おっさんは、第七星の目的を知る。
「〝防げ〟」
クトーが杖をかざすと、防御結界が展開される。
そこに大きく首が伸びたハイドラの頭が衝突し、その衝撃でビリビリと空気が震えた。
「あーあ、戦闘を許可した覚えがないんだけどなぁ」
クシャリと前髪を掻き上げたサマルエは、ポンポン、と青い巨龍と化した配下に声をかける。
「まだ話の途中なんだから。黙ってられないなら、君だけやらせてあげないよ?」
「……申し訳ございません」
ズルリ、と首を引いたハイドラの体をポンポンと叩いてから、魔王はこちらに目を向けた。
「いやぁ、悪いね。忠誠心の強さはうちで一番だからさ、ハイドラは……それと、もう始めちゃっていいのかな? せっかくのラストバトルだし、こっちもまだオモテナシの準備があるんだけど」
「どうせ、ロクなことではないだろう。……〝貫け〟」
わざわざ、相手がやりたいことに付き合ってやる道理はない。
防御結界を消したクトーが即座に光の貫通魔法を放つと、それまで沈黙し続けていたタクシャが魔法とサマルエの間に割り込んで盾を構えた。
おそらくは聖属性の装備なのだろう、光魔法が吸収されるように消える。
「お前はそちらにつくのか? 帝国七星第一星、タクシャ」
「……」
「タクシャ様……」
マナスヴィンが悲しそうな目で声をかけるのに、反応したのはアーノだった。
「無駄だよ、マナスヴィン。アレはただの『影』だからね」
「どういう意味だ? シスター・アーノ」
「こういう事さ。……クトー、これがボクらの『目的』だよ」
アーノが、それまでとは違うギラリとした目を名を口にした相手指を鳴らすと、開けっ放しの背後のドアから、さらに数人の人物が姿を見せる。
最初の一人は、額にツノを生やした鬼の女頭領、シャザーラ。
続いて姿を見せたのは、獣人領総領を務める竜人族の女傑、ディナ。
彼女たちが扉の左右に控えると、その奥からさらに一人の人物がこの場に足を踏み入れる。
そこに立っていたのは、目の前に立つ白い鎧の男と全く同じ顔をした人物だった。
ただ、堅強な見た目をしている目の前のタクシャと違い、ガリガリに痩せており、手にした細い杖がなければ倒れてしまいそうなほど衰弱した様子だった。
しかしその目だけは凪いだように静かであり、魔族たちを前にしても全く動じた様子はない。
「……なるほどな」
その姿をチラリと見たクトーが軽く頷くと、アーノは盾を構えたタクシャを見て目を細める。
「そうーーー彼が、ボクたちの頭であるタクシャ様だ」
「タクシャ様が二人……? Hey、何がどうなってるんだ?」
マナスヴィンが混乱した様子を見せるのに、やせ細ったもう一人のタクシャは目線を向けて微笑み掛けた。
「苦労をかけた、マナスヴィン。……アーノ、シャザーラ。そしてディナ殿。ここまで連れてきてくれたことに謝意を」
「まだ終わっていない」
「ディナの言う通りですよ、タクシャ様。まだ終わっていません」
二人の後に、アーノが短剣を構えつつ目的を告げた。
「ボクたちの狙いは、 タクシャ様の力を取り返すことだった。最初からね」
「帝国の奪還そのものよりも、重要なことだったのか?」
「もちろんさ、クトー」
アーノは、小さく笑みを浮かべてはっきりと告げる。
「帝国七星は……少なくともボクとシャザーラ、そしてマナスヴィンは、帝王や帝国なんかどうでもいいんだ。……不遇をかこつ同胞の為に立ち、タクシャ様に忠誠を誓ったんだ」
仲間の命と自由は、ありとあらゆる全てに優先するーーーアーノは、悪戯っぽくそう口にした。
「君の口癖だろう?」
「そうだな」
大義の為に、野心の為に、などよりもクトーにはよほど分かりやすく、同時に共感出来る強い理由だった。
「タクシャ殿は、魔族に肉体を奪われているのか?」
ミズガルズと同じ状況なら、厄介だ。
そう考えたクトーに、アーノは首を横に振る。
「少し違うかな。あそこにいるのもタクシャ様そのものではあるんだけど……言うなれば、タクシャ様から奪われた力によって作られた影のタクシャ様、というところかな」
「別人格、という事か」
「それが近いかもね。……取り返す必要はないよ。倒せば、力がタクシャ様に戻るはずだから」
「ならばやりやすい」
単純に倒せばいいのなら、ミズガルズの時よりもかなりマシな状況と言える。
「……アハハ。君も諦めないよねー。やっぱり面白いなぁ、最初にハメといて正解だった!」
心底楽しそうな様子のサマルエに、タクシャ以外の七星が怒りを露わにする。
「こっちは全然楽しくないけどね!」
「そういう奴だからな。しかし、これだけの戦力が目の前に揃えておいて、その余裕がいつまで保つのか見ものだ」
「挑発したって無駄だよ、クトー・オロチ。僕はそうやって君たちが怒って歯向かって来るのが好きで好きで仕方ないんだ。敵は強い方が面白いだろ?」
サマルエは、ニィ、と口の端が釣り上がるような笑みを浮かべて、心底愉しそうに言い足した。
「タクシャは冷静を装ってるけど、元々第二星だった奴を殺した時は激昂してたからね。怒れば怒るほど、隙を突かれて嫌な思いをするのは君たちのほうさ!」
「……いい加減、反吐が出るぜ」
リュウがギシリ、と歯軋りして、先ほどのハイドラ同様に足を踏み出す。
「今度こそ、二度と目の前に現れねえように、ぶち殺す!」
「それは朕のセリフである。無様に這いつくばらせ、陛下に逆らったことを後悔させてやるのである」
「アハハ! じゃ、最後の仕掛けを明かそうかな!」
大きく両手を開いたサマルエの肉体を、ぼやっと紫の輝きが包み込み、黙って後ろに控えていたラードーンが印を組む。
「ホホ、ようやくですねん。我らのほうが一枚上手だということを教えてあげますねん」
ふわり、とパラカとラードーンの肉体が浮き上がると、空中に吊るされたカードゥー、ケウスと共に球形の防御結界に包まれた。
「リュウ」
「ーーーッッ!!」
クトーが声をかけると、相棒の勇者が大きく口を開いて灼熱の息吹を放った。
だが、防御結界に突き刺さった攻撃は表面を焼いて弾けただけで、貫くまでに至らなかった。
「ムダですねん。これでも防御の魔法は得意なほうなのですねん」
「ラードーン、テメェ相変わらずクソムカつく喋り方しやがって……無理かどうか、全員でもう一回試してやらァ!」
「残念だけど、竜の勇者。君たちにはまだクリアしなくちゃいけない遊びがあるんだよ?」
サマルエは、カードゥーとケウスの間で静止し、その背後に巨大な鏡のような何かを現出させる。
そこに映り込んだ景色に、クトーは眉をひそめる。
映っていたのは、今まさに、クトーたちがいる帝城の遠景だった。
下の方に小さく王都に続く大穴も映り込んでいる。
帝城の周りには相変わらず無数の魔物たちが舞っているが……少し様子がおかしかった。
「……落ちてる?」
映像に映る状況を目にして、最初にそう呟いたのはレヴィ。
魔物たちが舞っている中を、帝城が少しずつ下降し始めているのだ。
「そうだよ。この城は後数十分で地上に落ちる……それを止める手段は、この城の四方に配置した浮遊石を、守護者を倒して再起動することだ」
『ーーー!』
サマルエがあっさり口にした言葉に、全員が息を呑んだ。
この巨大な浮遊城が地上に落下すれば、当然、王都どころかその周りにまで甚大な被害が出る。
今地上にいる者たち……ホァンやセキ、タイハク、そしてクシナダも……誰一人として助からないだろう。
「ーーーどこまでもアジな真似を……!」
「アハハ。……アハハハハ! さぁ、全員で頑張ってみればいいんじゃないかな!」
楽しそうに、愉しそうに高笑いを上げた後。
純粋な、そして悪意しか感じられない表情で、サマルエは告げた。
「僕を倒した後で、間に合えばいいねぇ!?」




