おっさんは、相棒とともに執務室に向かう。
後続する魔物を壊滅させた、炎の雨の中。
誰よりも速く、墜落するような速度で追いついて来たリュウを視界に捉えたクトーに、レヴィから声がかかる。
「そろそろ聖結界よ!」
「ああ」
クトーが前に向き直ると、聖結界をなんとか突破しようとしている魔物の黒い群がりの一点が丸く開いていた。
第一陣降下部隊が切り開いた突破口だ。
そこに向けて第二陣の鳥人部隊が次々と入っていき、追撃しようとしていた魔物達が結界に衝突して焼かれていく。
既に追撃を振り切っていたクトーたちは、追いついてきたリュウと共に王都中に突入した。
そのまま騎首を上げて、前を行くワイバーン同様に王都の最外壁スレスレを疾り抜けたむーちゃんの背の上で、クトーは【風の宝珠】に話しかけた。
「総員、一時帰投。騎竜兵隊は王城庭園に向かえ。ワイバーン、及び鳥人部隊降着の準備は整っている」
ホアンから、大穴へ向かう途中に連絡を受けていたクトーの言葉に、騎竜兵から次々と返事が戻った。
最後に、ルシフェラが疑問を投げかけてくる。
『この状況で休んでていいの?』
「一時休息後に、改めて帝城へ向かいます。我々はともかく、ワイバーンと鳥人部隊は飛び続けでしょう?」
『そうね』
すでに、魔族との交戦開始からかなりの時間が経過しているのだ。
ここで焦って消耗したまま衝突して、思いがけない疲労で負けることを思えば休息は確実に必要だった。
「総員、王都中層区域上を通過しろ。パーティーハウス上空でレイドメンバーは降下。再度指示あるまで、食事を取って寝ておけ」
『おっしゃー!』
『風呂入りたいスね、風呂!』
『マジダリィからな……とりあえず布団か……いや、飲み屋開いてるか?』
いきなり元気になった3バカの言葉に、クトーは眉根を寄せた。
「今の状況で休息せずに遊んだバカは、減俸の上で最初に切り込ませるからな。きちんと、休め。特にヴルム」
『……うぃっす』
とてつもなく不満そうな彼の返事にため息を吐いてから、クトーはレヴィに告げる。
「レヴィもむーちゃんと一緒に降りろ」
「クトーはどうするの?」
「リュウと共に王城へ向かう」
「げ」
うめき声が聞こえたので、チラリと横を飛ぶリュウに目を向ける。
すると阿呆は、こちらから顔を背けて聞こえなかったフリをしていた。
ーーーどいつもこいつも、気を抜き過ぎだ。
シャラシャラとチェーンを風に鳴らす銀縁メガネを押し上げたクトーは、軽く殺気を込めながら【死竜の杖】を向けてやる。
するとそれに気づいたリュウが、舌打ちして答えた。
「わーったよ! 行きゃ良いんだろ!?」
「それでいい」
うなずいて、最後に一人だけ別の要件のために呼びかける。
「ミズチを乗せたワイバーンは貴族区域のギルド本部へ。おそらくニブルが待っている」
『了解です』
「負担をかけるが、終わったらお前も休息を取れ」
『それも、了解しました』
通話を切ると、クトーはリュウに手を差し出した。
嫌そうな顔をしつつも、相方が下に回り込んだので、その背の上に飛び乗る。
「どうした、随分と不満そうだな」
多分ぶっちょ面をしているのだろう、と思いながら呼びかけると、不機嫌な声が返って来た。
「当たり前だろうが! 俺も休みてーんだよ!」
「王城での打ち合わせが終わったらな。というか、うちのリーダーはお前だろうが」
本来ならクトーこそついて行く必要がないはずなのだが、この腐れ縁の幼馴染みは相変わらず戦闘以外では役に立とうともしない。
レヴィはあれほど成長したというのに、コイツと3バカは本当に相変わらずだ。
と思っていると、リュウはわざわざ憎まれ口を叩いて来た。
「だから大人しく乗せてやってんだろ。振り落とすぞこのムッツリ」
「やってみろ無責任。事が済んだ後、無事に済むと思うならな……当然、金銭面の話だ」
わざと体を揺すったので、ガン、とブーツでその背中を蹴りつけてやる。
いて、と声を上げたが、エティアの攻撃にビクともしないくらい体だけは頑丈なので、全く堪えてもいないはずだ。
リュウはそれ以降黙り込んで、レイドの面々が次々と飛び降りていく中、おとなしくワイバーンに追従した。
王城の庭に降下するワイバーンたちを見ていると、見張り台で誘導していた兵士の一人が大きく手を振って、城門の方を示す。
顔を向けると、城内から出て来た男がこちらを見上げていた。
遠くて表情は見えないが、身につけた鎧からクトーは相手の正体を悟る。
それは、国王ホアンの近衛隊長であり、育ての親でもある男ーーーセキだった。
「クトー、リュウ!」
リュウがそちらに飛んで降り立つ直前に、背中から滑り降りたクトーは杖をつきながら尋ねた。
「近衛隊長。なぜここに?」
「戦況の説明をするためにご案内せよ、との陛下のお達しだ。……執務室へ」
「我々は部外者ですが」
クトーはちらりと慌ただしい周りに目を向ける。
ホアンの執務室以外では、セキを含む全員が当然ながら主君に対して礼を忘れない話し方をするが、ルールを無視した会話を聞かれてはまずいかと思ったのだが。
「お前は本当にそういう部分は固いな……竜の勇者とその参謀を迎え入れるのに、陛下の許可のみで済む程度には緊急事態だろう」
セキは苦笑しながらも、目だけは笑っていないまま空を仰ぐ。
聖結界の境こそあるものの、王城の上空にも魔物たちが飛来していた。
「現王の治世が始まって以来の危機、がもう既に3回も続いている。ビッグマウスの侵攻も入れれば4回だ。いい加減うんざりして来た」
そろそろ終わりにしてほしい、とその表情がありありと言っている。
正直にいうと、クトーも同感だった。
魔族の侵入から始まり、残党の侵攻、そして今回。
下手をすると災厄を呼び込む王として、不吉を噂されてもおかしくはなかった。
「治世の陰りが見えるのは、いただけませんね」
せっかくここまで、上手いことやって来たのだ。
うなずいたセキが城内に戻ろうとマントを翻すのに、クトーは竜化を解いたリュウとともに付いていった。
「王家の血筋が、他にケイン元辺境伯の一族しかいないことが幸いだな。彼が譲位など認めないだろう、という確信がなければ公族筋を全員始末しなければならん事態になっていたかもしれん」
「少し声が大きいんじゃねーか?」
執務室に向かう道……本当の側近以外が近寄れない辺りに入り込んだセキが、愚痴なのか何なのかよく分からない物騒な話を口にすると、リュウが気安く突っ込む。
「王家の血筋が少ないことで、逆に陛下は子を授かるまで亡くなっていただいては困りますしね」
「の割に、嫁を娶る様子もない。どうにかしてくれ」
「ククク、アイツも選り好みが激しいからな」
正直、軽い調子のリュウが言うほど笑い事ではない。
魔族に体を乗っ取られた先王が軒並み血統の者を始末か傀儡化しており、唯一生き残っていた先王の家族のうち、妻は王位継承権を永久剥奪された時点で自決、娘も修道院で暮らしている。
本当にホアンが子どもを作らないまま死ねば、実際にケインの血筋に頼るしかなくなるのだから。
執務室の前についてセキがノックすると、中からホアンの声が戻って来た。
ドアをくぐると、執務室のテーブルの上に王都の地図を広げてシャツの袖をまくっているホアンがいて、横に立っていた宰相のタイハクとともにこちらを見る。
「来たか」
目が充血し、ピリピリした雰囲気を纏うホアンは、ふー、と大きく息を吐いてから、即座に本題を切り出した。
「現在の状況はどうなっている?」




