おっさんは、帝城へ飛ぶようです。
準備を整えて、最初に飛翔したのは鳥人部隊だった。
ルシフェラを筆頭に、空高く舞い上がった後に『門』に一体となって突入していく。
『騎竜兵隊、離陸!』
続いて、レイドの面々を乗せたワイバーンたちが、兵隊長の号令に従って宙に舞った。
4騎1小隊の布陣で、8小隊。
警護を含む総勢32騎が、編隊ごとに門をくぐり抜けて行くのを……ホアンは、王城の空中庭園から眺めていた。
すぐに仕事に戻らなければならないが、この瞬間だけは自分の目で確かめたかったのだ。
「……歯痒いな」
王であることを窮屈と感じるのは、こうした瞬間だった。
最前線に立つのは、本来為政者の仕事のはずだ。
民を守ると言うのなら。
しかし長い歴史の中で、勝ち取るのではなく守る歴史の中で『人に死ねと命じる』ことが仕事になった。
国の規模が大きくなればなるほど、人が増えれば増えるほど、前に出るという行動に対して制約がつく。
苛烈と謳われる北の王のように、自分もあの場に立ちたいという気持ちを、ホアンは庭園を囲う手すりを握る指先に込めて押さえつけた。
自分が行ったところで足手まといだ。
ホアンはそれを十分に自覚していたし、【ドラゴンズ・レイド】を信頼していないわけではない。
それでもやはり。
「……歯痒い」
その気持ちを、一切外に出さずに抑え切ることは出来なかった。
「陛下は気持ちがお若い」
「分からないではないがな」
共に来たタイハクとセキの言葉に、ホアンは細く息を吐く。
「いずれ子が生まれ育ったら、私も大叔父のように気ままに生きてやる……」
「そう思うなら、まず相手を見つけることですな。いかに王とはいえ、ジジイに嫁ぎたい女性もそうそうおりません」
願望を吐き捨てただけで、タイハクから痛い言葉が返ってきた。
飛び立ったワイバーンが全て姿を消したところで、ホアンは天穴を見上げてから、背を向ける。
「そう思うなら、誰か相手を見つけてこい」
「おやおや、今度は不機嫌から自暴自棄ですかな」
「レイドのミズチなどはいかがでしょうな」
明らかにからかうような口調の二人に、ホアンはますます眉根を寄せる。
「……あれの意中は、クトーかリュウだろう」
「しかり。女心がよくお分かりで」
「いっそ、この件が収まったら帝国から女傑を娶るのもやぶさかではないかも知れんぞ。クトーの報告によれば、七星のうち二人は女性らしい。為政に長けているという黄色人種領辺境伯などは……」
「目の前に連れてこれたら考えますよ、義父上殿」
嫌味を返すと、セキはニヤリと笑った。
「言いましたな? 連れてこれたら、その時はお覚悟召されますよう」
「二言はないよ。ーーー事が、収まればね」
そう言って睨み付けると、セキはタイハクと目を見交わした。
「不安にお思いで?」
「まさか。全て滞りなく終わるさ」
【ドラゴンズ・レイド】はいつだって、あらゆる劣勢や苦難を打ち砕いてきたのだ。
それを一番間近に見ていたのは、クトーとリュウの幼なじみである自分だ。
あの二人は、幼い頃からモノが違う。
「もう少し耐えて、その後始末にクトーを付き合わせたら祝祭だ」
「忙しくなりますな」
老骨にはこたえる、とわざとらしく首を回すタイハクに、ホアンは笑った。
「王家周りにいるご老体ほど、元気が有り余っている連中はそうそういないよ」
※※※
「っくしょん!」
急に鼻にむず痒さを感じたケインがくしゃみをすると、雑魚と戦うのに飽きたらしいムーガーンが、後ろであぐらをかいたまま問いかけてきた。
「風邪というやつか?」
「巨人には無縁じゃの。しかし残念ながら、ワシにも無縁じゃ」
どうせ、どこかの若造が、前線に立つ自分に嫉妬を拗らせて嫌味を言っているに違いない。
ムーガーンとケインが座り込んでいたのは、『門』の上空に位置しているワイバーンの上だった。
騎手はケイン自身である。
ワイバーン如きなら、威圧だけで従うので誰かに操ってもらう必要もない。
最初はフヴェルが『巨人と侵攻部隊が衝突しないように』とその役割を担っていたのだが、ぶつくさとうるさいので『門』の向こうに蹴り返したのだ。
「ホアンは、ワシの若い時によく似とるからの。じれておるに違いあるまい」
「それが分かってて王位につけたか。呆れる話である」
「ほかに人もおらんだし、望んだのはあやつ自身よ。……来るぞい」
風の宝珠による連絡と、『門』感じる気配を察したケインの言葉に、ムーガーンはうなずたいた。
直後に、バサバサと羽音を立てて現れた鳥人部隊が上空に広がって行く。
そこから少し遅れて、鳥人たちが交戦して広げた空域にワイバーンの編隊が展開し、一気に上空の帝城へ駆け上がって行った。
「ワシらも征くかの?」
「いい提案である。が、やめておこう」
「ほう。珍しいのう」
強敵が在るというのに、首を横に振るムーガーンに、ケインは意外さを感じた。
「少しは落ち着いたかの?」
「否。事の後、汝や竜の勇者と戦うほうが面白そうである」
「なるほどのう」
やはりムーガーンは変わらない。
この自分と同様に。
そして、最後に現れた編隊の前を飛ぶリュウと、その後ろについた聖白竜に向かって、ケインは軽く手を挙げた。
竜と同様の純白のコートと衣服を身に纏い、銀髪に銀縁メガネの男と、竜騎士姿の少女がそれに気づいて黒い杖と三叉槍を掲げる。
一瞬で飛び去っていったその背中に、ケインは目を細めた。
「勝てよ、リュウ坊、レヴィ嬢……それに、クト坊」
老いて見つけた先が楽しみな若者たちに、そう呼びかけてから、ケインはワイバーンの首筋をポンポン、と叩く。
「さて。もう一働きしようかのう」




