おっさんは、帝門を突破したようです。
『鳥人部隊第一陣、交戦に入りました』
『第二陣以降の突入経路を確保しろ。遊撃部隊は高度を上げ、第一陣の支援を』
『了解』
『右方劣勢。増援要請』
『レイドより派兵。セイ、フー。右方戦線に援護』
『第二陣、突入路から群勢を突破。先陣から帝門までの距離、おおよそ200』
『第二陣、交戦開始。騎竜兵隊の帝城突入まで進路を確保』
『帝門前に陸生の魔物を確認!』
『レイドより派兵。ジク、ゴーレム部隊で掃討開始』
『騎竜兵隊先陣、帝城へ到達。瘴気雲により上空からの降下は困難』
『レイド、リュウ、クトー両名により帝門を破壊する。経路確保部隊はそれを合図に順次撤退開始』
騎竜兵ホムリアは、それらの通信を聞きながら、チラリと中核部隊に目を向けた。
騎竜兵長の先導を受けて戦場を駆け上がってくる勇者たちに気を取られた直後、部隊長から怒鳴られる。
「ホムリア! 斜め前方ッ!」
「っ!」
慌てて視線を戻すと、そこに悪魔の姿があった。
ワイバーンと同程度の巨躯に黒い翼と尾を備えた人型の存在は、牙が並んだ口を歪んだ笑みの形に吊り上げている。
「あ……」
禍々しい瘴気を放つ魔物が、自分を狙って手に込めた魔法を解き放とうとしていた。
ーーー油断した。
相手は、一匹でもCランク冒険者パーティーを壊滅させるほどの魔物だ。
無数にいるそれらを相手に、これまで善戦を続けてきたからといって、相手が、ワイバーンごと一撃で自分を屠る力を持っていることに変わりはない。
ーーー死。
それを強く意識した途端、恐怖で体が凍った。
ーーー避けなきゃ。
相棒であるワイバーンに、手綱を軽く引いて命じるだけでいいのに、手が動かない。
今にも放たれようとしている魔法を相手に、今にも殺られ……。
『ーーー〝貫け〟』
極限まで追い詰められ、時間すらもがゆっくり流れるように感じられていたホムリアの耳に、風の宝珠を通してそんな声が届いた瞬間。
眼前に迫っていた悪魔が、凄まじい熱量を込めた光線に穿たれて瞬時に消し炭と化す。
『ギィッ!』
そんな悪魔の鼻先をすり抜けると同時に、ホムリアは見た。
悪魔を貫いた光線が、その背後まで天高く突き抜け続けて、他にも十数体の空飛ぶ魔物を葬った景色を。
ーーーたった一撃で……!?
聞こえたのは、詠唱が短い光の魔法だった。
Bランクの魔物たちを、まるで雑魚のように。
『竜騎五番隊第十騎、ホムリア兵曹。死にたくなければ隊列を乱すな』
『戦場で気を抜いてんじゃねぇぞこの大馬鹿野郎が!』
「すいませんっ!」
宝珠から聞こえたのは、落ち着いた男の声と、部隊長の大目玉だ。
名前を呼ばれて正気に返ったホムリアは、慌ててワイバーンを元の軌道に戻す。
『それでいい。今後は注意しろ』
直後に、勇者と中核部隊を乗せた騎竜特務兵たちが、眼下からゴッ! と音を立てて、次々に帝城への上昇軌道を駆け抜けていく。
その中の一人、赤い翼の勇者に追従する白い竜に乗った銀髪の男と目が合った。
ーーー声の主だ。
交錯は一瞬だったが、ホムリアにはそれが理解出来た。
誰なのかは分からないが、彼は肌で、その連中と自分の〝格〟の違いを理解する。
ーーーあれが、【ドラゴンズ・レイド】。
単騎でSランクドラゴンに匹敵すると言われる、一騎当千の集団。
騎竜兵団でも、連携を取ってようやく対処可能な悪魔を、ただの魔法一発で十数単位で葬り去る魔王殺しの英雄たち。
その気になれば、一国をパーティーだけで殲滅可能とすら言われるその戦闘力の一端を、ホムリアは垣間見た。
ーーーでも、なんで俺の名前を?
※※※
「知り合い?」
「いや。だが、先ほどニブルに見せられた先導部隊の資料の中に名前があった」
レヴィの問いかけに、支援を行ったクトーは淡々と答える。
「相変わらずとんでもない記憶力ね……」
「そうか? 普通だと思うが」
呆れたように言われて、クトーはシャラリとメガネのチェーンを鳴らしながら首をかしげた。
与えられた情報は把握しておくのが鉄則である。
いつ必要になるかも分からないし、いざという時の判断に影響が出るからだ。
「あなた、いい加減自分の普通を他人の普通だと思うの、やめたほうが良いと思うわよ?」
「む?」
どういう意味だろうか。
しかしそれを問い返す前に、作戦が次のフェイズに移行する位置に到達した。
「まぁいい。リュウ、帝城に突入する準備を」
「おう。お前の準備もいいか!?」
「ああ」
リュウに応えたクトーは、手にした【死竜の杖】を偃月刀の姿に変えて、構えた。
「ーーー〝焼き尽くせ〟」
「アァォオオオオオオオォォーーーー!!」
リュウが放った聖炎のブレスと、クトー自身が放った灼熱の魔法が帝門に命中し、強固な門を一撃で破壊する。
「レイド、降下。騎竜兵隊は散開、反転後撤退せよ」
先立ってジクのゴーレム部隊で始末させていたため、帝門前の魔物は数を減らしている。
レイドの面々が飛び降りると同時に、騎竜兵隊は次々とトンボ返りしながら再び地上を目指して降下していった。
『頑張ってね』
「感謝を」
ルシフェラから最後に入った連絡に応えながら、クトーはレイドの面々よりも先に、リュウと共に門内に突入した。
帝城の庭園は予想通りに魔物が蔓延っており、最外壁を攻めていた時と同様の状況だったが……。
「ーーー〝荒れ狂え〟」
誰も人がいないのであれば、魔法の行使に遠慮は必要ない。
無数の風刃によって竜巻を形成する中位風魔法を、複数発生させて一瞬で魔物たちを薙ぎ払ったクトーは、むーちゃんの背中から地上に降り立った。
「うぉらぁッ!!」
その間に、一撃で帝城の正面に位置する東の大扉を、竜気を纏った拳でリュウが殴りつける。
軋みを立てて閂がへし折れ、バァン! と音を立てて扉が開いた。
むーちゃんをレヴィが扉の前に降下させ、地面に降り立ってレイドの面々を待つ。
「さて、最後の大暴れだ。鬼が出るか邪が出るか」
「邪も鬼ももう腐るほど出ているが」
「策謀の鬼神とか、似合わない呼び名で呼ばれてる奴なら隣にいるわね」
リュウが軽く首を回しながらニヤけるのに軽口を返して、クトーとレヴィは城内に目を移した。




