おっさんは、第二星に正体を明かされるようです。
「マナスヴィン、そろそろ立ったら?」
あぐらを掻いたまま微動だにしないドレッドヘアの大男にアーノが話しかけると、彼は大きく息を吐いてから両脇に置いたダンシング・ダガーを手にして立ち上がった。
「Ah〜……ソウルブラザー・クトー。そしてシスター・アーノ。最大限の感謝を捧げよう。借りを作ってはいけない相手にバカデカい借りを作ったような気もするが」
「む?」
「あはは。ボクとしては楽に貸しを作れて万々歳だけどねー」
アーノが答えると、リュウがボリボリと後頭部を掻いた。
「楽ねぇ……?」
コキリと首を鳴らしたマナスヴィンが、魔族たちの方を振り返る。
「この状況が、かい?」
「あれ、突破する自信ないの?」
「目的そのものは最初から変わっていない。予定通りに、奴らを始末するだけだ」
カツン、と床を杖先で打ったクトーは、パラカに向かって問いかける。
「この段になって、もう小細工もないだろう? お前がこの状況を仕組んだ、という言葉の真意は?」
「……アハハ」
パラカは引き抜いた剣を肩に担ぎ上げながら、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「そのままの意味だよ。まだ気づかないのかい? クトー・オロチ……」
階段を降りてきたパラカは、まるで表情を変えずに佇んだままの帝国七星第一星、タクシャの肩に馴れ馴れしく手をかけた。
「ーーーここに居るのが僕だからさ」
口調を変えた彼の目に宿る悪戯っぽい光を見た瞬間、クトーの脳裏によぎったのは、過去に出会った三人の顔だった。
王都前の広原でミズガルズの姿を、異空間でカードゥーの姿を、魔王城の謁見室で先代勇者の姿をしていたモノが、同様の目をしていた。
クトーが眉根を寄せると同時にレイドの面々も気づいたのか、強い戦意を放ち始める。
そして、リュウが大剣の柄をギシリと音を立てて握り締めると、呻くように言葉を発した。
「……結局、今回の件もテメェの仕込みかよ。ゴキブリみてぇな野郎だな」
「全く同感だ」
「だ、誰?」
直接目にしたことがほぼないレヴィと、七星の二人は気づいていないようだが。
その、どこまでも人を小馬鹿にしたような態度を、忘れるはずがない。
「どうやって生き延びた? ーーー魔王サマルエ」
「魔王!?」
レヴィが驚きの声を上げ、クトーとパラカの顔を交互に見る。
「何で!? だってあの時、魂を吹き飛ばしたはずじゃ……!?」
「だから理由を訊いている」
パラカの種明かしと同時に、ハイドラが立ち上がった。
「朕、そしてラードーンが、なぜあの戦場から退いたのか」
「そこには当然、理由があるのねん」
魔王軍四将の二人が、滑るように移動する。
そうして、タクシャの肩に手をかけるパラカの背後、左右それぞれに控えた。
「あの場において、朕らは戦場の様子を伺っていた」
「そして予定通りに陛下が負けた時点で私がハイドラを転移させ、陛下の魂を保護した後すぐにまた転移したのねん」
「予定通りだと……?」
リュウが挑発するような笑みを浮かべながら、魔族たちに牙を剥いた。
「二回も俺らに負けといて、今更また負け惜しみか?」
「え? 僕がいつ、二回も君たちに負けたのかな?」
パラカ……帝国七星第二星の姿をしたサマルエは、くつくつと喉を鳴らしてリュウを煽り返す。
「僕の目的は、クトーに嫌がらせをすることだけさ。君たちが僕を敵視するくらいに嫌な気持ちになっているんだから、僕はむしろ勝ってるよ」
「屁理屈カマしてんじゃねーぞ雑魚魔王」
「そっくり返すよ、竜の勇者。あれ? 君の名前なんだったっけ?」
「この野郎……!」
ビキリ、と額に青筋を浮かべて今にも飛びかかりそうなリュウの肩を、クトーは抑える。
「落ち着け。あっさり逆上してどうする。……だがそろそろ、そのネタも見飽きた。笑えない芸を披露するのは終わりにしてもらおう」
クトーはメガネのブリッジを押し上げて、パラカを睨みつける。
「幾多の命を快楽のためだけに奪い去っておいて、貴様らだけが生き続けられると思うな。今度こそ、そこの腰巾着どもと共に冥府に送ってやる」
それに、ハイドラがピクリと反応した。
「勇者の腰巾着は貴様であろう……少々サマルエ様の寵愛を受けたからと言って、調子に乗らんことだ」
「欲しいと言った覚えはない。お前にとっては大切なものであっても、俺にとってはゴミ以下だ」
「……!!!」
明らかな激昂の気配を見せたハイドラが、そのまま、メキメキと音を立てながら大きく口を開くと……瞬時にその顎が龍のそれへと変化する。
「ソの喉笛、咬みちぎッテくれル……ッ!!」
そうして、リュウよりもさらに短気だったらしい魔王軍四将は、そのままこちらに向かって飛びかかってきた。




