帝国七星第一星が、動くようです。
準備に入ったクトーたちだが、そこでサマルエが声を上げる。
「タクシャ、行きなよ。……奴らのやる気を奪ってやるんだ」
その呼びかけに、即座に反応した敵側のタクシャが動く。
「……」
戦うハイドラと三バカの足元を音もなくすり抜け、手にした盾を構えて体当たりをするようにこちらに迫ってきた。
その狙いが誰なのかを悟った瞬間、クトーは声を張る。
「不味い……誰か、あのオルター・エゴを止めろ!!」
オルター・エゴの狙いは、自分の本体とでも言える相手……本体であるタクシャ。
クトーと分隊は、すでに転移の配置を終えて動けない。
「ヤバ……!」
アーノも少し遅れてそれに気づくが、彼女の位置からでは間に合わない。
「……!」
力を奪われているからだろう、足の弱った老人並みに動きの鈍いタクシャでは、確実に避けきれない。
しかし、布陣を一度崩すか、その判断をクトーが下す前に疾風のように宙を駆け抜けた巨大な影が頭上からオルター・エゴに襲い掛かった。
「Fooo……! そいつはヤラセないぜ!? あんたと踊るのは、俺だ!」
〈風踏みの舞〉を駆使して双刃を振るったのは、マナスヴィン。
オルター・エゴは盾と剣でその一撃を弾いたが、足が止まる。
「が、一人じゃ荷が重い……Hey! 誰か、一緒に踊ろうぜ!」
「アーノ、ネアルをこちらに。そしてマナスヴィンと共に、少し一緒に耐えて下さい」
そこで、声を上げたのは本体のタクシャ自身。
「いいですけど、長くは保たないですよ!?」
「大丈夫です。奥の手を、ここで隠し続ける意味もないですからね」
タクシャが取り出したのは、先ほどアーノが彼も持っていると告げた【時空の宝珠】だった。
装飾された赤い宝玉に触れた後、その口から出たのはクトーにとって意外な名前。
「ーーーミズガルズ王。聞こえますか?」
※※※
その頃、異空間の城壁を目にしていたミズガルズは、届いた通信を受けて軽く眉を上げた。
「……どうした。大詰めか?」
『ええ。こちらの状況を手短に話します』
説明を受けたミズガルズは、上空の帝城に目を向ける。
確かに、言われてみれば少しずつ城が近づいてきているようで、先ほどよりも大きく見える。
「次から次へと、よくも思いつくものだ」
『同感です。そして、こちらが少し手薄になりました。ーーー来れますか?』
「……食料品、装飾品の輸出入に関する国交の早急な締結。条件はそれだ」
『呑みます』
「判断が早いな」
『四の五の言っていられる状況ではありませんので。ただ、あまりに不利な条件を提示するのはおやめいただきたい』
「お互いの国益にならんことはせぬ」
『では、尽力いたします』
「二分待て」
通信を終えたミズガルズは、湧き上がる昂揚を抑えきれずに笑みを浮かべると、ルーミィ、そしてハイカを呼びつけた。
「どうされました?」
「帝城へ転移する。タクシャが手を貸せと要請してきた。……この状況なら、この場は将兵だけでも十分だろう。ルシフェラも戻った」
巨人軍と合流し、地と空共に制した始めているこちらの勢いを止めるのは、もはや不可能である。
「征くぞ」
「「御意」」
ミズガルズは、ルーミィと共に転移の札を手にして、帝城を見上げた。
本来なら、もう少し時間をかけて行うはずだった帝国との国交の締結。
最初は、植民地として帝国の国土を奪ってやろうという計画だった。
王国からの食料の輸入で多少安定するとはいえ、まだまだあの国土を、不測の事態が起こっても完全に飢えさせないようにするには足りないからだ。
だが、それをどのような方法でか察知したタクシャが、数年前に秘密裏に接触してきたのである。
内部の腐敗を切り崩す目的を持っていた彼は、強かった。
その締結が早まったこと自体も僥倖ではあるが、それ以上に。
「あのタクシャと、遠慮なく本気でやれる……この機会を逃す手はない」
ミズガルズが思わずつぶやいた本音に、ルーミィも笑みを浮かべて大きく頷いた。
※※※
「ーーー来ます」
仲間たちの転移を終え、別の転移の気配を感じたらしいミズチが顔を上げるのに、クトーは視線をそちらに向ける。
タクシャの前に、空間のひび割れが三つ発生し、それぞれから人の姿が現れる。
右から、双刀の従者、ハイカ。
左から、隻腕の女将軍、ルーミィ。
そして中央から、北の覇王、ミズガルズ・オルム。
現れただけで強烈な覇気を感じるほど臨戦態勢の覇王は、こちらを見回して笑みを深めると、背後を振り向いた。
「タクシャ。お前の影は殺しても問題ないのだな?」
「ええ」
「楽しみだ。魔王の相手をするよりも血湧き肉躍る……!」
そんな好戦的な王の言葉に、クトーは疑問を抱く。
竜の勇者、北の覇王、南方辺境伯、巨人族の王、獣人族総領に、魔王。
「……他者の上に立つ者は、なぜこうも好戦的なのだ?」
「知るか。ていうかお前、今俺を含めたな?」
「当然だろう。むしろ筆頭だ」
耳ざとく噛み付いてきたリュウにそう言い返した後にサマルエに目を向け……。
「……? あれは、なんだ?」
クトーは、敵の背後の映像に投影された景色に違和感を覚え、眉根を寄せた。




