巨人の王は、恩義を返すようです。
ムーガーンは、地の加護を持つ巨人として、生まれ落ちた時より強大な力を持っていた。
神威と大地の化身、とすら呼ばれるその力で挑みかかって来る者たちを打ち払い、また巨人族の有力者たちを捻り潰して従えた。
退屈は友だった。
巨人族として闘争を求める本能は、自らに並び立つ者の存在に飢えていたが、己が飢えているということにすら気付かないほど、彼の周りに『強き者』は存在しなかった。
年輪を重ねた末に、いつしか王と呼ばれるようになってもそれは変わらず……以前の魔王軍の侵攻を、一切の犠牲を出すことなく打ち払ったのは処のみとまで言われていた。
その退屈を払ったのは、一人の人間だった。
『少し手合わせを願えんか?』
そう告げた血気盛んな青年に、ムーガーンは応じた。
『是』
巨人にしては理知的で穏やかだと言われていたムーガーンは、その人間の覇気と強さに舌を巻くことになった。
そして、己の穏やかさは、並び立つ者のない虚無から来ていたことを知った。
その男との闘争は愉しかった。
高揚に身を委ね、相手の攻撃からは命の危機を感じるのに、相手の命を奪えない狂騒に溺れ……。
気づけば、元々不毛の大地だった処の半分を更地にするほど全力で戦い抜いたあげくに、決着がつかなかった。
お互いに消耗し尽くしたあげく、挑んできた人間は破顔して大の字に寝転がった。
『いや強ぇな! 貴殿、本物の強者よな!』
その満足げな姿を見た時、ムーガーンは悟った。
彼もまた、自らに並び立つ者との死闘に飢え、自分に挑みかかってきたのだと。
『なぁ、ムーガーン殿。俺と協定を結ばんか? 俺が暴れたせいで、我が国は少し疲弊してしまってな。強い友好国が欲しいと思ってるんだ』
『貴殿が我との闘争に、今後も応じるのであれば』
そうしてムーガーンは、挑んできた青年……ケインと友になった。
時の流れの間に幾度か死合ったが、結局毎回引き分けに終わった。
何より、この男を殺してしまえばもう二度と同じだけの力を振るえる相手には出会えないのではないか、という懸念もあった。
ーーー彼の者を超える者など。
そんな自分の思考が、やはり穏やかなものであることを、ムーガーンは自覚した。
殺すことではなく死合うことを繰り返すために、相手の命を完全に奪い去ることをやめてしまっていたのだから。
しかし人は老いる。
ケインは磨き続けた剣の腕でムーガーンに抗し続けていたものの、動きは確実に衰えていた。
そこに寂しさを感じていたところに、ケインは別の相手をよこした。
『のう、ムーガーン。少し面白い連中がおるんじゃ。そやつらと少し遊んでやらんか?』
そうして現れたのが……【ドラゴンズ・レイド】だった。
表面上、一人の力でムーガーンに抗せたのは、リュウと呼ばれていた勇者一人だったが。
ーーーあの男は何者だ?
レイドの遊撃をしている銀髪の青年に、意識が惹かれた。
洗練されてはいるものの動きは明らかに鈍く、多少巨大な魔力を持つ無表情な人間。
しかしその男の指示が飛ぶたびに、一薙ぎに出来る有象無象たちが劣勢を脱し、連携を整え、リュウを頭にして一つの群体となってこちらに迫る。
〝個〟の強さしか知らなかったムーガーンに、その青年は凄まじい衝撃を与えた。
それまでも連携を取ってくる者はおり、数の暴力をもって迫ってくる相手もいた。
だが押し返すどころか、まるでこちらの手の内を全て読んでいるかのように先手を打ち、競り合うたびに巻き返されるような動きをする者など、今まで存在しなかったのだ。
力が強いのではなく、力の使い方が巧い。
力を使いこなすのではなく、持てる力を重ね合わせて何倍にも引き上げる。
ーーーそんな青年を核とする一群に、ムーガーンは初めての敗北を喫した。
『二度とやり合いたくありませんね』
ケインの書状を差し出してそう告げた相手に、ムーガーンは首を横に振る。
『謙遜も度が過ぎれば嫌味であるな。貴殿こそ、真なる闘争者よーーー〝策謀の鬼神〟』
そう称賛を述べると、青年は不審そうに微かに眉をひそめた。
『俺は、ただの雑用係です』
自己評価と他人の評価が格段に違うその青年は、勇者とともに魔王を殺した。
そうして、時は流れ。
『ーーークトー・オロチに、恩義は二つある』
ムーガーンはそう嘯きながら、門を抜けた先でもう一体のエティア複製体を地面に放り投げた。
真横にさきほどまで見上げていた天の穴があり、周りに広がっているのは何もない暴れやすい土地である。
『敗北者たる我の命を奪わなかった恩義。そして愚かにも魔族どもに奪われた我が肉体を、瑕疵なく取り戻してくれた恩義である』
背後の門から、ゾロゾロと現れて周りの魔物どもを喰い荒らす眷属たちが騒ぐ中、全身に力を込めてズン、と一つ大地を踏み締める。
すると、ドン! と音を立てて鋭く隆起した四本の土柱が、二体のエティアの翼を射抜き、込めた聖の力で焼失させた。
『待たされしこと、怒りを捨てることで恩義一つ。彼の者が『守護すべし』と述べた人族の国を守ることで恩義一つ。返さんとするものである』
「ホッホ、待たせることを貸しとする辺り、ちゃっかりしとるのう」
眷属の隙間を縫って現れた生涯の友は、すっかり老いてなお往年に増す覇気を放ちながら、横に立つ。
「どちらかが先に倒すか、勝負するかの?」
『よかろう』
我が身に引き比べても、また自身が認める者たちに引き比べても矮小な〝獲物〟を見つめながら、ムーガーンはうなずいた。




