おっさんは、宿敵の偽物を始末したようです。
「よし」
鳥頭がズメイに吹き飛ばされて10秒足らず。
ヴルムの灼閃がそれを始末したのを見届けたクトーは作戦開始の合図を出した。
ーーーミズチ。準備は?
ーーーいつでもやれます。
明快な返事に、クトーはうなずいた。
ーーーでは、行動開始だ。
硬直を逃れ、エティアの本体は再びリュウと打ち合い始めている。
ミズチは、瘴気によって犬頭を再生させる隙を与えないようにだろう、合図の直後に水の上位魔法を発動した。
『〝世界樹より滴る清浄なる朝露よ、滝となれ〟!』
ズァ、と。
ミズチの声に合わせて、一瞬で真っ白な雲がエティアの頭上で渦を巻く。
そこから、聖なる輝きを帯びた水流が魔族の体に降り注いだ。
バチバチと水が瘴気と反応しながら、元来の『水』が持つ陰の性質でそれを取り込んで洗い流していく。
「総員伝達。地上で戦う者たちは、今から降り注ぐ黒い水に注意しろ。瘴気を含んでいる」
濁った毒水への警戒を【風の宝珠】を通じて行いながら、クトーは【死竜の杖】に魔力を込めた。
「むーちゃん。内側に切り込め」
「ぷにぃ!」
自分を乗せてエティアの周囲を旋回させていたむーちゃんにそう命じると、利発な子竜は即座に応じて円軌道の内側に向かってバンクした。
ミズチの魔法は、単体に対して強力な効果を持つものが多い。
その反面周りへの影響も大きく、副作用が出ることもあるのだ。
今回の場合は、黒い水だ。
それが地上にもたらす影響を少しでも減らすために、むーちゃんと共にエティアの斜め下方に位置したクトーは杖を掲げた。
「〝清めろ〟」
発動したヴェールのような浄化魔法を、エティアから黒い水を通すフィルターのように展開する。
その光を通り抜けた黒い水は、含まれた瘴気をある程度濾過された状態で地上に降り注いだ。
完全に遮断することは出来なかったが、何もしないより少しはマシだろう。
と、そこで予期していなかったことが起きた。
頭の中に、どうやらまだキレているらしいヴルムの言葉が響いたのだ。
ーーーリュウさん。そのデカブツもダリィんでぶっ潰しますよ。
ーーーテメェちょっと待て!
それに対して、リュウの焦った声が響く。
さらに、瘴気の結界を完全に剥がれたことで危機感を抱いたらしいエティア本体が動きを見せた。
鳥頭と同様に鉱物の巨体を変化させて、飛翔に即した形態を取ったのだ。
「う、ぉ……!?」
ヴルムに向けてリュウの意識が逸れた隙に、いきなりトップスピードで動き出したエティアが彼を弾き飛ばす。
「リュウ、一度そのまま下がれ!」
「言われなくても巻き込まれたくねーっつーの!」
今、ヴルムがいるのは、エティアよりも遥か上空だ。
つまり、剣閃がこちらに向けて降り注いでくる。
ミズチの水と同様に、地上にそのまま降り注げば大惨事を引き起こす可能性があった。
クトーはむーちゃんの首筋を叩いて、エティアの真下を併走させる。
形態変化によって敵が得た速度はワイバーンでは追い切れないレベルに達しているが、成長した聖白竜なら同様の速度で疾れる。
リュウは離脱しようとしたが、彼を吹き飛ばしたエティアは即座に切り返して追走を始めた。
ーーー意思もない割に厄介な。
散々相手をしたせいか、獣のようにリュウをターゲットとして認識しているらしい。
ヴルムのほうは、ギドラが追われたことでスイッチが入ったのだろう。
気持ちはわからないでもないが、相変わらず自制の利かない男だ。
高速で流れる視界の中で、灼気が目に見えて膨れ上がった瞬間、クトーは出来る限りの広さで、防御結界を天蓋のように展開した。
「ーーー〝渦巻け〟!」
いつもの無属性防御魔法ではなく、魔力を練り込んだ水の中位防御魔法である。
渦潮のような結界を展開した直後に、先ほど鳥頭を始末したのと同様の剣閃が降り注いだ。
ヒュドドドド!! と音を立てて、エティアに突き刺さった剣閃がその体を削る。
狙いが逸れたものは、水の結界を貫いていった。
むーちゃんは完全にエティアの下に潜り込んでいたために影響を受けていないが、リュウ以外では最大に近い攻撃力を誇る灼気の剣閃は強すぎる。
が、相克する全力の結界が功を奏し、どうにか逸れた剣閃も地上に到達する前に消える程度には軽減出来たようだ。
ーーーヴルム。暴走するな、といつも言っているだろうが。味方に被害が出る可能性を考慮に入れろ。
ーーーうす。さーせん。
反省しているのかいないのか分からない返事に、クトーは眉根を寄せた。
ーーー給料減らすぞ。
ーーーそれは勘弁す。
『ヴルムの兄貴、何してくれてんスか!? ちょっとカブトかすめたんすけどめっちゃ熱いんスけどぉ!! 火傷してハゲたらどうしてくれんスか!』
どうやら逸れた剣閃の一部がズメイを巻き込みかけたらしく、彼が怒鳴る。
『いや、テメェは元々ハゲてるだろーが』
『剃 っ て ん ス よ!! カブトでムレるから!! 伸ばせば生えるんすよ!!』
『このハゲ、ダリィ……』
「その辺りにしておかないと、本当に纏めて減俸するぞ」
宝珠越しに喧嘩を始めそうな気配を見せたバカどもに告げると、二人は即座に黙り込んだ。
体をかなり削られた上に剣閃で蛇の尾を断たれたらしいエティアは、少しバランスを崩して速度を落とす。
それでもし執拗にリュウを追おうとするエティアの白仮面が、横から飛来した黒い影によってギャリッ! と削られて飛び散った。
その一撃によってエティアの追撃を逃れたリュウが、黒い影に呼びかける。
「ルシフェラ!?」
「冴えないね、竜の勇者。何をダラダラしてるんだい?」
漆黒の両翼を広げた鳥人族の長は、そのまま目に追えないような速度でエティアの周りを飛び回りながらさらに連撃を加えていく。
「ほらほら。速さ比べで、長く空に在る私に勝てると思ったら大間違いだよ」
攻撃こそ致命打にはならないが、間違いなく今この場で、空と風を最も知る者。
そのあまりに速さに、エティアは全く対応出来ていない。
「なんか考えがあるんだろ? 早くやりなよ。助けてやってる間にね」
「言ってくれるじゃねーか! だが助かる!」
「感謝する」
エティアを翻弄しながら、まだ余裕のありそうな彼女に応えると、リュウはこちらに目配せした。
むーちゃんに追走をやめさせ、クトーは敵を中心としてリュウと十字砲火が可能な位置に移動する。
「やるぞ!」
「ああ」
大きく息を吸い込んだリュウに合わせて、クトーも杖をエティアに向ける。
「Ohooooooooooooーーーッ!」
咆哮と共に、リュウが大きく開いた口から灼熱のブレスを吐き出すのとタイミングを合わせて、ルシフェラが跳ねるように巨大な敵から距離を取る。
全身を巻き込む凄まじい熱量に、ヴルムに削られたエティアの体がキシキシと軋むような音を立て始めた。
クトーも、ピシピシと空気中の水分が霧になるほどの魔力を練り上げて、ブレスの直後に魔法を解き放つ。
「ーーー〝凍てつけ〟」
現れたのは、極少の氷球。
キュン、と音を立てて撃ち出した弾丸は、全身から煙を上げて真っ赤に焼けているエティアに突き刺さり。
ベキベキベキと、エティアの全身に氷のツタを這わせた。
そこから、茎を伸ばして花開くように、ツタから氷の花弁が咲く。
『ゴ……ォ……!』
まるで氷花の土壌と化したようなエティアが、全身を真っ白に霜つかせながら初めて声を上げ。
バキバキバキ、とその全身にひび割れが走った。
「よし」
「行くぜェエエエエエエッ!!」
咆哮を上げたリュウは、真紅の大剣を両手で構えた。
『ォ……オ……!!』
満身創痍の状態でなお、リュウに目を向けたエティアはボロボロの巨大な翼を羽ばたかせた。
ドン! とリュウに向かって加速した魔族の全身が、加速によって自壊を始める。
その様は、たしかにクトーの知るエティアの……あの戦闘狂に相応しい有様だったが。
ーーーやはりお前は、ブネではない。
姿を似せただけの、偽物だ。
本質からあの魔族であれば、この場面で苦鳴ではなく、喜びの声を上げただろうに。
「じゃーな、デカブツ」
それを受けて立つリュウの、大上段に構えた大剣が竜気を帯びて赤い輝きに包まれる。
衝突の直前に、トン、と沈み込むように前に出たリュウは、力強く、エティアの白仮面に向かって刃を振り下ろした。
「ーーー〝絶不・真竜一威〟」
ス、と音もなくデスマスクに吸い込まれた刃が、そのまま相手の速度のまま首に、そして胸元に、最後に千切れた尾の先まで到達し。
胸元の〝核〟ごと、全身を真っ二つに断ち割った。




