おっさんは、少女の選択を支持するようです。
引き裂かれたエティア・ブネゴは、全身に無数のひび割れを走らせて砕け散った。
破片が瘴気の尾を引きながら宙に溶けるのを眺めたクトーは、残心を解いたリュウに目を移しながら宝珠に向かって告げる。
「総員伝達。増援の巨大個体群の殲滅を完了。レイドを乗せた竜騎兵隊及び鳥人群は帝都浮上後に開いた大穴へ向かう」
報告に対して、ミズガルズからの返答があった。
『了解。健闘を祈る』
「お互いに。最外壁の門は破壊しますか?」
『ああ』
総指揮を譲った相手と短いやり取りをした後、クトーはレイドの面々に呼びかけた。
ーーー全員、隊列を立て直し目標地点へ向かえ。レヴィを拾ったら合流する。
増援を始末するために、少し時間と手間を掛け過ぎた。
出来る限り迅速に行動したいところだが、王都についた後の状況次第では小休止を入れる必要があるだろう。
むーちゃんを地上に降下させると。バラウールが片手を上げ、レヴィが親指を立てているのが見えた。
「気が済んだか?」
「ええ。ーーーとりあえずはね」
乗り込んできたレヴィに騎手の席を譲ると、竜騎士姿になった彼女は軽くカブトに手を添えた。
ーーー満足な結果が得られなかったのか?
複雑そうな横顔を見て首をかしげたクトーに、のしのしと乗り込んできたバラウールが口を挟む。
『嬢ちゃんは、デストロにトドメを刺したのを気に病んでるのさ』
「余計なこと言わなくていいのよ、おっさんゴーレム」
『だが事実だろ?』
バラウールは険のある言葉に怯みもせず、そう言い返す。
レヴィは答えず、むーちゃんを再び浮かび上がらせた。
ーーーふむ。
バラウールとレヴィのやり取りに、クトーは少し考えながら、眼下を見下ろす。
先行したリュウたちはすでに最外壁門の上空を超えていた。
「総員伝達。門を破壊する」
クトーは言葉と同時に【死竜の杖】を門に向け、その前に形成した氷の針山ごと吹き飛ばした。
クレーターとともに入口が広がるが、魔法に吹き飛ばされて一時的に魔物の流入が止まる。
ミズガルズなら、その間に軍を立て直すだろう。
この場での最後の仕事を終えたクトーがバラウールに目を向けると、彼は黙って肩を竦めた。
生まれた時から妙に達観したところのあるゴーレムだが、その活躍と合わせて正式にレイドのメンバーに迎え入れてもいいかもしれない。
そんな風に思いながら、レヴィに言葉を投げる。
「レヴィ。人を殺したのは、初めてか」
エティア同様、ただ姿を模しただけの存在かも知れなかったデストロ。
だがレヴィはアレを人間だと認識していたようだった。
「……そうよ」
「だが、自分で決めたことだな」
呻くように肯定を返した彼女に、クトーは淡々と続ける。
そして、ノリッジとスナップを説得した時のレヴィの言葉を思い返した。
『……せめて、自分の手で引導を渡してやろうとは思わないの?』
人の心の機微を察するのが苦手なクトーには、彼女の内心を正確に推し量ることは出来ないが。
「ーーー自分の手で、救いたいと思ったんだろう?」
「え……?」
振り向いたレヴィは、虚を突かれたようにこちらを振り向いた。
「魔族と化した者を人に戻す手段はない」
運良く魂だけを救い上げたところで、変異した肉体が還ることもない。
まして魂までも犯され切ったモノは、永劫の苦しみを味わうか、天地の龍脈に戻り生まれ変わることでしかその業から解き放てないのだ。
「殺すことでしか救えなかったのなら、その手を汚す覚悟を決めたことを後悔するな」
生きることは闘争だ。
身を守る、あるいは生きる糧とするため以外の理由で他者に害をなす……そんな存在と共存出来る道はない。
「命は、そこにあって当たり前ではない」
獣であれば、まだ共存は可能だろう。
だがそれだとて、人と利益を食い合うのならば始末する。
利己的で傲慢な正義と、条件つきの慈悲と救済。
そんな自らの罪を自覚し、殺すべき相手と対したのならば。
例え自己満足であろうとも、利己的であろうとも。
「だがお前は、守るべきものを守った上でデストロを救ったのだ」
誇れ、とは口が裂けても言えない。
だが何度同じ岐路に立っても、レヴィは同じ選択をするだろう。
守るために、そして救うために殺す矛盾に殉じること。
ーーー人はそれを〝信念〟と呼ぶのだ。
「俺は、お前の選択を間違いだとは思わない」
レヴィは前を向いた。
それきり、返事もないまましばらく会話が途切れる。
だが、悪魔を落としながら突き進む翼竜と鳥人の編隊に合流する直前に、レヴィは小さくつぶやいた。
「……ありがと」
それが何に対する礼なのか、クトーは問い返さなかったが。
彼女の声音は、少し明るくなっていた。
※※※
ーーーその、少し後ろで。
誰にも気づかれず、また悪魔に襲われることもないまま、ひっそりと一騎の翼竜が二人を追跡していた。
乗っているのは、辺境伯アーノ、シャザーラ、そして痩せ細った男である。
隠密行動を得意とするシャザーラのスキルは、魔物の目を欺くことに成功していた。
十分に距離を取り、クトーらにも気づかれないように。
「……本来なら、一体でも師団を壊滅させるSランクの魔物を数体纏めて瞬殺。アレが敵じゃなくて本当に良かったよね」
「まだ分からんだろう。奴らは気の良い連中ではあるが、今後の状況次第では敵対の可能性もある」
アーノが髪をかき上げながら呟いた言葉に、シャザーラは目を細めた。
「協力を仰いではいけないのか?」
「相手にも気づかれたくないからねー。ギリギリまで隠れるよ」
チラリとアーノが目を向けた先は、上空。
遥か先に、霞むように存在しているが、ギリギリ目視できる距離まで近づいてきたそれは、帝城だった。
周りには、まるで羽虫のように空を飛ぶ魔物たちが群れており、城の基盤部分には瘴気が黒雲のように渦巻いている。
「まぁ、上手くいけば彼らも納得してくれると思うしね」
「……そうだな」
痩せ細った男は会話に参加することなく、黙って帝城を見つめていた。
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