少女は、ゴーレムとともに別れを告げるようです。
『腕』が崩れ落ちるのを確認しながら着地したレヴィは、即座に身を翻した。
まだ一体残っているのだ。
振り向いた先で、バラウールは『足』を相手に善戦していた。
連続で足を振り上げ、地面を踏み鳴らすような速度で叩きつけてくる敵に対して、小さな体躯を生かしてちょこまかと動き回って避ける。
地震のような揺れを受けてバランスを崩したかと思ったら、くるっと丸まって転がり、その足を拳で殴りつけて反撃すら加えていた。
ーーーただのゴーレムの動きじゃないのよね……。
おっさん臭さといい戦い慣れた様子といい、本当に生まれたばかりなのだろうか。
ジクの作ったルーと比べても、どこかぎこちなさが少ないように見える。
しかし戦闘力ではやはり劣るのか、大技を撃つような隙までは作れないようだった。
戦いは拮抗している……レヴィが『腕』を撃破するために属性変化を誘った為、今相手の属性が『地』なのも不利要因だろう。
聖気を纏った拳以外に対抗手段がないのだ。
ーーーどうにか隙を……!
そう思いながら、レヴィが『足』との戦いに参戦しようとしたタイミングで、クトーからの連絡が入った。
『総員、伝達』
そしてレヴィ自身の『腕』撃破を伝えた後、クトーは何でもないことのように淡々と続けた。
『『足』を『闇』に変え、空中の二体を撃破する。その後、バラウールとレヴィで『足』を撃破しろ』
ーーー了解!
意識の中で応えつつ、レヴィは世界樹の騎士に姿を変えると、バラウールを蹴りつけようとしていた『足』の間に割り込んで盾で受けた。
踏ん張った足が地面を削り、体が後ろに押し込まれる。
『レェェヴィィイイイイイ!!』
『腕』を殺されたからか、激昂しているザッピング・デヴィルを無視して、レヴィは歯を食いしばって耐えてから、ゴーレムに問いかける。
「ッバラウール! 聞いた!?」
『おうよ。どう動く?』
あくまでも冷静で軽い様子のバラウールが、隙をついて『足』の体を支えている軸足に思い切り肩から体当たりをかました。
バランスを崩して前に倒れ込んでくる巨躯を避けながら、レヴィはバラウールの言葉に応える。
「『闇』に変わった瞬間、全力よ!」
『んなら、オレが先に突っ込んでやるよ。ボディがぶっ壊れても構わねーし、嬢ちゃんの方が攻撃の威力あんだろ?』
そこで、ズシィン! と音を立てて『足』が倒れ込む間に、レヴィはバラウールと合流した。
ーーー安心感が違うわね。
バラウール自身の言う通り、本体が別にあって命の心配をしなくていい相手だ。
ギュィイイイイイ……と全身の魔力回路を輝かせながら両拳に聖気を溜め込んでいく彼の後ろで、レヴィは呼吸を整えて臍下丹田に落とし込むように気を練る。
大技の連発で、シャザーラと戦った時のように気絶するわけにはいかないのだ。
レヴィは投げナイフを手に取り、呪を口にする。
「ーーー〝双剣炎舞〟!」
レヴィの取れる形態の中で、最大の攻撃力を誇る剣舞士の形態を取った。
盾と投げナイフがそれぞれに曲刀に変化して、炎気を纏い始めた。
代わりに速度はニンジャに劣り、防御力は一番低いが……。
「絶対に、一回で仕留めるわよ!」
『おうよ。そろそろあいつのやまかしさに付き合うのも飽きたしな!』
そこで、再びクトーの声が聞こえた。
『やるぞ』
その後、さほど間を置かずに『足』の動きが止まる。
目を凝らして見ていると、属性変化はクトーの宣言通りに『闇』になった。
ーーーさすがね!
自分が苦労したことを苦もなくやってのける辺り、本当にまだまだ届かない。
しかし前に踏み出そうとしたところで、ザッピング・デヴィルから聞こえるデストロの呻きに変化が起こった。
『嫌ダ……』
『死ニタクナイ……』
『死ヌノハ嫌ダ……!』
『死ヌ死ヌ死ヌ死ヌ死シシシシシィイイイイイ……!!』
アォオオオオオォ……と多重唱のように響き渡った声音と共に、ドン! と地面を蹴った相手は、軸足を中心にコマのようにグルグルと回り始めた。
『死ィニィタァクゥナァァアアアahhhhhhhーーーー』
叫びと共に、瘴気と砂で形作られた黒い竜巻と化したザッピング・デヴィルは、周りに向かって無差別に闇の球体による攻撃を放ち始める。
吐き出された球体が魔物も兵士たちも巻き込み、そこかしこで炸裂した。
「……!!」
『デストロの野郎、ふざけやがって……!!』
レヴィが息を呑むと、バラウールが呻いてから両拳をガン! と自分の胸の前で叩きつける。
『〝組み上がれ〟!』
そのスキルを口にすると同時に、ズザザザザ、と彼の周りにある土がゴーレムの体に張り付き、見る見るうちに巨大に膨れ上がっていった。
『テメェの相手は、オレらだろうが!』
「バラウール……!?」
レヴィの半分ほどの体躯しかなかったゴーレムは、どこか歪だがバラウールの本体に似た姿を作り上げた。
ザッピング・デヴィルに劣らない巨大さを持つ体で足を踏み出しながら、彼は吼える。
『嬢ちゃん、あの竜巻はオレが止める! 隙を逃すなよ!』
「……任せときなさいよ!」
曲刀を体の左右にダラリと垂らし、いつでも動ける姿勢でカカトを上げたレヴィに、バラウールはどこか笑い混じりの呟きを漏らす。
『……どこの世界でも、レヴィはレヴィだな』
「え?」
『何でもねーよ! 行くぜェ!!』
黒い竜巻に突っ込んだバラウールは、ゴリゴリと体を削られながらも前進する。
そして、それを引き起こしている本体であるザッピング・デヴィルの足にわざと体を打たせてそれをガッチリと掴んだ。
『グォォ……!!』
足を掴まれても敵は止まらず、バラウールも一緒に回り始める。
が、彼が地面に足をついて踏ん張ると、その勢いが徐々に弱まってきた。
『力比べなら、負けねェぞ!!』
体を半壊させながらも、バラウールが竜巻を止めた瞬間、レヴィは剣先で地面を擦りながら前に踏み出す。
一歩目よりも二歩目はより速く、研ぎ澄ました集中力は踏み出すごとにより鋭く。
「ハァアアァ……!」
剣の刀身に込めた炎気は熱を高めて、青白く変化した。
一意、専心。
「往生際が、悪いのよーーーデストロォ!」
左の一閃。
曲刀に込めた『斬』の意志と共に、ザッピング・デヴィルの軸足に斬り込む。
横薙ぎに敵を捉えた刃は、これまでで最高の一太刀だった。
まるで手応えを感じないほど芯を捉えた一撃で、軸足を完全に断ち落として振り抜く。
『ォ……!』
もう片方の足をバラウールに捕らえられたままのザッピング・デヴィルがグラリと傾き、その足に比べて小さな頭が徐々にこちらに近づいてくる。
その首目掛けて、もう一太刀。
左手を振り抜く勢いのまま、一転して勢いを乗せた斬り上げでその頭を跳ね飛ばす。
『ォ……?』
頭の正面と人間で言えば両耳の位置にある、デストロの顔を模した白いデスマスク。
動くはずもないだろうそれが、不思議そうな顔をしたように、レヴィには感じられた。
その頭を、逆手に持ち替えた左の曲刀で、さらに一閃。
正面に位置するデスマスクを縦に切り裂くと、その向こうに弱点である〝核〟が見えた。
体を捻った姿勢のまま、レヴィはピタリと動きを止める。
ーーーじゃあね。
別れの挨拶を内心で呟きながら、大上段に構えた右の刃を捻り戻すと同時に、袈裟斬りに振り落とした。
誤らず、最後の一撃が〝核〟を捉える。
パキン、とそれが砕ける小さな音を聞いたレヴィは、残心の姿勢で砂に還っていくザッピング・デヴィルの体を見つめて、奥歯を噛み締める。
魔物と化していたとはいえ、明確に自分の意思で、デストロを。
ーーー人を殺したのは、これが初めてだった。
温泉街でも、王都でも。
魔族と化した人を殺す汚れ役を引き受けていたのは、いつだってクトーだったから。
どれほど山のような正当な理由をつけたところで、後味の悪い、苦い気持ちが込み上げて来る。
皆、いつもこんな気持ちで戦っていたのだろうかと思いながら、残心を解いたレヴィは。
「あんたを殺したのは、私よ、デストロ。……地獄があったら、また会うかもね」
そう呟いて頭を振ると、ポニーテールが軽く揺れた。




