少女は、おっさんと勝負する。
第七の扉に入ったレヴィは、そこに立つ人影が姿を変え始めるのを見た。
バタン、と背後で音がした瞬間、完全に変異を終えた人影は……よく見知った姿を取っていた。
ーーーー無表情で、何を考えているかわからない銀髪の男に。
「やっぱりね」
彼がそこに立ち、人質……と言っていいのか分からないが、羽交い締めにされているのはむーちゃんだった。
レヴィが知る限り最強の鬼と、大切なもの。
クトーの言った通りだった。
入った人間がそう思っている相手が顕現するのだと。
「私、思ってたのよね」
レヴィはトゥスの顔を模したヘッドギアに手を当てて、ニヤリとクトーに向けて笑みを浮かべてみせる。
最強の〝鬼〟。
それが敵である、などと誰が決めたのだろう。
出会った時からいけ好かなくて、気に食わなくて。
いつでも涼しい顔をしてレヴィの上を行き、惑わせてきて。
しかも修行と言って連れて行かれる場所、やらされることは、彼が鬼畜そのものにしか見えないことばかり。
なのに、どれだけピンチでも、満身創痍でも、鬼気迫るほどの執念で、それを覆す。
ただの強さではない、目的を達成するためには手段を問わない、しかもその目的は常に自分のためではなく人のために。
どれだけ強くなっても、駆け抜けても、追いつけない背中を持つヒョロい男。
ーーーそんな〝策謀の鬼神〟。
これ以上の〝鬼〟は、レヴィの中に存在しない。
ちょっと考えたら分かることだった。
そしてレヴィにとって、ある種これ以上にチョロい鬼はいない。
「ねぇ、クトー」
『何だ』
この鬼が、レヴィの中のイメージなのだと言うのならば。
当然のことだが、レヴィが認識する特性を全て有しているはずだ。
「あなた、何でむーちゃんを人質にとってるの? 可愛いものをそんな扱いしていいと思ってる?」
『む?』
鬼の『クトー』は手の中のむーちゃんを見下ろし、衝撃を受けた顔をした。
『……確かに、その通りだな。可愛いものは丁重に扱うべきだ』
「そうでしょ。それに、私のトゥス顔カバンに入ってる方が可愛いわよね。今日だけ特別に入れてあげてもいいわよ?」
『何を企んでいる?』
ぴくり、と眉を震わせて心を揺さぶられつつも、クトーらしく疑ってくる。
「その姿を見せてあげる代わりに、一つ、私の言う通りに勝負してくれる?」
『報酬ではなく、か?』
「どちらかと言えば、対価ね」
『いいだろう』
むーちゃんを渡すクトーに、ありがと、と礼を言って、むーちゃんをカバンに収めて、背中越しに振り向いてみせる。
「どう?」
『大変可愛らしい。着ぐるみ毛布を着てくれたらもっと可愛らしいのだが』
ーーー流石にそこまでやってやらないけどね。
偽物相手とはいえ、こんな、クトーに向けて可愛いと思われそうなポーズを取っているだけでも、姿を誰かに見られたら恥ずかしくてのたうち回りそうなのに。
「さ、じゃ、勝負してほしいんだけど、その前に」
『前に?』
「この〝采配八計の陣〟って、本当ならあなたを倒さずに、相手もせずに扉に向かって歩けばいいものなのよね?」
『そうだな。それがどうした?』
「もしここで勝負して、私があなたを倒すとどうなるの?」
『陣が完成しないな。ルールを破ることになる』
「むーちゃんを渡されたこの状態で扉をくぐると?」
『同様の結果になるな。が、背を向けた瞬間に人質を奪ったお前を殺すことになるが』
「可愛い私を殺せるの?」
『ルールだからな』
クトーを模したと言っても、そこら辺の根本には鬼としての縛りが残っているらしい。
まぁ、陣を形作る存在なのだから当たり前なのだが。
というか、鬼と会話して陣のルールを問うような者は普通にいないだろう。
あくまでも相手がクトーであり『クトーが〝采配八計の陣〟に関するルールを熟知している』とレヴィが認識しているからこその奇策だ。
「じゃ、私が勝負で勝ったらどうなるの?」
『俺は消えるな。ルールは破られるが、扉は潜れる』
「なるほどね。なら、私は生きて戻れるし、扉をくぐった瞬間、ルールを破りながら陣を完成させることになるわね?」
そこで少しだけ、鬼のクトーは考えるように首を傾げた。
『確かにそうだな』
「それが聞けたら十分ね。じゃ、勝負しましょう」
レヴィはにっこりと笑って、鬼のクトーに向かって右手を差し出す。
「勝負の方法は、ジャンケンよ! 別に命の奪い合いだけが、勝負じゃないわよね? 決まるのも早いし」
レヴィは、賭け事は物凄く弱い自覚がある。
でも実は、ジャンケンだけは、今まで誰にも負けたことがないのだ。
そして、案の定。
『確かに、その通りだ。時間は有限だからな』
論理的に筋さえ通っていれば、そして効率が良ければ、クトーがこうした提案に乗ってくることも、想定済みだった。




