おっさんは、重戦士を選びます。
「この場所が転機の場で、俺たちが戦うのを見たことがマナスヴィンの『今』を変えたのならば」
クトーはメガネのブリッジを押し上げて、答えを口にした。
「奴が得た……いや、取り戻したのは〝誇り〟に類する何かだろうな」
彼の歩んだ道程。
奴隷の身分から成り上がろうと決意したことが、その源流であるのは間違いない。
だが成り上がろうとする過程で、彼の選んだ手段は決して綺麗なだけのものではなかったははずだ。
敵を殺し、同じ境遇にある者を蹴落として進んでいった。
マナスヴィンの口にした言葉から、彼の心情を察する。
クトーがこの闘技場で敵にトドメを刺さなかったこと。
そして、精霊に愛されているとマナスヴィンが口にしたこと。
それらを考え合わせると、答えはそれしかないように思える。
「上を目指す内に失われた誇りを取り戻して、再び歩み出したのだとすれば」
挫折ではなく、摩耗からの復活がその後の『弛まざる前進』なのだとすれば。
「ーーーズメイ」
クトーが禿頭の重戦士に声を掛けると、彼はのそりと一歩足を踏み出した。
「うス」
「お前のレイドにおける役割は」
「皆の盾になることと、進撃の頭になることス」
間髪入れずに答えたズメイに、クトーはうなずきかける。
「進む道に、どれほどのお前を堕落させる誘惑があろうと、疲弊させる障害があろうと、一切の迷いなくお前が出口だと思う方向へ進め。それでこの扉の試練は終わりだ」
「そりゃまた、難しいこと言うスね」
肩をすくめたズメイは、それでも太い笑みを浮かべてぺしりとカブトを叩いた。
「まぁ、言われたことをこなすのは得意スよ。ゴチャゴチャ難しく考えるタチでもないスし」
「知っている。お前の生真面目さはな」
「愚直とか愚鈍とか散々言われてるスけどね」
そんな軽口を叩きながらヒラヒラと手を振って、ズメイは扉をくぐった。
バタン、と閉まった後に、クトーは彼の生い立ちを思う。
生真面目で、誰よりも仲間に対して誠実で忠実なズメイは、その気質と裏腹に出会った時はなんの常識もなかった。
ギドラやヴルムと共に、冒険者ギルドでクトーたちに絡んできて叩きのめされた時、ある意味一番『腐って』いたのは彼だったかもしれない。
夜逃げで親に置いて行かれ、借金のカタに働かされていた青年は、その生真面目さで誰よりも熱心に『悪いこと』を学び、覚えた。
彼の周りの仲間たちは、そうしたことを褒めて伸ばす者たちだったからだ。
ちょうどそう、ノリッジやスナップのように兄貴分に忠実であり、誰よりも誠実だったため、従う相手を間違えたことで裏街道を転げ落ちていたのだ。
後から聞いた話だが。
ズメイの強さに目をつけたギドラが、その兄貴分を叩きのめして自分の仲間に引き入れなければ。
そうして冒険者になっていなければ、おそらくそう遠くない内に取り返しのつかない過ちを犯していただろう、と彼は言っていた。
筋を通すのは、通す筋を間違えれば、破滅への道のりを駆け抜けるのと同義なのだ。
『俺、アホっスから』
自らをそう自覚し、それでも過ちから逃れた彼ならば、この試練は試練ですらないだろう。
そんなことを考えながら、クトーは次の扉に向かった。




