おっさんは、転移の準備に入るようです。
「眼下の状況を見る限り、もうすぐ正門から攻めてたこっちの部隊が大穴に到達するからね」
アーノに言われてサマルエの背後に目を向けると、確かに異空間にいる部隊が最後の壁を越えて大穴に迫っているようだった。
「だが、通信手段がない」
「それがあるんだよねー」
へへん、と得意そうな様子で、アーノがゴソリと取り出したのは【風の宝珠】に似たアイテムだった。
「それは?」
「古代文明の遺物だよ。【時空の宝珠】って僕らは呼んでるけど」
宝珠には装飾が施されており、小さな赤と青の宝玉が左右に埋め込まれていた。
「いくつかある内の一つずつを、ディナとタクシャ様、そしてムーガーン王が持ってるんだよ」
「それで連絡が取れるのか?」
アーノは、クトーが思うよりも遥かに隣接地域に住まう者たちとの関係改善に努めていたようだった。
「ムーガーン王とまで繋がっている、ということは、クーデターでも起こすつもりだったのか?」
「それも面白かったけど、タクシャ様に見抜かれて止められたんだよねー。『全面戦争になると被害が大きい』っていう言い分も分かるし……だから、内部から切り崩す方針に切り替えたんだよ」
アーノやタクシャの考えは、クトーの考えと近しい。
こちらが陽動からの帝都へ電撃侵攻を行った理由と、それは似ていた。
おそらくは、魔族がいなくともいずれ帝国の内情は変わっていたのだろう。
タクシャが力を奪われたことや、マナスヴィンが人質を取られたという不測の事態さえなければ、今回の件は彼女にとっては都合が良かったのかもしれない。
一番のネックだったナンダの兄弟が消え、帝王も自ら手にかけることなく廃せたのだから。
「王国のためには、お前が中枢に切り込む前に、ここで帝国を滅ぼしておく方がいいのかもしれんな」
「ボクは平和主義者の陰謀家だよ。キミと一緒さ、クトー」
そこで、三バカと入れ替わったリュウが戻ってくる。
レヴィの援護にレイドの数名が入ったことで、そちらも態勢を立て直していた。
「おっと、そろそろやらないとね」
アーノは、【時空の宝珠】を持ち上げて、赤い宝玉を押した。
「これ、どういう理屈かは分からないけど、遮断と共鳴が出来る優れ物なんだよね。自分に遮断を施せば気配を完全に消すことが出来て、瘴気の影響を受けずに通信できる」
「時の神クロノトゥース様に関係する遺物なのでしょうか?」
時の巫女であるミズチが、興味がありそうに問いかけると、アーノは曖昧に首を傾げた。
「かもね。理屈に興味はないからあまり調べてないんだよ」
「ことが済んだら研究したいところだな」
「落ち着いたらね。しばらく大変だろうし。これが量産出来ればボクとしても嬉しい。……あ、ムーガーン王でしょうか?」
通信が繋がったのか、アーノが口調を切り替えて会話に入る。
「リュウ、ミズチ。転移の準備をする。北は、ムーガーン王とケイン元辺境伯が行くことになった」
他に、それぞれの塔へ派遣する人員を改めて口にすると、ミズチが頷いて自分の【瞳】を活性化させる。
水面のように揺らめく瞳で彼女が帝城の内部を探査する間に、リュウは不機嫌そうな顔で言った。
「……お前、この件が終わったら〝絆転移もいつでも誰でも出来るように考えろよ。一発やる前に引かされると萎えんだよ」
「転移技術が必要になる事態など、今後二度と起こって欲しくはない。が、善処しよう」
いつでも誰でも、というわけにはいかないが、ルーミィが持っている転移の札……あれの応用でどうにかなるはずである。
そこで、探査を終えたらしいミズチがこちらに視線を向ける。
「クトーさんの予想が当たっているでしょう。可能な限り全体を探査しましたが、他にこの規模での滞空を可能にするには、卦の配置を利用するしかないはずです」
「よし」
「ムーガーン王たちは、飛竜に乗って直で行くって」
通信を終えたアーノの報告に、クトーは了承を返した。
あの二人だけで良いなら、魔物の包囲は無きに等しいものだろう。
そうしてクトーらは、部隊を送り込むための転移準備に入った。




