするようです。
魔王の魂を覆っているのは、今まで見た中で最も細緻にして最大級の複合術式である。
招来するのがサマルエが過去に最も力を蓄えた自身の肉体でなく勇者の肉体である理由は、勇者の力を取り込むのが困難だろうと予測したからだ。
魔王の狙いからして、力への耐性が最重要になる。
ムーガーンの肉体に乗り移ったのも、そうした計画の一環だったのかもしれない。
あの巨人族の王は、聖なる攻撃を無効化する存在だからだ。
「……さっさと止めねーとガチでヤベェじゃねーか、昔より強くなるってことだろ?」
「ああ」
クトーはリュウの言葉に頷き、メガネのブリッジを押し上げた。
サマルエが失われたモノを現世に呼び戻し、最強の存在に成り上がる前に。
「絶対に阻止しろ。そしてそれが出来ずとも……俺たちが、必ずこの場で始末する。そうだろう?」
そう告げると、リュウがニヤリと笑みを浮かべた。
「おお、やるぞ!」
そうして、ゴン、とお互いに拳を打ち合うと、アーノが口を開く。
「ボクたちはタクシャ様を守る。戦力に入れないでね」
「構わないが、守り切れるのか?」
役を自ら定めるのは良いが、役者不足であれば問題が出る。
マナスヴィンは単体では防衛よりも攻撃に秀でており、シャザーラは単体攻撃や暗殺を得意とするタイプだ。
アーノもすばしこいが、防衛戦力としてはさほど期待できない。
しかし彼女の用意周到さに関しては認めている。
すると、案の定。
「これの力、あんまり侮らない方がいいよ?」
アーノが示したのは、【時空の宝珠】だった。
「一度宝珠を起動すれば、声や音を含む全ての影響を跳ね除ける。魔法や攻撃まで全てね。……代わりにずっと起動してると息が詰まってくるから、定期的に起動し直す必要があるけど」
「なるほど」
つまり、その張り直しのタイミングだけ守れれば問題ない、ということだろう。
クトーの横からさらに後ろに下がった彼女は、宝珠を掲げて『遮断』の力を起動した。
すると、タクシャと彼女の周りに結界が生成され、その前にダンシング・ダガーを構えたマナスヴィンが立つ。
現在完全に足手まといであるタクシャを守る必要がないのなら、意識から切り離せるのでありがたい話ではあった。
「全員聞いたな? このまま、四将とオルター・エゴを……」
と、クトーが口にしかけたところで。
ピクリ、と地面に転がったパラカの肉体が動いた。
先ほど滴った紫の滴の効果だろうか。
ーーーリビングデッドとして蘇るのか?
クトーはそう読んだが、起き上がったパラカは、どうやら意思を持っているようだった。
不思議そうに自分の手のひらを見つめた後、周りを見回す。
「ホホ。お目覚めですかねん?」
「サマルエ様……? いや、ラードーンか。これはどういう状況だ?」
目覚めたパラカは、美しい美貌をわずかにしかめて横に立つラードーンを見上げる。
仕草と口調から、誰かサマルエとは別の人格が宿ったように見えた。
「サマルエ様の計画が最終段階に入りましたのねん。結局最後は、アレらが相手ですのねん」
そう告げてこちらを指差す邪霊将に、パラカに宿ったはチラリと目を向けて、状況を理解したようだった。
「【ドラゴンズ・レイド】か……なるほどな」
薄く笑い、指を軽く開閉した後に立ち上がる。
「肉体に、魔王様の残滓を感じる。あの方は本当にこういう気まぐれが好きだな」
「我らの使命は、己の身が滅ぼうともサマルエ様の転生を守り切ることですのねん」
「身はとうに一度滅んでいる。むしろこの機会を与えてもらえたのは、僥倖とすら言えるだろう」
そのまま前に足を踏み出した誰かの正体に気づき、クトーは思わず眉根を寄せた。
「……本当にあのクソ野郎は、嫌がらせだけは超一流のようだな」
「アイツは誰だ?」
リュウの問いかけにクトーが答える前に、パラカの肉体に宿った人格が嬉しそうに拳を握り込んで口を開いた。
「やはりあの時、魔王様の意思に反しようとも全力で殺しておくべきだったな。クトー・オロチ」
そのまま、ビシビシ、と音を立てて、その手が黒い鉱物のような質感に覆われていく。
同時に、鎧が全身を覆うものから動きやすそうな軽装鎧に形を変えつつ黒く染まり、パラカの顔を隠す白い鉄仮面が形成される。
クトーはその姿を見て、相手の名前を口にした。
「一度負けておきながら、大人しく地獄で眠っていることも出来ないのか? ……ブネ」
「文句はサマルエ様に言うことだな。蘇ったのは我が意思ではない」
パラカの肉体に宿った者にようやく気付いたレヴィが、呻き声を上げた。
「ブネですって……!?」
「この段階で出てくる相手など、最早魔王軍四将以外にいないだろう」
ーーー最悪の魔王軍四将、エティア・ブネゴ。
「図らずも、お互いに全力で決着をつける機会が巡ってきたようだ。喜ばしいと思わないか?」
「全く思わんな」
親しげに問いかけてくる敵に、クトーは目を細めた。
もう一人の四将であるチタツは、魔王と違いきっちり魂を消し飛ばした瞬間を見ている。
だがブネの魂は、魔王が喰らったのだ。
もう一度吐き出されても、おかしくはない。
おかしくはないが、今、この段で現れることには怒りと鬱陶しさしか覚えなかった。
そこに関しては、リュウも同感だったようだ。
「ックソめんどくせぇな!」
「そう思われて光栄だな、竜の勇者。……俺は、一切を気にせず全力で戦れることに、この上ない喜びを覚えているぞ……!」
ズォ、とブネの肉体から放たれる戦意の圧が増す。
この魔族は、魔王を含む魔族の中で、最も厄介で、同時にもっとも仲間の命を奪ってきた相手だ。
そして、生涯で唯一、クトーを瀕死まで追い詰めた存在。
だがあの時とは状況が違う。
こちらには仲間が全員揃っており、クトー自身も、今までにないほど強力な装備に身を固め、全力を出せる状態だった。
クトーは、カツン、と地面に杖を打ち付けて宣告する。
「ブネ。ーーー今度こそ確実に、魔王共々、地獄の底に叩き落としてやろう」
「楽しみだ。やってみるがいい!」
ユラ、と体を揺らし、両拳を握ったブネが仕掛けてきた。
「レヴィ、来い! ミズチ、クトー、きっちりサポートしろよ!?」
「嫌なオールスターね、もう! 行くわよむーちゃん!」
「ぷにぃ!」
リュウが即座に応じて大剣を構えて飛び出すと、レヴィが悪態をつきながらそれに続いた。
彼女の意見には、全く同感だ。
そう思いながら、クトーは【五行竜の指輪】を起動した。
魔力の器を、時間をかければかけるだけ大きく作れる魔導具で、クトーはこれまでにない規模の『器』を形成し続けていた。
クトーは魔力を『器』に注ぎ込みながら、指先にピアシング・ニードルを浅く刺す。
「〝血の贖いをもって乞う〟ーーー」
今からクトーが発動するのは、謁見の間全てを覆い尽くす最大級の魔法。
しかし下手をせずとも仲間ごと消し飛ばすことになるため、攻撃には使えない膨大な魔力で。
「ーーー〝志を共にする者たちの全能を引き出せ〟!」
クトーは、全力の補助魔法を発動した。




