おっさんは、竜の勇者を呼び戻します。
「リュウ、レヴィ。防御結界を潰せ!」
クトーが声を上げると、二人は即座に反応した。
「おっしゃぁ!」
「任せときなさいよ! むーちゃん!」
「ぷにぃ!」
むーちゃんがレヴィの呼びかけに反応して、巨大な聖白竜の姿に変化する。
同時に、敵も動いた。
『大人しくやらせルと思うカ……ッ!!』
ハイドラが立ち上がると、翼を羽ばたかせて飛んだリュウの眼前を遮る。
「退けよウスラデカ!」
『目障りナ蝿ガ……!』
リュウが振り下ろした大剣を、ハイドラが前に向かって生えたツノで受けた。
その背後で、竜騎士姿に変化したレヴィがむーちゃんに跨って旋回し、防御結界に狙いを定める。
「ブレス!」
彼女が叫ぶと、むーちゃんが水の息吹を放つ。
それはラードーンの張った防御結界を直撃したが、わずかに表面を揺らしただけで突破することが出来ない。
「ほほほ。勇者でも抜けないのに、その程度では無駄なのねん!」
「あら。誰がこれで終わりって言ったのかしら!?」
槍の柄を脇に挟んだレヴィは、むーちゃんのブレスの射線に穂先を合わせ、水の気を練り上げる。
「一点突破よ。〝穿て〟!!」
槍の穂先から放たれたのは、螺旋流を描く水槍。
二つの攻撃の威力が重なった瞬間、防御結界にほつれが生まれた。
その僅かに空いた穴から、キュン、と針のように細い一筋の水流が結界の中に突き抜け、魔王の前にいるラードーンの頬を浅く削る。
防御結界を崩壊させることは出来なかったが、レヴィはベー、とラードーンに対して舌を出した。
「へへん、当たったわね! 誰が抜けないって!?」
「……口の減らないガキには、お仕置きが必要なのねん」
頬から紫の血を流すラードーンの目つきが変わり、体色が紫に変化する。
「来るのねんーーー亡者ども」
邪霊将ラードーンの呼びかけと共に、レヴィの頭上でパリン、と小さな音を立てて空間が割れる。
そこから、ズルリと数体のスケルトンが絡まり合ったような……ガシャドクロ・バイブスと呼ばれる魔物が出現し、レヴィとむーちゃんに掴みかかった。
「こっの……むーちゃん!」
「ぷにぃ!」
レヴィは槍を両手で横に持ち、右足をかいこんで蹴り出すように柄を魔物に押し付ける。
少し隙間が出来たところで、背後に向かって首をもたげたむーちゃんが聖気を纏った牙で食い掛かり、ガシャドクロの一部を噛み千切った。
自由になったレヴィが、槍を捻ると同時にむーちゃんの背の上から落下する。
「気安く……触ってんじゃないわよ!」
空中でガシャドクロが足場になる位置に動いたレヴィが、そのまま敵を床に叩きつけるように着地した。
骨が飛び散り、魔物が溶けるように消滅する。
「まだまだなのねん」
ラードーンの言葉と共に、パリンパリンパリン、と連続で破裂音が響き、同様に死霊系の魔物たちが這い出して来る。
「卑怯じゃない! あなたが闘いなさいよ!」
「ほほ、褒め言葉なのねん」
そんなやり取りの間に、クトーは矢継ぎ早に仲間たちに指示を出していた。
「数人、レヴィの援護に。残りは集まれ。……四方にあるという浮遊石は、構造上、おそらく塔の地下か屋上だろう。部隊を分ける」
「戦力を散らして勝てますか?」
ミズチの問いかけに、クトーはうなずいた。
「おそらく、総員でこの場を突破していては間に合わない」
落下速度は、徐々に加速していくはずだ。
魔王を倒してからでは遅い、とクトーは判断した。
そしてなるべく、浮遊石までの道のりを短縮したかった。
「……リュウを戻す。代わりに3バカが行け。四隅の塔に、それぞれを転移する。東はセイとフー。他に三人連れて行け。西の塔へはジクとルー。同様に人員を配置する。南へは……」
「我が身が向かう」
そう口にしたのは、獣人領総領ディナだった。
「……一人で、か?」
「当然。タクシャとア・ナヴァへの義理は果たした。同時に契約としても十分であろう」
そうして、ディナは感情が読めない爬虫類の目をタクシャに向ける。
彼女は、獣人領の事を考えてアーノかタクシャと何らかの契約を結んでいたのだろう。
黄色人種領に隣接しており、またかつて帝国の奴隷であった獣人族は、帝国側の侵略を常に最大級警戒していた。
魔族を廃し、タクシャらが権力を増せば、彼をこの場に連れてくるのに総領自ら一役買ったことで良好な関係を築けると踏んで協力したのだ。
「後は各々、成すべき事を成すのみ。文句はあるまい?」
「もちろん。ご武運を」
タクシャの言葉にうなずき、ディナは行こうとするが。
「待て。本当に誰も必要ないか?」
「くどい。我が身この場に在れど、即興の連携に加わるだけ無駄と感じる。なれば、単身で向かう方が良かろう」
クトーの問いかけを一蹴するが、彼女の言っていることは理に適っていた。
【ドラゴンズ・レイド】でも帝国七星でもない彼女は、もしギリギリの状況になった時にイレギュラー足り得る。
それが良い方向でも、悪い方向でも。
「それでも少し待て。可能な限り、近くまで転移する」
「可能なのか?」
「城の外から中へは瘴気の影響で入ることは出来なかったが、内部に入ってしまえばさほどの影響がないからな」
ディナは、こちらの言葉に入り口に向かおうとしていた足を止めた。
「残りは北の塔だが……」
「後一つでいいなら、適役がいるじゃない」
クトーがアゴを指で挟むと、アーノが何でもない事のように肩をすくめる。
「外に剣聖と巨人族の王がいるんでしょ?」




