巨人の王と老剣聖は、破格過ぎるようです。
二体のエティア複製体が、白仮面、犬頭、鳥頭の三つの首をもたげてブレスを放つ。
それを一歩前に出て真正面から受けたムーガーンが、轟音とともにその威力に呑み込まれるのを、ケインは余波を避けながら眺めた。
瘴気と砂嵐が周りに吹き荒れて、運の悪い巨人族と魔物をもろともに吹き飛ばす。
が、ブレスの威力が晴れると、その中心にいたムーガーンは無傷のまま立っていた。
『そよ風であるな』
ポツリと漏らした巨人族の王が、グッと身をたわめてから地面を揺らして走り出す。
聖属性の肉体を持ち、風以外の全てを内包する大地の精霊に愛された存在であるムーガーンには、基本的に属性を持つ攻撃は効きが鈍い。
聖属性により瘴気の浸食は無効化され、強靭な肉体と耐性によって弾かれるからだ。
「相変わらず、無茶苦茶硬いのう」
ケインでも、あの防御を抜けるのは無属性の剣気と鍛えた技によってのみである。
相手をした後の感想をクトーやリュウに聞いたところ、嫌そうな顔で『反則極まりない』と口を揃えていた。
「さて、ワシも動くかの」
エティアの一匹は、ケインの担当である。
ムーガーンに組み付かれたエティアの背後に回り込んだ、もう一匹の複製体にするりと近づいたケインは、グラムを大上段に構えてフ、と振り下ろした。
蛇の尾を根本から断ち切ると、ビクン、と震えた後に尾の先にある蛇頭がキャシャァ、と首をもたげる。
「ホッホ。肉を離れても闘争を望む気合は大したものじゃの」
複製体がこちらを振り向くまでの間に、サラサラと崩れ始めながらもケインを飲み込もうとした蛇頭に自ら飛び込み、ケインは神速で十字に刃を振るう。
放った剣閃によって、口の中から後頭部までを切り裂いて出来た隙間から飛び出すと、尾が黒い砂に還った。
敵を引き裂いた歓喜に震え、剣鳴を放ちながら狂気の気配を増すグラムを、ケインはトントン、と叩いて宥める。
「そう急かずとも、いくらでも刻んでやるわい。そうじゃの……あのデカブツを、手足の先から微塵に刻むのはどうじゃ?」
ぺろりと唇を舐めたケインは、ニィ、と口の端を吊り上げる。
そして、こちらに狙いを定めた複製体の振り下ろした腕を避けて横に跳びながら、その爪先を削ぐように切り裂いた。
「まずは一つ、じゃ」
※※※
『……その程度の力しかないのであるか?』
ムーガーンは、腕に毒の牙を立ててきた蛇の尾に対して鼻を鳴らした。
組み付いた直後に腕に巻き付いてきたが、皮膚を食い破るどころか締め上げることすら出来ていない。
どころか、ただ鉱物の体を掴み、巻きついているだけでムーガーンの纏う聖気に焼かれて煙を上げていた。
「力を込める、というのは、こうやるのである」
ムーガーンは正面の白仮面に頭突きをかますと、巻き付かれているほうの腕を本体から離して、膂力を込めて尾を引っ張る。
鱗を弾けさせブチブチと引き千切れた尾は、断面でボロ布のように伸びた皮膚をダラリとぶら下げて力を失った。
どうせ焼けて消失するので、ムーガーンは尾を巻きつかせたまま、鳥頭に向かって鉄槌を振り下ろす。
ゴシャリ、と音を立ててエティアの肩にめり込むように鳥頭が潰れ、ついでに鉱物の体にひび割れを走らせた。
それでも、彼我の力の差をまるで理解していないのか、エティアの犬頭が大きく首を伸ばして肩口に噛み付いてくる。
逆にその首の後ろをゴリ、と噛み返して喰いちぎると、口の中に苦みと硬さが入り混じった鉱物の感触がした。
『不味い。抵抗も弱く、喰えもせん。魔族は獲物として面白みに欠けるのである』
ペッ、と食いちぎった部位を吐き捨てたムーガーンは、両手で抱きつくように腕を回したエティアに目を細めた。
その体内で、魔力が凝縮していくのが感じられる。
ーーー自爆であるか。
ムーガーンに対しては無駄な抵抗ではあるが、先ほどのブレスと比べ物にならない威力が撒き散らされれば、眷属らと大地の一部が吹き飛ぶ可能性があった。
『そのような嫌がらせは、逃げと変わらぬ』
ムーガーンは正面の白仮面を両手で掴むと、今回の戦闘で初めて呪文を口にした。
『ーーー〝大地の怒り〟』
古巨人族にのみ操ることが可能な、凶悪な振動呪文。
全力で周囲に向かって解き放てば、人の文明を破壊したこともある最強の地魔法……その威力を相手の頭ただ一点に凝縮して行使する。
『ゴガ……!』
断末魔を最後まで上げることなく、瞬時に白仮面と〝核〟を破壊されたエティアの全身が、振動の余波で頭から順番に砂粒に還った。
ついでに体に巻きついていた蛇の尾も、肩に食いついていた犬頭も消え去る。
『他愛もない』
この程度の相手では、やはり退屈を紛らわすことは出来なかった。
勝負はどうなったか、とケインに目を向けると、彼は倒れ込んだ複製体の頭の上に座り、グラムの刃で白仮面の額を割って〝核〟を刺し貫いていた。
複製体の獣の頭二つは斬り落とされ、四肢は前腕と膝下を鉛筆の先に似た形に綺麗に削ぎ落とされている。
抵抗すら出来ない姿にされて複製体が砂に還ると、ケインは落下して足先から地面に降り立った。
「呆気なさすぎて、グラムが鎮まらんのう」
『魔王軍というのは、幹部でもこの程度であったか』
負ける要素が見当たらんな、と思いつつ首を傾げるムーガーン。
「ホッホ。人族側全員がお主と同様の強さであれば、かつて良いようにしてやられることはなかったじゃろうて」
『目の前に同様の者がいるのであるが』
シュルシュルと縮み、黒い肌をした人の姿を取ると、ケインはグラムを軽く振りながらホッホ、と笑う。
「ワシと同じ程度剣を操れる者があれば、ワシとお主が出会うことはなかったじゃろう」
『それは納得出来る物言いである』
つい、自分を基準に物を考えてしまうのは悪い癖だと、義理の息子にも散々言われていた。
しかし、死合いはせずとも、強き人と戦うほうがまだ歯応えがあると感じてしまうのは否めない。
そしてふと、ムーガーンは気付いた。
「以前、人族の国で開催されると言っていた宴……執り行うのであれば、我が参画するは可能であるか?」
「そうじゃのう……全力では暴れられんじゃろうが、ま、ホアンに掛け合ってみようかの」
そうしてクトーらが休息を終えるまでの間、ケインとムーガーンは談笑しながら魔物たちを退け続けた。




