休息の間の代替パーティーは、負けず劣らずの猛者たちです。
―――クトーが小休止に入ってから数時間。
一通り暴れまわって、散々待たされた鬱憤を晴らしたムーガーンに、霜の巨人フヴェルとギルド総長のニブルから状況と作戦概要の説明をしていた。
『あの天穴の意味は解した』
近づいてきた魔物を羽虫のように払いのけながら、ムーガーンは空を見上げた。
その言葉に、ニブルは冷たい表情のまま淡々と告げる。
「それは大変喜ばしいことです。状況をご理解いただけたのであれば、少々話しにくいので、続きは人の姿でお願いしたいのですが?」
ニブルは巨人化したフヴェルの肩の上で、さらに巨大な体の王と話していた。
『良かろう』
ニブルという男は、基本的に妻のユグドリア以外に対しては氷点下の対応しかしないのだが、ムーガーンはその慇懃無礼を気にした様子もなくシュルシュルと身を縮めた。
同様に人の形態を取るフヴェルの肩から飛び降りたニブルは、その碧眼をチラリと魔物に向けた。
ムーガーンがいるのは当然、聖結界の外である。
ゆえに、翼を生やした魔物が何匹かこちらに狙いを定めていたのだが。
「ーーー〝飛べ〟」
ニブルが手に握った杖を軽く振ると、個別に浄化の光に包まれ、断末魔を上げながら塵に帰す。
彼はギルドの総長であると同時に、聖魔法を極めた、世界最高峰の治癒師なのだ。
昔彼とパーティーを組んでいたフヴェルも、別方向から来た魔物に軽く息を吹きかけると、魔物を凍りつかせて砕き、無数の氷片に姿を変えさせる。
「しかし、戦時に休息とは不可解」
ムーガーンがそれを見ながら、腕組みをして呟いた。
「人は巨人族ほど頑健ではありませんので。その分頭は切れますが」
「是。そのおかげで我らが暴れる余地があるは、幸いとも言える」
暗に脳筋呼ばわりされているにも関わらず、ムーガーンは突っかかることもなく頷く。
先ほどから横で聞いているフヴェルは、元仲間と義理の父親のやり取りにピクリと何度か頬を引きつらせていた。
いつか怒らせるんじゃないか、とその表情が雄弁の物語っている。
「ホッホ、無愛想な連中が揃っておるのう」
すると、そこに一人の老人が降り立った。
禍々しい気配を放つ刀身を陽光に煌めかせながら、豊かなアゴヒゲを撫でつつムーガーンを見上げる。
「ワシも人間なんじゃがの。脆弱かどうか、久々に死合ってみるかの?」
その言葉に、フヴェルはますます厄介なのが来た、とでも言いたげに顔を歪め、ニブルが眉をピクリと動かす。
「良い考えだ」
「ケイン翁。現れて早々戯れはおやめいただけますか?」
「そうですよ、ケイン卿。この状況で仲間割れはよろしいことではないですから」
ムーガーンが平然と応じた段階で、ケインについていたユグドリアも少し遅れてその場に降り立った。
「仲間割れではなく、単なる欲求じゃよ。当然本気じゃ」
「なお悪いんですよ!」
我慢がきかなくなったのか、フヴェルがケインの言葉に声を大きくする。
すると老人はやれやれ、と首を横に振った。
「全く。そなたもニブルも外面は良いのに、中身がつまらんのう。冗談も通じんのか」
金髪碧眼、容姿端麗な中年と、真っ白な肌と髪に赤い瞳の美貌の青年に、ケインはホッホ、と笑うが。
「全身からバチバチに殺気を放ちながら言われて信じられるか!」
「その覇気を、せめて納めてからおっしゃっていただきたい。ついにボケたのかという心配だけはせずに済みますがね」
短気な二人はニコリともせず、ニブルがさらに言葉を重ねる。
「敵の侵攻が止まない中で、下らない真似は遠慮願いたい。終わってからであれば、存分になさればよろしいが」
「ほう?」
ニブルの言葉に、ムーガーンが目を細める。
「汝、血湧き肉躍る闘争を『下らぬ』と申すか」
「反応するところはそこじゃねーだろ!」
少し慌てた様子のフヴェルがニブルの服の裾を引っ張るが、彼は黙らない。
「闘争をお求めであれば、穴の上にあるらしい帝城に突入し、魔族とでも戦りあってきてはいかがかと。少なくとも、この辺に湧いている羽虫どもを相手にするよりは楽しめますよ」
「悪くない提案だ。フヴェル、運べ」
「ふざけたことを抜かすんじゃねーよオヤジ! 大体、そのデカイ図体を俺に運ばせようとすんな!」
「人間の姿になったままであれば問題はあるまい?」
「嫌だと言ってるだろうが……! 作戦を何だと思ってんだ!?」
自由すぎて収拾がつかないか、と思われた状況だったが、ケインがふと視線を巡らせてから会話を切り上げる。
「まぁ、駄々をこねるのはこのくらいにしておこうかの。若い連中が休んでいる間に彼奴らのメインディッシュを攫っては、後々恨まれるじゃろうし……」
「【ドラゴンズ・レイド】と戦り合うのも一興だがな。心ゆくまで闘争に浸れる相手と見ている」
「それは同感じゃが、あれを見よ」
言いながら、人差し指で天に開いた穴の方を指差す。
「少しは歯ごたえのありそうな連中が降りてくるようじゃぞ?」
「何?」
全員が空を見上げると、周りの魔物たちより遥かに巨大な魔物が四匹、ゆっくりと降下してくるところだった。
ニブルが、それを見てポツリとつぶやく。
「あれは……ムッツリメガネの言っていた『エティア・ブネゴの複製』とかいう個体か……?」
「そうみたいねぇ。一体だけじゃなかったのね」
ユグドリアが、伴侶の言葉に髪をかき上げると。
「ホッホ、Sランク級を相手にするのも久々じゃな。腕が鳴るわい」
「確かに暇つぶしには良さそうだ。食えはしないが、良い獲物だ」
「ちょうど良い。うちのメンバー二人を昔ブチ殺してくれた野郎は、出来れば自分の手で粉々にすり潰してやりてぇとずっと思ってたからな!」
「珍しくあなたに同感ですよ、フヴェル」
四人の野郎どもが、嬉々として武器や拳を構える。
それを見て、ユグドリアも地面に置いていたハンマーヘッドを持ち上げながら、呆れ顔で冷静な言葉を漏らした。
「アタシ一人でアレを相手にするのは流石に厳しいから、ニブルと一緒で良いかしら?」




