おっさんは少女の装備を受け取る。
「はっは、何だよてめぇ、結局別の冒険者をたぶらかしたのか?」
「でもヒョロい上に大した腕もなさそうだぜ。ザコ同士で群れてよくこんなとこまで来れたなぁ」
げっひゃっひゃっひゃ、と下品な笑い声を上げる体がデカいのとふとっちょの二人に、レヴィが本気で殺気のこもった視線を向ける。
「相変わらず下品ね、ノリッジ。あんたも人の事言えないザコでしょ、スナップ」
レヴィの言葉に、二人が笑うのをやめて彼女をねめつけた。
「ああん? 攻撃も当たらないドチビがなんか言ったか」
「誰がザコだコラ。口のききかたに気をつけろや、胸なし」
ずいぶんと礼儀を知らない連中だ。
女性に反発されただけで機嫌を損ねるなど、可愛らしいものを愛でる気持ちがないのだろうか。
二人はどうやら、デカいほうがノリッジ、ふとっちょのほうがスナップというらしい。
男たちは三人組で、後ろにいるヒゲ面の男は黙って成り行きを見ている。
額に青筋を浮かべたレヴィが腰の投げナイフに手を伸ばすのを見ながら、クトーはアゴに手を当てた。
「レヴィ」
「何よ!?」
「どう見てもお前より素質がなさそうなこの連中は、何故こんなに偉そうなんだ?」
「は?」
その言葉に、レヴィを含む三人が固まった。
面食らっている二人をもう一度眺めて、クトーは軽くメガネのブリッジを押し上げる。
それから、二人の素質のなさを示す事柄を一つずつ教えてやった。
「デカいほうはオノが得物のようだが、刃も柄も質が悪い。メインの得物がその程度では大した魔物を相手に出来んだろう。買い替えをお勧めする」
同じ低ランク装備でも、レヴィの持っていたダガーの方がよほど上質だ。
次いでスナップのほうに首を巡らすと、メガネのチェーンがシャラッと鳴る。
「ふとっちょのほうは、その体型で装備もヘタった革ではパーティーの盾にもなれんだろう。まともに体を鍛えたほうがいい。見た目も悪いしな」
自己管理もお粗末、装備も三流品。
少し一緒にいただけで素質があると分かるレヴィを、教育もせずに見限って放逐する元のパーティーはよほど優れた冒険者かと思っていたのだが。
「どう見てもEランク程度だろう? なんでお前が、この程度の連中に身ぐるみを剥がれたんだ?」
心の底から疑問に思っていると、ノリッジとスナップがみるみる内に顔を真っ赤に染めていく。
レヴィが、毒気を抜かれたような顔で腰に伸ばした手を下ろした。
「クトー……あなた、ちょっと空気読みなさいよ」
なぜか半笑いになりながら、レヴィが呆れた目を向けて来る。
空気を読む、というのがどういう意味か分からない。
「事実を指摘し、疑問に思った事を訊いただけなんだが」
「挑発してるようにしか聞こえなかったわよ」
「そうか」
まぁどうでもいい事だ。
特に見るべき価値もない連中に構っているほどヒマではない。
「行くぞ、レヴィ」
「え? うん……」
「「逃すと思ってんのか!?」」
いきなり怒声を上げて、先に進もうとしたクトーの進路を塞ぐように足を踏み出した二人に、ずっと黙っていたもう一人が声を上げた。
「やめろ」
その声を聞いて、ノリッジとスナップが動きを止める。
どうやらヒゲ面がリーダー格らしい。
「な、なんでだよアニキ!」
「こいつら、俺たちをナメたんだぜ!?」
「街中で騒ぎを起こすなと言っているんだ」
どこか底の読めない、とろんとした目の男にレヴィが声をかける。
「デストロ。あなた、雰囲気変わった?」
「そうか? 邪魔して悪かったな」
素っ気なくそう言ったデストロは、特に表情も浮かべずにアゴをしゃくる。
そのまま立ち去ろうとする彼は一度だけクトーに目を向けた。
「アニキ、待ってくれよ!」
「ッ、てめぇら、次に会った時は覚えとけよ!」
「記憶力はいい方だとは思うが……」
可愛いわけでもなく、価値もなさそうな顔を覚えておくとは確約出来ない。
三人組が立ち去った後に、クトーはレヴィに目を向けた。
「あのデストロという男だけは、少し危険そうな匂いがするな」
「なんか、おかしかったわね」
「そうなのか?」
「うん。前にパーティーにいた時は、スナップよりも人を小馬鹿にしたような話し方をするヤツだったんだけど」
納得いかなそうに首をかしげるが、特に気にする必要があるとは思えなかった。
たまたま出会っただけで、今後関わり合いになるような事もないだろう。
そのままギルドへ向かって用事を終えると、クトーは次に工房へ向かった。
※※※
「どうだコラ!?」
ノリッジやスナップと変わらない下品さでムラクは吼えた。
もっとも、向こうと違って腕前は一級品だ。
並べた装備品を前に鼻息を荒くし、腕を組んでいる。
「目の下にクマが出来ているが。徹夜か?」
「おおよ。このまな板に、時間を掛ければ誰でも出来るとか言われたくねぇからな!」
「黙りなさいよウスラデカ。腕がない奴ほどよく吠えるのよねー」
「何だとこのアマ!」
ムラクの暴言に即座に応じたレヴィが、べッと舌を出した。
「さっき、お前も吠えてたがな」
クトーは言いながら台に並べられた装備品を品定めして、眉をひそめた。
置かれているのはダガーに胸当て、そしてブーツだが、品質がおかしい。
「ムラク。……まさか【効果付き】か?」
「当然だろうが! このドチビ、俺の装備を使いこなせると豪語してくれたからなァ!」
「……理由が本気で大人気ないですよねぇ。うるさいんで静かにしてもらえませんかねぇ」
奥でしかばねのように転がっていたルギーが、しかめ面をしながら身を起こして寝癖のついた頭を掻いた。
クァァ、と大欠伸をする彼を、ムラクが元気に怒鳴りつける。
「なんだとこのバカ弟子が。何の役にも立ちやがらねぇのに寝てんじゃねぇよ!」
「めっちゃ役に立ってますねぇ。親方のワガママに付き合って、足りないもん夜通し駆けずり回って集めたの、オレなんでねぇ」
「ッ、口の減らねぇ……」
そろそろ二人とも黙らせるか、とクトーが思っていると、レヴィがしげしげと装備品を眺めながら先に話しかける。
「ちょっとそこのジャイアント。これ凄く綺麗なんだけど、本当にあんたが作ったの?」
「ドワーフだ! あんな頭の悪い魔物と一緒にすんな!」
「似たようなもんよ。ねぇクトー、こいつ嘘ついてない?」
レヴィがそれでも疑わしそうに問いかけてくるのに、クトーは首を横に振った。
「ついていない。ムラクの腕は良く知っている。……まさか、全て効果付きに仕上げて来るとは予想外だったが」
「なんだ、文句あんのか?」
「いや」
「ねぇ、効果付きって何?」
装備品から目を上げたレヴィは、どこかワクワクとした声音でクトーに問いかけて来る。
目をキラキラと輝かせている彼女を見ると、猫に擦り寄られているような素晴らしい心地よさを覚えた。
「特定の素材を最高級品質で仕上げた時に、装備に付与されるものを効果と呼ぶ」
やはり可愛い事は素晴らしいことだ、と思いながら、クトーは説明を始めた。
フライングワームの牙から削り出したダガーは、通常であればDランク装備の『牙のダガー』だ。
だが、最高品質で仕上げると効果が付き、Cランクの『毒牙のダガー』となる。
毒牙のダガーは適性を持った者が効果を使用すると毒を、適性がなくともまれに斬りつけた相手に痺れを与える。
蛇皮の胸当ては特別な効果はないが、最高品は通常品や優良品よりも強度が高くなる。
そしてブーツも『羽のブーツ』ではなく、使用者にわずかながら『速度上昇』の効果を与える『俊足のブーツ』として仕上がっていた。
「効果って、クトーの籠手と似たような感じ?」
「そうだな。俺の籠手は魔力を持つ者だけが扱える、魔法効果があるものだが」
「ふぅん……このダガー、触っていい?」
「丁重に扱えよ! お前には過ぎた装備なんだからな!」
ムラクは、手に取ったダガーの刃を見回すレヴィに得意げに話し始めた。
「効果ってのはな、使用者に適性がなきゃ効果を発揮しねぇんだ。フライングワーム系の装備は《風》の適性がいる。お前なんかじゃ……」
「ねぇ、ムラク」
「あん?」
話をさえぎられた上に名前を呼ばれて、ムラクが驚いた顔をして両手を広げたまま固まった。
レヴィは、満面の笑みでダガーを握りしめて、嬉しそうな声で言う。
「これ、すっごく良いわ! ありがと!」
「お……おう……?」
完全に面食らった顔で視線をさまよわせたムラクは、ルギーを振り返った。
「おいバカ弟子。調子が狂うんだが」
「素直に礼を言われてんのに、親方の方がバカなんじゃないですかねぇ」
「ンだと!」
ブン、と振り回された拳を軽く避けて、ルギーはレヴィに笑みを向けた。
「気に入ってくれたみたいで、徹夜したかいがありますねぇ」
喜ぶレヴィに笑み下がったルギーは、今度は振り下ろすように放たれたムラクのゲンコツを食らった。
「おぉぉぉお……!」
「ニヤニヤしてんじゃねぇ!」
頭を抱えてうずくまるルギーとじゃれているのを放っておいて、クトーはレヴィに問いかけた。
「どうした?」
彼女は、何か不思議そうにダガーと台を交互に見ている。
「これさ、なんか板切れとかそういうのに刃を立ててみても大丈夫?」
「切れ味は良いから、問題はないと思うが」
そもそも魔物の牙であり、木材に負けるほど柔くはない。
レヴィはダガーをくるりと逆手に持ち変えると、無造作に台に突き立てた。
シュカ、と軽い音がして刃が中ほどまで台に突き立つと……ダガーがぼんやりと、紫の燐光を纏った。
「なッ!」
「え?」
「……!」
ムラクとルギーが声を上げて、クトーも息を呑む。
光を纏った刃を立てられた台が刃の周囲だけ朽ちて、ボロリと床に落下した。
「これが効果?」
ダガーを抜き取り、楕円の穴を興味深そうにのぞき込むレヴィに、ムラクがあんぐりと口を開ける。
「お、前、適性持ちだったのか!?」
「さっきからよく分かんないけど、何それ?」
首をかしげながら毒牙のダガーを置いて、彼女は今までのダガーを鞘ごと腰から外そうとしている。
「レヴィ。お前もしかして、スタンダウト・シャドーのコアにナイフを投げた時に何か見えていたか?」
「え? うん、なんか胸の中心に赤い光みたいのが見えたから、コアかと思ったんだけど……」
それがどうかした? と逆に尋ね返して来る。
「スタンダウト・シャドーのコアは本来見えない」
「そんな事言ってたわね。でも見えたし」
「……『ウィークポイント』のスキル、か」
「なんかどんどん知らない話が出てくるんだけど……」
世の中には7種類の属性というものがある。
地水火風雷聖闇、と呼ばれるもので、魔物には特定の属性が存在している。
例えば、ビッグマウスやフライングワームは風属性、ラージフットなら地属性、スタンダウト・シャドーなら闇属性だ。
人は、魔法適性があれば基本的に地水火風の4属性を使え、個人によって得意不得意がある。
これらの属性の内の一つに、ソルジャーやスカウトでも目覚める者がいる。
本来なら、それぞれの属性神に認められて信託を受け、高位のクラスに魂を昇格した者が得られるのだ。
それを、魔法適性に対して単に適性と呼ぶ。
「お前が目覚めたのは、《風》の適性だ。風神タイホンの加護を受けたことがあるのか?」
「ないけど……」
適性を得た者は属性に応じた武具の効果が使用可能になり、同時に練度に合わせて固有の『スキル』をあつかう事が出来る。
『弱点看破』は、《風》の初等スキルだった。
風、風、とレヴィは少し考えてから、ぽん、と手を打った。
「そう言えば、リュウさんが私が遊んでるの見て『お前は風の子だな!』って言われた後、さらに木登りとかナイフ投げが上手になったんだったわ」
…………またお前か!
クトーは目の届かないところで好き放題しているリュウの説教項目に、もう一つ事項を加えた。
「『能力覚醒』スキルを無闇に使うなと言っただろうが……!」
「何?」
「なんでもない」
頭の中でヘラヘラと笑うリュウの首を掴み上げながら、クトーは首を横に振った。
「どうやらムラク。約束通りレヴィは、お前の作った武具を使いこなせそうだぞ」
「なんかあんま納得いかねぇが……」
リュウのやる事だから仕方がないとでも思ったのか、ムラクはボリボリと頭を掻いた。
「レヴィがまともに使えるんなら、文句はねぇな。作った甲斐もあるしよ」
「本当に親方は分かりやすいですねぇ。ちょっとお礼を言われただけであっさり気に入ってねぇ」
「黙ってろボケ!」
レヴィが上機嫌で新しい装備を身にまとうのを眺めつつ、クトーはまたじゃれている二人に言った。
「レヴィの装備を下取りしてくれ」
「お代の天引きはしませんけどねぇ」
「気合いを入れ過ぎではあったが、良いものを作ってくれた相手に文句は言わん」
最近出費ばかりだな、と思いながらクトーは金を支払い、代わりに告げた。
「レヴィの装備を下取りする代わりに、杖を一本くれ」
「あん? 前のはどうした」
「壊れた。魔力を込められるやつを頼む」
「バカ弟子」
「はいはい、俺のことも名前で呼んで欲しいですねぇ」
ルギーが奥に引っ込んですぐに戻り、クトーは新しい旅杖を受け取った。
「ムラクもルギーも、ありがと!」
出て行く間際に、また礼を言いながら満面の笑みで手を振るレヴィにルギーが手を振り返し、ムラクが腕を組んだまま軽く笑みを浮かべる。
レヴィの素直さは、彼らのような男にとっても好ましいようだった。




