おっさんは、企みの裏を掻く。
「へぇ……」
陣が破られた瞬間、パラカは目を丸くして感心したような顔になった。
「どうやって破ったのか知りませんが、やりますね」
「こちらも良いようにやられ続けてやるほど、甘くはないということだ」
クトーは真っ直ぐにパラカを見つめながら、言葉を重ねる。
「ようやく対面出来た。後は、お前たちを潰すだけだ」
以前、レイドのメンバーに無理やり取らされた、温泉街での休暇。
そこで起こった旅館乗っ取り事件からこっちの、一連の事件。
不必要に起こった騒動でジョカは床に伏し、多くの者たちが巻き込まれ、事件の波紋によって被害を被った。
クシナダも、ムーガーンも、ミズガルズも、大切なものを失いかけ。
ファフニールも、師に等しい大商人ラコブを更迭する決断を迫られた。
今なお続く闘争に身を投じている者たちも、彼らが仕掛けて来さえしなければ、平和の中で過ごしていたはずだ。
「いい加減、お前たち魔王軍残党の相手をするのも煩わしい。ゲームをしたいのなら、自分たちだけでやっていろ」
玉座に座るハイドラは、冷酷な目でこちらを見ているが口を開こうとはしない。
代わりに、こちらとの対話役らしいパラカが笑みを深めた。
「よほど腹に据えかねているようですね?」
「そもそも、お前たちはなぜ魔族に加担している? 帝王が魔族に乗っ取られていることを、まさか知らないというわけではないだろう?」
帝国の守護者である、第一星タクシャと、第二星パラカ。
魔族に乗っ取られているのなら無意味な質問だが……疑問を投げかけてもタクシャの表情は変わらず、パラカの方は顎に指を当てて、ん〜、と天井を見上げた。
「ああ、そのことですか……」
そのまま、美貌の青年はもったいぶるように片目を細める。
「当然、知っていますよ」
「では何故だ?」
クトーの問いかけに、パラカは剣を腰から引き抜きつつ応じる。
「それは勿論ーーーこの状況を仕組んだのが、こっちの二人でなく私だからです」
「……何?」
クトーが眉をひそめながら、ハイドラとラードーン……魔王軍四将である二体の魔族に目線を移した瞬間、パラカが動いた。
「それに〝采配八計の陣〟でのハメ合いは負けてしまいましたが、試合に負けて勝負に勝つのも、それはそれで面白いかと思いますしね」
言いながらーーーパラカは、引き抜いた剣を、ヒュ、と、すぐ後ろにいたネアルの首を落とすように振り下ろした。
『……!』
彼の行動に、レイドのメンバーが息を呑む。
この位置からでは、誰の助けも間に合わない。
だが。
「読みが甘いな……」
クトーがポツリと言葉を漏らすと、刃が食い込むより先にネアルの姿が掻き消えた。
「おや?」
パラカが空振りした剣が、キン、と床を打つと、少し遅れてクトーの横に小柄な影が着地する。
「おっと」
少しふらついた相手は、肩に縛られたまま気を失っているネアルを担いでいた。
「……小さいけど、やっぱり鍛えてるだけあって、重いねこの人」
小柄な影は、マナスヴィンの副官を肩から下ろして笑みを浮かべる。
「上手く行ったな」
「でしょ? 影でコソコソ動くのは得意だからね」
横に着地した相手は、軽装鎧にショートカットの少女。
「これでボクもマナスヴィンに恩を売れたよ。ありがと」
「打算ありきの行動は変わらんな」
「当然でしょ? 帝王亡き後、少しでも優位に立っておきたいしさ」
そう言いながら親指を立てた相手に、レヴィが目を丸くして呼びかける。
「アーノ!?」
「やっほー、久しぶり」
帝国第七星にして黄色人種領辺境伯ーーーア・ナヴァは、レヴィに対してヒラヒラと手を振って見せた。
※※※
ーーー時間は少し遡り、昨夜の王都。
リュウに首根っこを掴まれて休息を取らされたクトーが宿で食事を取っていると、前に座った者がいた。
「……アーノか。なぜここにいる?」
「あれ? 驚かないんだね」
「どこかで来るのではないか、と思っていたからな」
ホワイトシチューに入った鶏肉にフォークを刺しながら、クトーは少女に目を向ける。
こちらが驚かなかったからか、つまらなそうな顔をしたアーノは、フードを被ったまま肩をすくめた。
「要件は?」
「世間話」
「嘘をつけ」
この腹黒な黄色人種領主は、決して無駄なことをしない、とクトーは評価していた。
同時に、帝国の現状を良しとしない者の中で、一番油断ならないのも彼女だったのである。
どこまで事態を把握しているのかは読めていなかったが、帝都突入前にミズチに動向を探らせたところ、どうやらジェミニの街に入ってシャザーラと接触したことまでは知っていた。
そんな行動を取る理由は一つしかない。
「魔族を滅ぼした後の帝国で誰が立つのかまでは俺の関与するところではない。が、その為に動いているのだろう?」
まさか王都にいるとは思っていなかったが、彼女ならばどう動いていてもおかしくない、と思わせる雰囲気が、アーノにはある。
「クトーは本当に油断できないなぁ……」
「それはこっちのセリフだ。どんな手を使って俺たちの跡をつけた?」
いくら彼女でも、魔族が王都の上空に扉を作る、などという事態が読めていたはずはない。
つまり、リュウにすら気配を悟らせずにこちらの跡をつけてきていたのだ。
ーーーあの、異界の魔物の群れの中を。
「それは内緒だね。当たり前でしょ?」
「だから、無駄を省く為に最初に要件を問いかけたはずだが」
テーブルの料理に目を落としているところをみると、もしかしたら食事がしたいのだろうか、と思い、手で勧めてみるがアーノは首を横に振った。
「ボク、クトーのそういう可愛げがないところ好きだなー」
「俺はこちらの性質が分かっているのに、わざと煙に巻いているお前の態度が好きではない」
さっさと本題に入れ、と促すと、ようやく彼女は話し始めた。
「魔族を倒す、って目的だけはそっちとこっちで一致してるけど、ボクたちはマナスヴィンを連中から取り返したいんだよね」
「……」
「君たち【ドラゴンズ・レイド】は、連中に目をつけられてる。てなると、裏から動くってのは難しいよね。でも本来クトーは、そっち側の動き方のが得意でしょ?」
「代わりに請け負う、ということか?」
「まーね」
「そちらのメリットは?」
「もちろん、魔族の排除だよ。ボクたちの祖国だからね。その上でマナスヴィンと君たちに恩を売っておけば、今後が安泰だよねー。戦後の交渉カードは多いに越したことないしさ」
ーーー本当のことは一切言っていないが、嘘もついていないな。
ニコニコと告げるアーノを、クトーは即座にそう断じた。
祖国のため、というのは、自領や自身の利益、という意味だろう。
こちらに恩を売りたいというのも、同様に理由の一つではあるかもしれないが、それがメインではないはずだ。
しかしこれ以上聞き出そうとする行為は無駄だと、クトーは判断した。
「勝てると見くびっていると、足元をすくわれるぞ」
「そうかもね。でも、キミは油断しないでしょう? 魔王はもういない……今帝国を喰おうとしてるのは、その配下だ」
アーノは、目の奥に知性と打算を覗かせる。
「なら、魔王殺しのパーティーが負ける道理がない。違うかな? ボクは客観的に見て、勝ち馬に乗ろうとしているだけさ」
「では、せいぜい働いてもらおう」
アーノが自分を利用しろ、というのなら、利用しない手はない。
「敵はこちらに対しておそらく複数の人質を取っている。どんな手を打ってくるかは未知数だが、敵には確実に気づかれないように動けると判断していいんだな?」
「そうだね。少なくとも、君たちが気づかない程度には動けるよ」
「ならば、連中と対面する段階までは隠れていろ。そして前に立ったら、人質の側に移動しておいてくれ」
「理由は?」
おそらくは分かっているだろう問いかけを、あえてしてきたのは、お互いの意思疎通を明確にしておくためだろう。
「奴らは嫌がらせが得意だからな。人質を返す、あるいは救った、とこちらが思ったタイミングで命を奪おうとする可能性は大いにある」
「助ければいいんだね」
「そうだ。後は好きにしろ」
シチューの皿を綺麗に空にしたクトーは口元をナプキンでぬぐい、手を合わせてから立ち上がった。
「出発はおそらく正門前からになる。他の連中にもそう伝えておけ」
アーノにそう投げると、彼女は反応を抑えたが……瞳だけが、本当に驚いたようにわずかに揺らぐ。
それを見ながら、さらにクトーは言葉を重ねた。
「全員に、何か、その場にいなければいけない事情でもあるんだろう?」
「……参ったなぁ」
フードの奥に顔を隠しつつ、同じように立ち上がったアーノに背を向けると、後ろから声だけが追ってくる。
「本当に、キミが敵じゃなくて良かったよ、クトー」




