〝三殺〟の名は、ハリボテではないようです。
「正直、空中戦は苦手なんスけどねー」
迫りくる鳥頭を見据えながら、ズメイはカブトの位置を直した。
そもそも『地』属性を持つため、地面に足がついていない状態だとイマイチ調子が上がらないし、高いところは割と苦手だ。
防御するにしても、土を利用できないと使えるスキルの種類も限られる。
が、ズメイは全く焦っていなかった。
「これでも、それなりに長くレイドの〝壁〟やってんスよね。力比べスよ?」
溜め込んだ地気を、ズメイはまず足場として借りているワイバーンと騎兵の強化に使った。
「〝徐かなること、林の如く〟」
地の上位補助スキル。
ワイバーンと騎兵、そして自分の動きが鈍くなるのと同時に、その全身に常時の数倍に近い力が滞りなく宿る。
速度を犠牲に、防御力を格段に底上げするスキルである。
鳥頭との距離が縮まり、みるみる内に視界の中で大きくなる。
「……!?」
「焦らない焦らない、スよ。……〝動かざること、山の如く〟」
現状でも、鳥頭の真正面からの衝突に耐える程度の耐久は得ているはずだ。
息を呑んだ騎手に声をかけたズメイは、さらに自己強化を行う地の最上位防御スキルを重ね掛けした。
大楯を構えた姿勢で一切の身動きが出来なくなり、代わりに全身から吹き出した地気がワイバーンの鼻面の前で黄の防御結界を展開する。
本来ならさらに全身を土の鎧が覆い、砂嵐を吹き荒れさせるスキルだ。
土の鎧はもちろんなく、砂嵐も空中に漂う砂埃が多少渦を巻く程度だが……当然、結界は制約の大きさに見合うだけの強度を備えている。
遣い手の少ないこのスキルを扱えることが、ズメイの〝泰山の豪傑〟とかいうこそばゆい異名の由来だった。
そして『活殺』という心得は、自分を育て上げてくれたクトーに教えてもらったのだ。
『パーティーを活かすも殺すも、全ては最も前に立ち、敵の攻撃を引き受けてくれるお前にかかっている』、と。
ーーーオレは、《地》の護り人。
ズメイには、自分は地味だ、という自覚があった。
防御に特化し、鈍感で、言われたことを愚直にこなすだけ。
性格的にも能力的にも、兄貴分であるギドラやヴルムのように華々しい活躍など、望むべくもない。
しかし、ズメイは腐ることはなかった。
生来細かいことは気にならないタチだし、クトーはさらにこうも言っていた。
『一番危険な役割を負っているのは、お前だ。ーーー誰よりも命の大切さを知り、慎重に振る舞えるお前を、俺は信頼し尊敬している』
いつも無表情で、何を考えているか分からない変人だが。
彼は率直で、決して嘘を言わない。
ズメイにも、リュウや兄貴分二人のように目立ちたい、という気持ちがまるでないわけではない。
だが、ズメイの自尊心は仲間たちの信頼によって満たされており、それで十分だった。
まして、レイドの誰もが認める最も有能な男には名誉欲が欠片もなく、心の底から裏方で満足している様を見て来たのだ。
ならばズメイが、それに倣うのは必然だった。
本当の意味で『他者の命を預かる立場』にいる地味な男、という存在を……ズメイは心の底からカッコいいと思ったのだから。
「〝壁〟」
衝突の瞬間、ズメイはさらに、最も基礎にして自分が得意とする地の防御スキルを重ねた。
三層の防御スキルによる圧倒的耐久。
鳥頭は、凄まじい速度でそのまま体当たりを敢行してくる。
衝突。
その突進をーーーズメイは完璧に防ぎ切った。
防御結界はビクともせず、ワイバーンもわずかたりともその衝撃で姿勢を揺らがすことなく。
逆に、鳥頭は自分の勢いで結界にぶつかった肩口をへしゃげさせて自壊し、斜め上に錐揉みしながら吹き飛んでいった。
ーーー流石だな。
ーーー助かったぜ!
ーーー後はやる。ダリィけど。
心の中に響いた、クトー、そして兄貴分の言葉と。
「……嘘だろ……?」
騎兵が思わず漏らしたのだろう一言に、ズメイは笑みを浮かべる。
《風》の申し子、暴威の拳聖ーーー虐殺のギドラ。
《火》の狩り手、苛烈の戦鬼ーーー瞬殺のヴルム。
そして自分。
「オレら《三殺》の異名は、ハリボテじゃねースよ?」
ズメイは再びカブトに手を当てると、鳥頭を追って急上昇していくヴルムを乗せたワイバーンに目を向ける。
「ま、普段は3バカ呼ばわりスけどね」
※※※
ーーーあー、ダリィ。
ヴルムは、肩に手を添えているヘイアが、目の前で起こった出来事に一切動じずに追撃を続けるのに相乗りしながら、ダラリと剣をぶら下げた。
ーーーアレを始末するタイミングを測るのがダリィ。
心の中でそんな風に思いながら、姿勢を立て直そうとしている鳥頭を、いつも眠たそうだと言われる半眼でドロリと見つめる。
そしていつも通り、楽がしてぇ、と考えた。
ーーーこの後、誰かが取った大将首が、なぜか俺が取ったことにならねーかなー。
ーーーこの鳥頭潰したら、少しくらいボーナス出ねーかなー。
剣先で拍子を取りながら、ダリィ、ともう一度思う。
ヴルムは〝才能の塊〟だと昔から言われていた。
『お前は視野も広く戦闘のセンスもあり、本気になればリュウとも渡り合え、俺の考えをただ一人完璧な意味で汲めるほど頭も切れる』
クトーに言われたのは、そんな言葉だった。
『だが反面、出来ると思ったことに対する興味が非常に薄い。それが油断に繋がらないように気を付けろ』、と。
ーーー直らなかったよなぁ。ダリィことに。
油断をしているつもりもないが、仲間やクトーがいなければ自分はとっくに戦闘で死ぬか、破滅していただろう。
何でも出来るが、結局出来ることに対する興味を持てないままここまで来た。
楽しいと思うのは、運が絡むギャンブルや、つれない女といったものばかり。
出来ないこと、絶対にままならないことが楽しい。
そんな自分が一人で行動していたら、勝てない魔物に挑むだの、身の丈に合わない散財をするなどでロクでもない末路を辿っていたはずだ。
クトーとリュウに逆らえないことは、今でもまだ『ままならない』と思えるからこそ、ヴルムは生きている。
ーーーサイノーとかいうのじゃ、あの人らに結局勝てねーしなぁ。
勝てない、と思った瞬間から、ヴルムは今まで剣の腕を磨き続けていた。
あの二人に勝つための修行はダルくなかったからだ。
ヴィジョンすら見えず、見えたと思って挑んでも結局負ける。
そんなことを繰り返し続けて、気づけば魔王を彼らと共に殺していた。
ーーーいつになったら勝てんだろーなー。ダリィなー。
ヴルムはそんな人間だが、もう一つ、身内以外にはあまり知られていないことがあった。
ーーーそういやあの鳥頭、ズメイがいなきゃギドラを殺してたかもしんねーのか。……つーか殺してたよな? よな? なんだクソ魔族テメェ俺の仲間に手ぇ出そうとしてんじゃねーよ俺に勝てもしねーよーな鳥如きがガチガチにイワすぞ消炭も残らねーくれぇによテメェの存在がダリィダリィダリィダリィ……。
ヴルムは、思考の流れがネガティブな方に切り替わった瞬間、殺意とともに全身から青い炎気を吹き出し、それが徐々に光に近い色に変わっていく。
火の属性を持つ者の中でも、最上位に位置する極限の火気……〝灼気〟である。
ヴルムは、キレればキレるほど、その戦闘力が増す特性を持っているのだ。
『灼気の遣い手は、世界の歴史上でも数えるほどしかいない。それを見てもお前は優れた剣士だ』
クトーのかつての言葉が、また耳を過ぎる。
常から眠たそうな顔や口癖、皮肉屋で憎まれ口を叩きがちなことから、割と誤解され続けているが。
『レイドの中で最も義に厚く、仲間想いの性格をしていると俺は見ている。だが同時に、とてつもなく短気だ。あまり暴走するな』
頭の回転が早すぎるせいで、コロコロと天気のように変わる機嫌。
それはいい方向に働くこともあるが、悪い方向に働くこともまた、数多い。
陰に篭るのも陽に突き抜けるのも一瞬。
故に、苛烈。
「はー、ダリィ……」
そうして、いつも通りに。
外面には現れない、高速ネガティブ思考からの怒りを瞬時に溜め込んだヴルムは。
「死ねよ。ーーー〝説転・三昧閃〟」
ーーーその性格を顕わす無数の刺突灼閃で、眼前に迫った鳥頭を串刺しにした。




