おっさんは、少しだけ答えに悩んだようです。
ーーー第四、震肆の扉。
「この扉は?」
「雷にして長男を示し、陽二陰ゆえに弛まざる前進を示す扉だ」
扉を開けると、そこには地の底へと向かう階段があった。
もちろん本当に地下深くに進む道があるわけではなく、そう見えているだけではあるのだろうが。
その場所に、クトーは見覚えがあった。
「リュウ。ここを覚えているか?」
「あ?」
壁や階段は灯された灯りの煤で汚れている。
篭ったような熱気が、階段の奥から感じられるその場所。
リュウは考えていたようだが思いつかなかったようで肩をすくめる。
「分からねーな。どこにでもありそうな階段に見えるんだが?」
「……ここは、帝国内にある地下奴隷闘技場に向かう道だ」
マナスヴィンが初めてクトーの姿を見かけた、と言っていた場所である。
クトーが告げると、ミズチが頷いた。
「帝王への謁見を賜るために、帝国内の有力商人に会いに行った時の話ですね」
「そうだ」
商人は、娯楽に飢えていた貴族たちに様々な遊興を提供することでのし上がった男だった。
それ以前に知り合っていた豪商ファフニールの紹介状を渡したが、彼はクトーたちに難題をふっかけた。
地下闘技場で、奴隷らに混ざって勝ち上がること。
闘技場の勝者を予想して一回ごとに賭けが行われる、まぁよくあるが非合法な娯楽に、クトーは参加したのである。
しかし。
「よく分からんな。これは難問かもしれん」
「そうなのですか?」
「ああ。マナスヴィンの虎視眈々とした冷静さと豪胆さ、そして戦闘能力は、生来のものだったはずだ。そして、明るく華やかな表情や立ち振る舞いは、正方向に己を高め続けた者だからこそ、だろう」
震肆が示す『弛まざる前進』という言葉のままに、彼は突き進んでいたに違いない。
「では、何が分からないのでしょう?」
ミズチの問いかけに、クトーはアゴを指で挟んで、階段を見下ろした。
「それを示すのが、なぜこの場所なのか、だ。震肆は、過去から未来へと、あるいは野心や希望といったモノを胸に進み続けている者の道中を示すモノではあるが、それでは『答えのない問い』になる」
「クトーが何言ってるのか、私には全然意味が分からないんだけど」
レヴィが口を尖らせるのに、クトーは彼女自身を例にして答える。
「例えば、レヴィは出会った時から、戦闘に関する自信に満ち溢れていたが」
その言葉にカチンと来たのか、彼女はムッとした顔でこちらを睨みつけてくる。
「誰が自信過剰よ!?」
「そんなことは一言も口にしていないが。勝手に悪い方向に受け取るな」
「戦いなんて、勝つつもりでやらなきゃ勝てないでしょ!?」
「お前の言う通りだが、お前の自信に技術や能力が追いついたのは、ここ最近の話だろう……いや、そういう話をしてるのではない」
レヴィがなぜか噛み付いてきて話が逸れたので、クトーは戻す。
「お前の自信の源は、俺と出会うより前にある。デストロたちと出会った時か、あるいは村を飛び出す時か、あるいはケイン伯やリュウに会った時かもしれんし、それよりもさらに前である可能性もある」
「そうね。それがどうしたの?」
「つまり、答えを用意するためにはその過去が何がしかの転機でなければならない。奴隷の身分から成り上がったマナスヴィンの〝弛まざる前進〟の『起点』はここではないはずだ」
震肆の答えを普通に考えれば、奴隷から成り上がろうと決意したその時でなければ、おかしいのである。
ーーー俺の証明が間違っているのか?
先代領主に召し上げられた彼が、かつての自分と同じ立場に在る者たち戦わされているのを見た時、何か心情に変化があったのか。
「何かおかしいか?」
クトーが苦慮していると、リュウが頭の後ろで腕を組みながら口を挟む。
「奴が奴隷闘技場で戦っていたことがあんなら、ここから成り上がろうと戦い始めて先代領主の目に止まったんじゃねーの?」
「そうではない、とする根拠が一つあってな」
クトーは、階段の様子や、灯りの煤の濃さを示してみせる。
「この階段は、マナスヴィンが奴隷闘技場で戦っていた時のものではなく、俺たちが訪れた時の汚れ具合なのはおかしな話だろう。奴が昔戦っていた頃と、俺たちがここにきた時間には隔たりがある。煤の形までもが同じ訳が無い」
そう言うと、仲間たちが奇妙に沈黙する。
「……なんだ?」
「いや、なんかクトーのことだし、慣れたつもりだったけど」
「当たり前みたいに言ってるが、そもそもこの階段がどこなのかすら、俺は覚えちゃいなかった」
「普通は、大昔に一度二度程度、見た景色のことをそこまで詳細に覚えてはいません」
「む?」
思いがけないことを言われて、クトーは眉根を寄せてレヴィたち以外の面々を見回す。
しかし、全員がなぜかレヴィたちの意見に同意しているように見えた。
「……覚える気がないだけだろう?」
「「「そんなわけないっしょ」」」
一斉に突っ込まれて、クトーはますます納得がいかないが、ここで言い合いをしていても始まらない。
「まぁ、それはどうでもいいが。結局、奴は何に影響を受けた?」
「クトーさんは、転機と言いましたね」
「言ったが」
「ならつまり、それはクトーさんと出会ったことがマナスヴィンの転機になった、ということなのでは?」
ミズチが泣き黒子のある目元を細めながら微笑みを浮かべるのに、クトーはメガネのチェーンを鳴らしながら首を傾げた。
「……どういう意味だ?」
「私も、ギドラたちも、そしてレヴィさんも。貴方と出会ったことで運命が変わったのです。多分クトーさんの言葉や行動には、そういう力があるのだと思いますが」
「別にいなくても、お前たちなら自力でどうにかした気もするが。最初に出会った頃はまるでなっていないと思えたレヴィも、予想をはるかに超える成長を見せた」
「……褒められるのは嬉しいけど、それこそクトーと会ったからよ。ミズチさんが正しいわね」
「レヴィもミズチも、この朴念仁に何言っても無駄だよ。人のことは全部見えてんじゃねーかってくらい見透かしてんのに、自分のことは何も分かってねーんだからよ」
呆れたようにレヴィとリュウにも続けられ、先ほどよりもはるかに納得がいかないながらも。
そう考えると、確かに答えは簡単だった。




