剣聖は、前線で剣を手に取るようです。
戦闘によって起こった、砂埃が舞う中。
ケインは王都前の平原を踏みしめ、エティア複製体の放つ圧を測りながら目を細めた。
「ふむ。アレらと全力で戦り合うには、ちと王都が近いかの」
そう口にして真っ白なアゴヒゲを撫でていると、ムーガーンがゴキリと首を鳴らす。
「では、場所を移すか?」
「そうじゃのう」
他の連中や自分はともかく、ムーガーンは聖属性の保持者ゆえに、攻撃そのものが結界を透過してしまう。
弱い魔物相手ならまだしも、この場で周りを気にせず全力で暴れられると思わぬ被害が出る可能性があった。
ケインがチラリと周りに目を向けると、冒険者たちは相変わらず聖結界内外をパーティー単位で移動し、攻撃と離脱を繰り返している。
その後ろにある城壁の上や門前には王都の軍が展開しており、巨人たちが戦っている間に体勢を整え直していた。
降りて来たエティア複製体は、どうやらそちらに対する興味がなさそうだ。
―――上で現れたモノも、リュウ坊を狙ったんだったかの。
こちらに一直線に降下してくる複製体は、魂を持たない、という話だったが。
ーーー何者かの命令に従っている可能性は十分に考えられる、のう。やれやれじゃ。
よそに被害が出ないのは確かに好都合ではあるが。
ケインは、暴れるのに色々と考えなければならないのを不自由と感じるタイプである。
「ワシとしては、ここで暴れてもいいのじゃが……ホアンが怒るかの?」
「当たり前でしょう、ケイン卿」
首をかしげると、ユグドリアに柔らかな口調ながらピシャリと言われてしまう。
「建国以来、最大の損害を王都に与えたのは貴方だと国に記録されているのをお忘れですか?」
「はて……そうじゃったかの?」
とぼけてみせるが、ケインは覚えていた。
そこまで耄碌はしていない。
彼女の言う損害というのは、Sランク邪龍をグラムで始末した時の話だ。
正直、その記録を更新するわけにもいかないので、ケインはムーガーンに尋ねた。
「ムーガーン殿。複製体を二匹……お主とその眷属で、クトーらが開いた『門』の中に引きずり込むことは出来るかの?」
聖結界の外に開いた輝く『門』の片方、巨人の処と繋がった側は既に閉じている。
残った方の『門』は天に開いた穴の上に繋がっているとニブルは言っていた。
「可能だ」
「ならば、そうしよう。『門』からもチラチラ魔物どもが現れ始めておるし、中に入るのは作戦通りじゃろ?」
「そうですね」
今度、ケインのつぶやきに応じたのはニブルだった。
彼も戦況をきちんと見ていたようで、淡々と状況を口にする。
「巨人の加勢からこっち、目に見えて周りの魔物の数は減っています。作戦の実行に関しては特に問題はないでしょう」
「それは同意だが」
ギルド総長の言葉に、フヴェルが体内の魔力を高めながら息を吐く。
「……あのデカブツどもを叩き落とすのは、どうせ俺なんだろう?」
「当然ですね」
二人のやりとりを聴きながら、ケインはこちらと向こうの戦力差をひたすらに推し量る。
穴の向こうでアレを相手にする際、大した損害も出なかったのは相手をしたのがレイドの連中だったからだろう。
ーーー王都の騎竜兵隊では、そもそも手傷を負わせることすら難しいじゃろうな。
膂力勝負なら巨人族が複数でかかれば、おそらくはどうにか出来る。
しかし根本的な問題として、彼らは飛べないのだ。
非実体化して飛行が可能なフヴェルは、霜の巨人族ーーー処に住むムーガーンの眷属とは、本来別種の存在なのである。
そんなフヴェルに、ムーガーンは淡々と声をかけた。
「当然、出来ぬ、とは言わんだろう?」
まるで造作もないことであるかのように言われた白い青年は、牙を剥くように口元を歪めた。
ビキビキと指先から体が青く染まっていくのは、変質の始まりなのか怒りからなのかは微妙に読めなかったが。
「……出来ないと言ったら、やらなくていいのか?」
呻くような声音から察するに、多分に怒っていそうな気配である。
喧嘩腰のフヴェルを、ムーガーンは冷たい目で見下ろしながら答えた。
「そんな不甲斐ない息子は存在価値がない。始末するだけだ」
「そうだろうと思ったよ、このクソ親父ガァッ!!!」
吼えながらフヴェルが全身から冷気を吹き出し、同時に目から瞳が消えて真っ赤に染まる。
ーーー戦闘種族なだけあって、息子にも相変わらず手厳しいことじゃ。
ケインは基本的に放任だったので、ムーガーンを恐れるフヴェルの態度は見ていて面白い。
そんな風に思っている間に、ヒュォオオ……と吹雪のような音を立てながら巨人化した彼は、すぐに非実体となって渦を巻き、エティア複製体の元へと飛んでいった。
そしてエティアたちの上空で上半身だけ実体化すると、両手に溜めた冷気を叩きつけるように振り落ろす。
『ゴォオオオオァアァアア……!!』
雪崩のような幻影とともにエティア複製体を襲った冷気の重圧に、ギシギシと軋みながらしばらく抵抗をしていたものの、やがて押し負けたように落ちて来る。
ーーー弱点属性以外は無効化するという話じゃったが。
実体を伴う攻撃に関しては、多少は有効なのかもしれない。
ーーーまぁ、斬れるのであれば何の問題もないがの。
魔剣グラムは、特定の属性を持つものではない。
ケイン自身も天地の気を扱う剣士でありながら〝無属性〟という極めて稀な体質だった。
斬意に反応して切れ味を増し人を凶暴化させる魔剣と、その持てる能力の全てを身体強化と戦技に費やしたケインは、実体のある存在に対しては滅法強いのである。
「ムーガーン」
「ああ」
四体のエティアが大地に叩きつけられ、地揺れを起こしたのを感じながら声をかけると、巨人族の長は、メキメキメキ、と体を膨れ上がらせた。
敵よりも、さらに一回り巨大な本性を現したムーガーンは、落ちて来たエティア二体の首根っこを掴むと、そのまま全力で片方を投げ飛ばし、片方を引きずるように『門』へと向かって行く。
『我が眷属よ、来い』
そう地鳴りのような声を上げながら、巨大なその姿が吸い込まれるように『門』に消える。
すると、魔物を相手にしていた巨人たちが一斉にそれに従って門の方へ向かい始めた。
準備が整ったのを確認したケインは、残りの指示をニブルらに出す。
「ユグドリア嬢と、ニブル殿、フヴェルはここで冒険者どもと残りの二体を相手にせい。その後、状況が落ち着き次第増援を寄越せそうなら貰おう」
「はっ」
「つつがなく事が済むように、せいぜい尽力させていただきます」
ケインは頷くと、細く息を吐きながら手の中の魔剣グラムと同調した。
ざわざわと心の中が泡立つような飢餓と高揚感に身を任せながら、地面を蹴る。
―――我が愛剣と、こうして暴れ回るのも最後かも知れぬな。
剣の技量は若い頃とは比べものにならないほどに上がったと自身でも思うが、その分、体は衰えた。
―――昔なら、リュウの坊程度の攻撃なら三日程度は捌けたはずじゃがの。
明らかに生まれる時代を間違えた剣聖は、そんなことを考えながら巨人族の隙間を縫って『門』の中に飛び込んだ。




