少女は、ゴーレムの不思議な話を聞くようです。
『ーーーよくやった。後で拾う』
そう告げたクトーを待つ間に、レヴィは周りを見回した。
ザッピング・デヴィルの最後のあがきで崩れてかけていた戦線は、北の軍勢を中心にすでに立て直されている。
訓練や地力というのは、こういうところで活きてくるのだろう。
クトーに言われてブチブチ文句垂れながらこなしていたことは、全然無駄でも回り道でもなかったのだ。
そこでふと、レヴィはバラウールに目を向けた。
巨大化を解除した彼は、やれやれとでも言いたげに腰を下ろしている。
「まだ終わってないのに、ずいぶん余裕そうね」
『力は温存しろって最初に言われただろ? ノリッジとスナップはどうすんだ?』
そういえば『足』を倒した後にどうしたのか、と思うと、二人は周りを警戒しながらこちらを見ていた。
軽く手を挙げて振ると、二人は同じように応えてルーミィの元へ走って戻っていく。
それをどこか感慨深そうな様子で見送るバラウールに、気になっていたことを問いかける。
「そういえば、バラウール」
『何だい、嬢ちゃん』
「なんかさっき、どこにいても私は私、って言ってたわね。何、あれ?」
『ああ、その話かい』
ニヤリと笑うかのような調子で、バラウールがアゴを撫でた。
『この姿で生まれ落ちて知ったが、魂ってのは色んな場所に繋がってるみてーでな』
「……そうなの?」
『まぁ、こんな状態で生きてるヤツってのは稀なもんだろうから、多分知ってるヤツは少ねーだろうけどな』
魂というのは基本的に肉体が死んだら世界に散り、核となる部分は大地の奥底を流れる巨大な気の流れ……龍脈の中に還るという。
バラウールは、そうした流れから外れた存在なのだろう。
生まれたばかりなのにおっさん臭いと思ったら、そういう事情があったらしい。
「質問の答えになってないけど」
『別に小難しいことを言ってるわけじゃねーよ。オレが持つ、ここではないどこかに繋がった記憶の断片の中にお前さんがいるのさ』
「答え聞いても、全然意味が分かんないわね」
『オレも完璧に理解してるわけじゃねーよ。クトーが言うには〝可能性の分岐〟とやらに繋がってるんじゃねーかって話だけどな』
時に関する魔術理論の中に、そういうものがあるのだそうだ。
ミズチがどれだけ過去と現在を正確に見抜いても、未来視だけは巨大な出来事に関することしか察知出来ないのも、その理屈によるものらしい。
確定していないがゆえに、未来と呼ばれる世界線は複数に分かれるものなのだと。
それは、分かるような分からないような、不思議な話だった。
『この世界の分岐にオレはいなかったらしい。いや、居たか、あるいは今もどこかにいるのかも知れねーが……お前さんたちとは関わらなかったんだろう』
バラウールは、レヴィの顔を見上げてゴリ、と首を傾げた。
『だから、今ここにいるお前さんはオレを知らねーんだろうよ。だが、ここじゃないどこかのお前さんを、オレはよーく知ってる』
クックック、と喉を鳴らしたバラウールは、どこか懐かしそうに、ザッピング・デヴィルだった砂の山を見つめた。
『アイツはオレさ。ま、そういう話もどっかであった、ってことだよ』
「ふーん……?」
自分ではない自分がどこかにいる、という話は、どこか座りの悪い感じを覚えた。
これ以上考えると頭が痛くなりそうだったので、やめておく。
バラウールも、これ以上聞いても答えなさそうな雰囲気だったのでそれ以上問いかけなかったが。
『……向こうの嬢ちゃんも、同じように強いまま生きてくれてりゃいいんだがね』
バラウールは最後にそう続けて、同じように黙った。
※※※
レヴィに待機を命じた後、クトーは一度エティア・ブネゴから離れたリュウと合流した。
「どうだ?」
「えらく硬ぇな。石みてーな体は見掛け倒しじゃねーらしい」
「ふむ」
以前相手にした時同様、防御力が異常に高いのだろう。
ヒビ割れるように大きく開いた正面のデスマスクから放たれた瘴気のブレスを避けながら、クトーはリュウにさらに問いかける。
「俺の魔法なら突破可能だと思うか?」
「どうだろうな。竜気までそこそこ弾くとこ見ると、あんま変わんねーんじゃねーか?」
エティアは、やはり以前相手にした時よりも強化されているようだ。
何度かリュウが斬撃によるダメージを与えているのを見たが、すでに回復しているように見える。
「では、こういうのはどうだ? ーーー〝防げ〟」
クトーは、発動した防御結界でエティアを包み込んだ。
両肩に生える犬と鳥の頭、蛇の尾がそれぞれに放った土石流と鎌鼬、そして火炎のブレスが、防御結界を破壊しながら反射してエティア自身に跳ね返る。
狭い空間で濃縮された破壊力が、空気を震わす轟音と共にエティアを襲うが、どうやら自身には効果がないようで傷一つつかなかった。
「瘴気を含んだブレスのはずだが、腐食もしないようだな」
「元々瘴気の塊みてーなヤツだからな。倒すにゃ、どっちにしたってタメがいりそうだ」
ブレス攻撃をやめて直接攻撃に切り替えるつもりなのか、緩やかに動き出した巨大な魔族を見据えながら、リュウが大剣を肩に担ぎ上げる。
「では、トドメはお前に任せる。なるべくレイドも俺も、力は温存しておきたいからな」
「俺は消耗してもいいってのか?」
「……〝超越活性〟に〝竜化〟までしておいて、その言い草は通らんだろう」
それらの能力を行使したリュウは、無限の体力を持つのと同義と呼んでいいくらいに無尽蔵に、天地の気を肉体に吸い込む。
意識的に敵に対して使えば、相手の体力を奪いながら自分の消耗を抑えることができる唯一無二にして破格のスキルである。
戦闘中に傷すらも自動的に癒し続ける存在など、魔族同様、敵対する者にしてみれば悪夢に等しい。
「防御を抜く対策そのものは、すでにある」
強化されているとはいえ、一度戦った相手である。
「前に相手をした時は、熱してから急激に冷やして砕いた。鉱物の肉体はそのまま特性も似通っているようだ」
「じゃ、俺が最初にぶっこむから、お前が冷やせよ。その後のトドメも打つ」
「それで行こう」
そして、いきなり加速したエティア・ブネゴに対して、リュウが竜の翼を羽ばたかせて真正面から激突した。




