おっさんは、再び戦場へ向かうようです。
クトーは食事の前に、案の定パーティーハウスで寝こけていたレイドの面々を叩き起こした後、クシナダの朝食を摂った。
白米、山菜の味噌汁、焼き魚、浅漬けという食事を存分に堪能したクトーは、準備を整え家を出る。
「では、行ってくる」
「魔族ぶっ倒して帰って来るからね!」
「お気をつけて」
レヴィがクシナダに拳を握って見せると、彼女は深々と頭を下げた。
その様子を見て、リュウがまだ眠そうな顔でケッ、と吐き捨てる。
「おーおー。こっちはパンと、野郎が作ったスープだけだったってのに、そっちは女将の手料理かよ」
「作って貰っておいてその言い草はないと思うが」
「そうスよ! 文句があるなら自分で作って下さいスよ!」
どうやら食事当番だったらしいズメイの抗議に、リュウは胸を張る。
「知ってんだろうが! 俺の料理はマズイぞ!?」
「自慢になっていないな」
堂々と言うようなことではない。
そんなこちらの様子を、きっちり時間通りに現れたミズチがクスクスと笑いながら見ていた。
「では、行こう」
「おう。行くぞテメェら!」
ガッと拳を振り上げて歩き出したリュウの右斜め後ろにクトー自身が、その横にレヴィが続く。
反対側はミズチとギドラだ。
大通りを進んで行くと、赤い目立つ鎧を着込んだリュウの姿を捉えた市民が、窓や戸口から顔を見せて歓声を上げる。
「相変わらず大人気だな」
「さすが勇者……」
それ以外にも、3バカやミズチの名を呼ぶ声も聞こえる。
【ドラゴンズ•レイド】は知名度の点で言えば最高クラスの冒険者パーティーなのだ。
「あの耳付きカブトの褐色の子、誰だ? めっちゃ可愛くね?」
「いつも目立たない地味な格好してた雑用も、真っ白なファーコートってえらく派手になったな……」
おそらくは冒険者らしき連中からのそんな声も混じっていたが、派手なのはクトーのせいではなく、聖白竜の外皮とぷにおのせいである。
「……最近慣れて誰も何も言わなかったから忘れてたわ……」
トゥス耳カブトのことを指摘されたのを聞いていたのか、レヴィが頬を染めながら小声で言う。
「今日も可愛らしいぞ」
「あなたは黙ってなさいよ……!!」
ボス、と脇腹を殴られて釈然としなかったが、とりあえず放っておく。
まぁ確かに、名前も覚えられていない自分と、新参のレヴィでは取り合わせとして多少は目立つだろう。
が、平然とした態度で威圧感を放つ連中に紛れているためそうした声は多くはない。
と、そこで。
「クトーさん! レヴィ!」
いきなり名前を呼ばれて道沿いに目を向けると、憲兵隊の出張所から憲兵隊長のブルームが手を振っていた。
「王都のこと、よろしくお願いしますねー!」
そんなブルームに周りの者たちが奇妙な目を向けるのに、クトーは歩みを止めないまま小さくうなずいて応えた。
「ああ」
「ありがとブルームさん!」
レヴィがブンブンと手を振り、合わせて彼女の肩に乗ったむーちゃんが尻尾を振る。
「こんな騒がれんのは、凱旋パレード以来だな」
「気持ち良いか?」
「正直な」
「目立つのが好きなお前らしい話だ」
期待と重圧をどれほど背負おうとも、笑みを崩さないこの豪胆さだけは見習いたいところではある。
そのままクトーらが正門を抜けると、聖結界の内側で休息や食事を取っている高ランク冒険者の連中に手を振られ、指笛を鳴らされた。
「そろそろ魔物どもを一方的に狩るのも飽きたから、そろそろ始末つけろよー!」
「お前らなら余裕だろ!?」
そんな煽るような顔見知りの言葉に、リュウとギドラが怒鳴り返す。
「ったりめーだろうが!」
「帰ってきたら奢れよ!」
特に調子に乗る2人だが、この2人のおかげでレイドの面々が王都では気安く接されているのは悪くない話だ。
恐れられているだけでは、住まいは居心地が悪いものである。
そうして、最前線に近づいたところでリュウが足を止めた。
視線の先にいるのは、ニブル、ユグドリア、フヴェルの三名だ。
「ようやくお目覚めか、お偉い待遇で何よりだクソ野郎ども」
「戦況はどうなっている?」
いつもの憎まれ口を叩くフヴェルに構わず問いかけると、ニブルが応えた。
「貴方の言っていた巨大個体が四体出現。二体は『門』の向こうでご老体と巨人王が即座に始末したようです。こちらの二体は、先ほど処理を終えましたよ」
淡々とした彼の後に、ニッコリと顔を綻ばせたユグドリアが片目を閉じる。
「クトーくんもリュウくんも、ゆっくり休めたかしら?」
「お陰様でな。相変わらずクトーだけ、隙あらばオイシイ思いしてやがるけど」
「何の話だ?」
同じように休んだだけのはずだが、と思いつつ首を傾げるが、クトー以外は全員理解したようで深くうなずく。
一人うなずかなかったレヴィだけが、下ろしていた髪を掻き上げてポニーテールを結いながらリュウに目を向ける。
「あら、私も美味しい思いしましたよ?」
「分かってねーなレヴィ。お前が居たことも含めてオイシイっつってんだよ」
「? どういうこと? クトー」
「俺に聞かれても分からんが」
リュウからこちらに目を移した彼女に、メガネのブリッジを押し上げながら応えると、ミズチが続けて言った。
「最近、レヴィさんはクトーさんに似てきたわね」
「!? この変態と一緒にしないで下さいよ!」
「その言い草も失礼だとは思うが、まぁいい」
下らない話を続けていると、ニブルとフヴェルがまた暴言を吐き始めるだろう。
「帝城の様子は?」
「変化なしだよハーレムむっつり野郎」
「ですが、王都に侵攻してくる魔物の数は、巨人による制圧の効果もあって確実に減っています。騎竜兵隊、及び鳥人部隊もすでにそちらに待機している他、初動部隊もすでに第四壁門を突破したようです」
「早いな」
手で示されたワイバーンたちを見ながら、クトーはうなずいた。
想像以上に善戦している、と思いつつも、ミズガルズが指揮を取る人族側の精鋭部隊であれば当然の結果とも思える。
「巨人族と鉢合わせしないよう、ケイン翁やこちらと密に連絡を取るように努めてはいますが、味方同士で交戦されると厄介ですね」
「フヴェルを『門』の向こうへ行かせて上空から見張ってもらえばいい。簡単な話です」
空戦能力と抑止力、どちらも兼ね備えた格好の人材だ。
「……まだ働かせるつもりかムッツリ野郎」
「人が休んでいることに嫌味を言う元気があるなら、問題ないだろう。巨人族は頑健な種族だと認識していたが」
「ッ貴様、帝城から戻ってきたら覚えておけよ……」
「記憶力は悪いほうではない」
肩を怒らせるフヴェルを見つつ、レヴィが額に手を当ててため息を吐いた。
「ナチュラルに煽ってるわね……」
「マジで本人にそのつもりはねーのがあの唐変木だからな」
リュウが深くうなずいているのに、フヴェルが了承したと見做したクトーは告げた。
「では、そろそろ行こう。これ以上長引かせるものでもないからな」
「ああ」
クトーは、未だ空にぽっかりと空いている天穴を見上げる。
「ーーー突入だ。制圧目標は、帝都、魔王軍四将、及び帝国七星」




