童顔の拳闘士は、役割を果たすようです。
ギドラは、騎竜兵チェンザォの肩から手を離した。
グッと沈み込むワイバーンの背の上に立ち、足だけで自分の体を支えながら迫り来るエティアの姿を見据える。
リュウが振るう大剣を爪で受けたエティアは、蛇の尾をくねらせて彼に喰いかかった。
「甘ぇよ!」
ギドラたちの大将は、大きく開かれた口の中にあった毒牙を左手で掴んでへし折る。
『ギャガ……ッ!』
紫の血を撒き散らしながら、リュウが腕を振るう勢いで蛇は突撃の方向を逸らされた。
そこでエティアの肉体を紫の暗い光が包み込み、その姿が揺らぎ始める。
すると、チェンザォが軽く身を強張らせた。
「う、ぉ……!?」
「ビビんじゃねーよ! そのままブッ込め!!」
ギドラは彼を叱咤して、風の気を練り上げ始める。
脳裏に、クトーとミズチそれぞれの声が響いていたからだ。
ーーー時魔法ですね。加速するつもりですか。
ーーー防げ。
ーーー了解です。
そんなやり取りの間に、同じくエティアが発する妙な気配を察したリュウが、はさみ潰すように振るわれたエティアの両腕を大きく手を広げて掴んだ。
「ハッ、動くんじゃねーよ!」
『……!』
彼が指にメキメキと力を込めると、腕を包む竜鱗が逆立って彼の全身から放たれる気の圧力が増す。
「このまま行って良いんですね!?」
「おぉ! 脳筋のオレらが何考えたって無駄だ! 信じろ!」
ギドラは言葉通りに何も心配せず、自分の狙いである犬頭に対して意識を集中する。
おそらくは、時魔法によりエティアが加速しても、リュウならば超越知覚で付いていけるだろう。
が、騎竜兵とワイバーンに乗った自分たちではおそらく対処できない。
それを見越して、ミズチとクトーが動いているのだ。
どうせギドラには、前に突っ込んで敵を潰すことしか出来ないのである。
ーーー付き合わせるのは悪ィが、ここまで来たんだから覚悟決めてもらわねーとな!
チェンザォも、王都に侵攻する魔物を食い止めるために自分たちを連れて行く役目に志願したのだから。
そこで、ミズチが魔法を放った。
「〝時の清流、クロノトゥースが支配の元に膿まず弛まざれば〟」
彼女が発動したのは、補助魔法を阻害する時魔法である。
周りに常時、重圧魔法を纏っていた魔龍を相手にした時に目にしたことのあった。
空間に干渉するため、練気スキルはともかく強化魔法も阻害されてしまうのだが……。
ーーー『ヒヒヒ。ちょっとだけオマケさね』
何故か風に乗って、聞き覚えのある仙人の声が聞こえたような気がした。
「……?」
幻聴か? と思う間もなく、エティアの揺らいでいた姿が再び定まったかと思うと、ピタリと動きが止まる。
好機。
「見えた……!」
「おっしゃぁ!!」
ギドラは、思い切り拳を握り込んだ。
ワイバーンは、エティアの左肩にある犬頭に向けて、斜め上からの急角度で飛び込んだ。
凝縮した風気を全力で解放すると、視界が鮮明さを増す。
周りに広く大きく広がる太陽のない空が。
色もなく鋭い流れとなって渦巻く風が。
そこを舞う無数の悪魔と翼竜が。
エティアの、肩口から見下ろす黒い鉱物の肌に生えた同色の剛毛一本一本が。
そこから生える生物的な犬の頭が。
黒い鼻筋の下、自然のものではあり得ない、噛み締めた醜悪な牙と赤黒い歯茎が。
まぶたも瞳孔もない真っ赤な眼を中心に見据えながら。
「コォォ……」
こちらが振り落とされることなど全く気にしていないような、勇猛なワイバーンの降下。
接触直前で翼を極限まで畳み込み、落下するような速度のままギドラの拳が届く完璧な位置取り。
そして手綱を緩く持ち、全く崩れない前傾の騎乗姿勢を取ったまま、肘の裏でさりげなくこちらの爪先を支えるチェンザォの補助を受けて。
ギドラは、深く腰を落とすと。
「ーーー〝破〟ァッ!!」
エティアの後頭部ギリギリをすり抜けざま、練り込んだ風気を纏った拳で犬頭を撃ち抜いた。
※※※
「殺った」
ギドラが、遠目にも犬頭がへしゃげる様が見えるほどの勢いで吹き飛ばしたのを見たクトーは、次にヴルムに目を向ける。
こちらもほぼ完璧な位置取りだった。
エティアの背後、完全な斜め上の死角から迫っている。
一瞬、なぜか動きを完全に止めていた鳥頭は、自分の背後から斜め下に突き抜けたギドラに目を向けている。
再び翼を広げたチェンザォのワイバーンが急浮上する無防備なタイミングで、鳥頭が鎌鼬のブレスを放つ、辺りまでは予測していたが。
ーーーズルリ、と鳥頭がエティアの体を抜け出して、分裂した。
「何……!?」
「ンだとぉ!?」
クトーとリュウが声を上げる間に。
抜け出した鳥頭は、みるみる内に肉体を形成し、巨大なガーゴイルのような姿になってチェンザォのワイバーンを追撃し始める。
「リュウ!」
「今は無理だっつーの!」
おそらくは、リュウがエティアの本体を押さえ込んだことが裏目に出たのだ。
動きを封じられたことで、新手を打ってきたのだろう。
「……」
クトーは、目を凝らして鳥頭が何らかの攻撃を放つタイミングを測った。
防御結界で一撃を防げば、と思ったところで。
ーーーズメイ!
ーーー見えてるスよ。……ヴルムの兄貴。行けるスか?
ーーー当然だろうが。上手くやれよ。
ーーーうス。
脳内で、3バカの会話が響く。
再び目を向けると、全く狼狽えた様子もなく鳥頭の追撃に移っているのはヴルムを乗せたヘイアのワイバーン。
『3、2、1……今ス』
宝珠側から騎竜兵に合図するズメイの声が聞こえ、悪魔を相手にしていた隊列からするりと彼を乗せたワイバーンが抜け出す。
チェンザォのワイバーンと鳥頭の間に割り込む軌道上に位置した、騎竜兵の後ろで。
ーーー泰然と、ズメイが大楯を構えていた。




