少女は、懐かしい連中と即席パーティーを組むようです。
飛び降りたレヴィは、耳元で唸る風音を聞きながら眼下を見下ろした。
内臓が浮き上がるような不快感とともにみるみる内に近づいてくる地上には、落下してきた『腕』と『足』を警戒して遠巻きにする北の兵士たちが見える。
その周りでは、相変わらず門から出てくる魔物と戦う者たちが彼らの背中を守っていた。
『腕』と『足』を囲む輪の中に、ノリッジとスナップの姿が見える。
不意に『腕』が、瘴気を纏った両腕を振り上げて地面に叩きつけた。
土を抉りながら周りに広がる衝撃波にノリッジとスナップが巻き込まれかける。
「ーーー!」
その二人の前に先に地上にたどり着いたバラウールが着地し、拳を敵と同じように地面に突き刺した。
『ウラァ!』
対抗するように発生した局地的な衝撃と瘴気の波がぶつかり、一部を消滅させる。
『ボヤッとしてんじゃねーよ、クソガキども!』
「ご、ゴーレム?」
「なんだお前!?」
事なきを得た二人とバラウールのやり取りの間に、レヴィは三叉槍を真下に向けて構えた。
ーーー着地点は、『腕』の頭上。
息を詰め、声を上げないまま急降下したが、風切り音を聞きつけたのが『腕』が背中の尾を振り上げる。
三叉槍の先端が尾に突き立ち、わずかに傷をつけただけで防がれた。
「チッ……デストロのくせに!」
タン、と尾に一度足をついたレヴィは、そのまま再跳躍してクルッと後転すると、バラウールの横に着地した。
「あの傲慢男、えらく硬くなったわね」
『口が悪ィな、嬢ちゃん』
「昔散々バカにされたからね!」
バラウールの軽口に答えると、ノリッジとスナップがポカンと口を開ける。
「「レヴィ?」」
「何ボヤッとしてんのよ! 少し下がるわよ!」
相手の衝撃波の効果範囲は、北の軍勢が形成した輪よりも広い。
同じことを思ったのか、後ろから風の拡声魔法を使ったらしきルーミィの指示が飛んできた。
『輪を広げろ! 巻き込まれるな!』
北の軍勢とノリッジたちは即座にそれに従って動き出す。
「ふん、逃げ足は相変わらず早いわね! デブスナップ」
「もうデブじゃねーっつーの!」
『腕』を正面に見据えたまま、後ろ向きに併走したレヴィが言うと、スナップが怒鳴り返してくる。
相変わらずおかっぱヘアだが、たしかに筋肉質になってスリムにはなっていた。
そこで、槍で突き刺した後動きを止めていた『腕』の気配が変わった。
『火』の赤から『地』の黄色へ。
弱点である『水』の攻撃を受けて有利属性に変化したのだ。
チラリと『足』の目を向けると、元々『地』だったこちらは『闇』の黒に変わっていた。
何か法則性があるのかは不明だが、お互いの属性をただ入れ替えるわけではないのかもしれない。
頭上で空中戦をしている二体も含めて属性を交換するとなると、上の状況次第ではいきなり別属性に変化する可能性もあった。
ーーーほんっとーに厄介ね! だからあんたデストロなのよ!
人を小馬鹿にして煽り倒していた人間の頃が思い出されて、レヴィは思わず舌打ちした。
効果範囲外で立ち止まると、後ろにルーミィが現れる。
「ふん、ようやく歯応えがありそうな奴が出てきたな」
状況を楽しんでいるかのような彼女に、槍を構えたままレヴィは問いかける。
「ねぇ、ルーミィさん。ノリッジとスナップを貸して欲しいんですけど」
「ほう?」
レヴィの言葉に軽く眉を上げた彼女は、二人に目を向ける。
「俺ら?」
「何でだよ?」
不思議そうな顔をしているノリッジとスナップに、レヴィは静かに告げた。
「協力しなさいよ、クソ野郎ども。私たちで倒すのよ」
「……お前、アレと自分らだけで戦りあおうってのか?」
ノリッジの問いかけに、レヴィは即座に答える。
「ビビってるの? アレの顔を見なさいよ。ただのデストロじゃない」
「ただのって……」
「ねぇ。逆に聞きたいんだけど、戦りたくないの?」
バラウールが一歩前に出たので『腕』から視線を外したレヴィは、まっすぐ二人を見る。
かつて一時期だけ、デストロと共にパーティーを組んでいた男たちを。
「あんな姿になってるけど。……デストロなのよ?」
その問いかけに、二人は目を見交わした。
ーーーデストロは、嫌なヤツだった。
レヴィは散々バカにされて、囮にされて、挙句に裏切られて荷物を奪われた相手だ。
魔族に魂を売って、あげくリュウさんに殺されたチンケな男だった。
「あなたたち、私よりアイツとの付き合いも長かったわよね」
でも、それでも。
デストロと笑いあったことが一切、なかったわけではない。
「……せめて、自分の手で引導を渡してやろうとは思わないの?」
その言葉に、二人は顔を強張らせた。
「アイツは確かにロクデナシだったわよ。でも、私たちもアイツと何か違うかしら?」
レヴィも、ノリッジも、スナップも。
出会った頃は、全員が何者でもないロクデナシだったのだ。
自分がもし、デストロたちに裏切られた後に出会ったのがクトーでなければ。
初めて、冒険者としての自分を褒めてくれた彼でなければ……レヴィは多分、カバン玉を盗っていただろう。
成功しても失敗しても、のたれ死ぬか、故郷に逃げ帰るか。
どちらにせよ結局、冒険者としては底辺のまま、終わっていたはずだ。
ノリッジとスナップも。
デストロと違ったのは、人のままでいられて、刑期を終えて。
そして、ルーミィと出会ったからだ。
彼女に鍛えられなければ、相手の実力も見抜けないまま強盗を働くようなザコのままだっただろう。
そして、しょうもない末路を迎えていたはずだ。
「そこにあった違いなんて、ただ運が良かったかどうか……それくらいだと思わない?」
自分たちは運が良く、デストロは悪かった。
ーーーだからこそ、哀れだと思ったのだ。
「ねぇ、ノリッジ、スナップ。あなたたち、戦れるようになったんじゃないの?」
レヴィは黙りこくったままの二人を睨みつける。
「ビビってるんなら、もう良いわ。アイツの腰巾着してた頃と、何も変わってないみたいね……ルーミィさんの訓練が、その程度だったって思うことにするわ」
そう煽ると、二人の顔が変わった。
ギラリと目が光り、怒りの気配を見せる。
「あ、姉御をバカにするんじゃねぇ!!」
「それに兄貴だって……最後の方はおっかなかったけど、さ、最初はあんな人じゃなかった!! ちゃんと俺たちを、弟分として扱ってくれたんだ!!」
ーーーそういうところは、変わらないのね。
レヴィは内心で薄く笑う。
この二人は芯から腰巾着だ。
だが、ただ相手に寄生するだけではなく。
主人だと仰ぐ相手をバカにされると怒り、尊敬する気持ちは持っている。
そういう気持ちをレヴィは、クトーや【ドラゴンズ・レイド】の皆と接するうちに学び、同時に理解出来るようになった。
散々ただのアホだチンピラだと、レイドの皆を下げるクトーも。
普段は彼を茶化したり突っ込んだりするレイドの皆も。
そこに尊敬があるからこそ、芯のところではお互いを認め合っているのだ。
「ノリッジ、スナップ。……そう思ってるなら、付き合いなさいよ」
誰かにとっての悪いヤツでも、別の誰かにとっては良いヤツかもしれない。
世の中は、そんなものだ。
ノリッジとスナップにとっては、人間だった頃のデストロは良い兄貴分だったのだろう。
だからこそ、レヴィは思う。
魔族に出会わなければ。
甘言に唆されなければ。
もう少し思慮深ければ。
単にほんの少し運が良ければ、あるいは悪ければ。
デストロだって、自分たちのようになっていたかもしれない。
そして自分たちも、デストロのようになっていてもおかしくなかった。
ーーーねぇ、デストロ。あんたにも理想があったでしょう?
レヴィが、リュウに憧れたように。
デストロにだって、目指した姿があったはずだ。
歪んで捻れて、いつしか壊れてしまった理想かも知れないけれど。
それでも、最初に望んだのは。
ーーー絶対、そんな醜い姿じゃなかったはずよ。
一度目を閉じてから、頭を切り替える。
ーーー道を違った相手を、悼むのはここまでだ。
レヴィは、八重歯を見せて小馬鹿にした笑みを浮かべ、ノリッジとスナップを強い言葉で焚きつけた。
「あんたたち、ウスノロじゃなくなったっていうなら根性見せたら!?」
「やってやらぁッ!!」
「姉御、よろしいですか!?」
負けん気を見せて、二人がルーミィを振り向く。
それをおかしそうに見ていた彼女は、彼らに太い笑みを浮かべてうなずいた。
「良いだろう。貴様らも今や北の精兵の一員……ここらで武功を立てておくのも、悪くはない」
しかしルーミィはそこでスッと目を細め、苛烈と呼ばれる彼女の故郷のような零度の光を瞳に浮かべる。
そして笑みの中に嗜虐を滲ませ、低い声で囁くように告げた。
「ーーーだが、もし醜態を晒したら、その時は分かっているな?」
それに、チンピラだった頃からは比べ物にならないほど姿勢良く。
ビシィ! と直立不動になった二人は、胸に拳を当てる完璧な敬礼を返した。
「「イエス・マムッ!!」」
「よし。……だが小娘。前線に貴様が赴く前に、私からも一つだけ言わせてもらおう」
「何ですか?」
「才能溢れる者を見抜き、育てるあの男の目は大したものだ。が……」
ニィ、と赤い唇に笑みを浮かべたまか、ルーミィはこちらを指差し、強烈な自負を込めた声音で言う。
「才無き者を精兵へと鍛え上げる私は、才覚のある者しか育てないあの男より、師として優れている」
レヴィはその言葉に、目をパチクリさせた。
「……私に才能なんかないですよ。あるのは気合と根性くらいです」
それは、偽りない気持ちだった。
ほんのつい最近まで、クトーたちの足を引っ張ってばかりだったし、トゥスにも力を借りていたし、散々迷惑をかけていたのだ。
「皆が……クトーがいたから、ここまで来れたんですよ。運良く」
「そういうところまで、師に似たようだな」
ククク、と喉を鳴らしたルーミィは、嫌味を言う。
「無自覚な傑物ほど、嫌味なモノはないぞ。過ぎた謙遜よりもタチが悪い」
「言ってる意味が分からないですけど」
しかし、そんなどうでも良いことをこれ以上言い合っていても仕方がない。
そこでレヴィは『地』の弱点である属性……『風』のニンジャに姿を変えて、槍から変化したニンジャ刀を逆手に構えた。
「ノリッジ、スナップ。許可も出たし、そろそろ行くわよ」




