おっさんは、正面突破を目的とするようです。
コツ、と足を踏み入れた帝城の中は、ひっそりとしていた。
「魔物の姿が見えんな」
外の喧騒が嘘のように一切の物音がしない。
床に敷かれた絨毯は豪奢で、踏んでも全く足音が立たないほど厚く敷かれているようだ。
ーーー何かの罠が仕掛けられているのか?
様子を見ながら少し考えていると、レヴィが高い天井と火の灯っていないシャンデリアを見上げながらつぶやく。
「広くて綺麗だけど……なんか寂しいとこね」
「多くの者が暮らすための場所に、人の姿がなければそうなる」
クトーはメガネを押し上げながら答える。
ましてこの城は、世界屈指の広さだ。
本来であれば、多くの人々が行き交い賑わっているのが普通の姿なのだから。
「この城の構造は覚えているか?」
クトーは、この中に入ったことのある二人……リュウとミズチに問いかけるが、案の定リーダーの方は肩をすくめた。
「覚えてるわけねーな。帝王が不愉快だったことくらいだ」
「……お前は本当に知識を蓄える気がないな。頭を使わんとボケるぞ」
「頭使いすぎてボケてる奴に言われたくねーな」
「先に言っとくけど、今その言い合いしてる場合じゃないからね」
ごく普段通りに話していると、レヴィに突っ込まれた。
「……この阿呆の口が減らんからだ。ミズチは?」
「私たちも謁見の間までしか入ったことがありませんが」
彼女は小さく笑いながら、エントランスの正面にある扉を指さした。
「以前訪れた時は、あの両脇に門兵が。そして長い廊下を渡った先にもう一つ扉がありました」
「ふむ。その辺りで罠がある可能性が高いな」
逃げ場のない狭い廊下、かつ異空間の中に浮かぶ幻影の城である。
「壁の両脇が迫ってきて、押し潰されてもおかしくはない」
「相変わらず、めちゃくちゃ嫌なこと言うな」
「想定される危険は全て考慮する。以前、エティアが仕掛けてきた魔力炉の罠によって仲間を失ったことを、俺は忘れていない」
ニブルたちのパーティーにいた双子だ。
天才的な魔法と剣の才を持っていた二人は、一番若かったのにその命を散らした。
「今度は、一人も失わん」
「同感だ」
リュウが答えるのを待って、ミズチがさらに言葉を重ねる。
「謁見の間に直接繋がる通路は、あるとすれば『王の道』でしょう。謁見の間に向かう間に上り傾斜があったので、部屋そのものは二階にあるはずです。王は後宮と釣り籠での移動をしていた可能性があります」
「奥にもまだ空間がある様子だったのか?」
「先ほど眺めた奥行きから察するに、謁見の間がある位置はちょうど半分くらいの位置でしょう。奥に中庭と後宮がある、と推察します」
クトーは、言われた配置から城の構造を思い浮かべた。
アゴを指で挟み、チラリと周りに目を向ける。
両脇に緩やかなカーブを描く階段があり、その先が二階の廊下に繋がっている。
人が二人往来できる程度の幅で、万一の際には弓手と魔導士を配してエントランスに集まった者たちを叩けるようになっているようだ。
「ふむ。……となれば、奥へ繋がる道はあの廊下の上にある方の扉だな。左右対称に作られてはいるだろうが、最奥に繋がる道は一本だけだろう」
城攻めをしづらくするために、同じ作りであっても片側は道が塞がれている、などというのはよくある話である。
「後は、罠が仕掛けられているかどうかだが。どう思う?」
「あるでしょうね。敵がどこにいるのかにもよるでしょうけど」
謁見の間と後宮。
不気味な沈黙を保っている以上、こちらの動きを待っていると考えれば。
「……謁見の間でも、待ち構えているだろうな」
「でも?」
レヴィが首を傾げるのに、クトーは淡々と答えた。
「ああ。罠を仕掛けるにしろ、後宮への道か謁見の間か、どちらかだけということはないだろう。正面の廊下、謁見の間、廊下の迂回路、後宮。その全てになんらかの罠があるはずだ」
魔族たちの今までの動きと性質から、こちらを倒すことが目的ではあるのだろう。
だが、その過程で苦しめることも奴らの愉しみなのだ。
「どこに向かっても罠はあるが、黒幕は最奥に控えている」
「じゃ、直接奥に向かうの?」
「いいや。謁見の間に向かう」
レヴィの言葉にクトーが首を横に振ると、彼女は眉根を寄せた。
「ねぇ、言ってることの意味が理解出来ないんだけど」
「相変わらず言葉が足りねーなクトー」
「レヴィさん。私たちの目的は、こちらの消耗を抑えて勝利することではないのです」
リュウが鼻を鳴らして大剣を担ぎ、ミズチがやんわりと告げる。
「そう。それはあくまでも我々の総意に過ぎん。目的はただ一つ」
クトーはメガネのブリッジを押し上げて、少女の顔を見下ろす。
「ーーー敵の殲滅だ」
今度こそ、ただ一将すら逃さず。
「我ら【ドラゴンズ・レイド】は聖人君子ではない。崇高な目的もない。自由に生きるのを邪魔して来た奴らの命には、路傍の石ほどの価値も見出さないチンピラ集団だ。……だが忘れるな、レヴィ」
かつて連中が闘争を仕掛けて来たこと。
その過程で仲間の命を奪ったこと、自由を奪ったこと。
これから先も奪おうとしていること。
その報いだけは、受けさせなければならない。
何故なら。
「ーーー我々にとって仲間の命に関する出来事だけは、ありとあらゆる全てに優先するのだ」




