おっさんは、変態博士を選びます。
続いて離参の扉を開くと、そこはどこかの建物の前だった。
木立に囲まれた、というよりも、森を切り拓いた場所にある兵舎のような建物だ。
が、奇妙な構造になっており、同じ形の入口が三つある。
周りに生える緑の葉を茂らせる植物の種類と、奥に高い山などが見えないこと。
さらに建築様式などから、クトーはそこが大森林そのものか、近い地域にある帝国の建物であることを推察する。
ーーーマナスヴィンの記憶を辿っているのか?
彼の心象が反映されているのは間違いないが、クトーはそこが実在する場所のように感じていた。
だが、三つの入口に関してはおそらく計のために作られたものだ。
建物の中では人影が動いている。
しかし顔などは注意深く目を凝らしても見えず、まるで影絵のように思えた。
「誰か、連中の顔が見えるか?」
仲間たちに問いかけるが、返答はない。
ということは、誰もそれらの人影の正体を認識出来ない、ということだ。
ーーーふむ。
クトーは親指と人差し指でアゴを挟み、目を細めた。
「離参、の名を持つ第三の扉は、火にして次女、陽陰陽ゆえに疑心を表す扉……」
人の姿がある兵舎、ということは、疑心は他者に掛かっているのだろう。
そして、これがマナスヴィンの記憶であり、前の扉で副官のネアルと出会った後である、と仮定するのなら。
ーーー囚われたネアルとの絆が、マナスヴィンの八計の基礎になっている。
彼は元奴隷である。
ネアルと出会ったのが、彼を取り立てた主人に拾われる前か後かは分からないが、あの出来事の後、この兵舎に住み、労役し、争いがあれば戦士として戦っていたと仮定するのなら。
ーーーマナスヴィンは、仲間となる者をここで見極めようとしていたのか?
奴隷から解放されることを望んだのか、あるいは、もっと別の目論見があったのか。
この扉での計は、おそらく『疑いからの選別』である可能性が大きい。
となれば。
「セイ、ジク、ルー」
「ダンディなオレ様かい?」
「ヌフン」
「はイ」
「この扉は、三人で挑む扉だ。おそらくこの扉をくぐれば、あの人影たちはお前たちの顔を持つようになる。が、当然本物は今ここにいる三人だけだ」
クトーはそれぞれの顔を見回し、言葉を重ねる。
「ーーー真なる仲間を見極め、共に偽物を殺せ」
すると、セイが奇妙なことを言われたかのように片眉を上げた。
「なら、入ってからずっと三人一緒にいりゃいいんじゃねーのかい?」
「ヌフ、そのための三つの入口だと、ボクちんは見てるよぉ? きっと、一人一個ずつなんじゃないかなぁ?」
「その通りだ、ジク」
「閉じた後、入口を破壊すれバいいのでハ?」
首をかしげるルーに、クトーは首を横に振る。
「お前たちなら出来るだろう。が、陣の計略がその時点で解除される危険も大きい。そうなると、ネアルが消される可能性がある」
まだ、こちらの準備も整い切っていない。
「ヌフン、大人しく遊んでおけということかなぁ?」
「まどろっこしい……敵地で遊ぶなんざ、ダンディなオレ様には似合わねーぜ」
「本物のマスターを見つけるのは簡単でス。全員殴ればいいでス」
「手段は任せる」
クトーがメガネのブリッジを押し上げながら答え、ジクを見た。
「お前なら、どうとでもするだろう?」
「ヌフン、勝手に期待されるのは好きじゃないけど、クトーちんなら、いいよぉ」
ヘラヘラと笑った狂気の人形遣いは、続けて本音を漏らす。
「正直、巽伍の扉じゃなくてホッとしてるからさぁ」
言い置いたジクを先頭に、三人が扉をくぐると、バタンと閉まる。
「……どういう意味? 巽伍ってヤバい扉なの?」
「あの扉は追憶の扉だからな。ある意味、ジクにとっては最悪の扉だろう」
レヴィが首をかしげるのにそう答えて、クトーは次の扉を目指した。
かつてジクに明かされた秘密に関する話だ。
無断でその内容を他人に告げるのは、ジクの信頼に反することになる。
『ルーは、いろんな意味で最高傑作なんだよぉ。……昔死んじゃった、ボクちんのお嫁さんとの、娘のつもりで作ったんだぁ』
昔、魔族に殺されちゃってさぁ、と。
ゴーレム作り以外に興味がないように見えた彼が隠遁生活をやめて【ドラゴンズ・レイド】に加入し、魔王に挑んだ真の理由。
ーーーそれが、クトー以外は誰も知らない、あの変人の芯となっている想いだった。




