おっさんは襲撃者を尋問する。
「いつまで睨んでいるんだ」
クトーは、ブネを捕らえた直後から機嫌の悪そうな目でこちらを見すえているレヴィに問いかけた。
彼女の後ろには女将がいて、恥ずかしそうに顔を覆っている。
「二回も裸見たって」
「不可抗力だ」
「変態」
「わざと覗いた訳ではない」
こんな言い合いをしている場合じゃないんだが、と思いながら、クトーはブネに目を向けた。
旅館の大広間、その奥に縛り上げたブネを座らせている。
彼の前に立っているのはクトーだけだ。レヴィ、姿を隠しているトゥスが少し後ろにいる。
そしてブネから一番遠いところに女将と、先日彼女と口げんかをしていた老齢の料理長が来ていた。
頑固そうな顔に亀裂のようなシワを刻んだ彼も、今にも射殺しそうな目でクトーに敵意を向けているのをとりあえず無視している。
自分たちの旅館を狙う敵を尋問するよりも、女将の肌を見た事の方が重要とは思えないが、他の人間にとっては違うようだ。
もちろん、クトーも肌を見てしまった事を軽視しているわけでは決してないのだが。
「さて、ブネ」
問いかけたブネは、捕らえられたにも関わらず平然とこちらを見ていた。
体に固定している折れた腕が腫れ上がっているが、眠たげなギョロ目はあいも変わらず無機質で、額に脂汗すら浮かんでいない。
「何故、俺たちを襲った?」
「わざわざ確認せずとも、こちらの襲撃を予測していたのなら気づいているのでしょう?」
質問に対して問い返され、クトーは推測を口にした。
「旅館の乗っ取りに邪魔だったからだろう」
「正解です」
思いのほかあっさりと白状するブネをクトーが意外に思っていると、背後で女将が反応した。
「乗っ取り……?」
「そうだ」
彼女の疑問に、クトーは振り向かないまま肯定する。
「理由は、高級旅館の利益の横取りのほかに、違法賭博場の隠れ蓑にするためだろう。その為にわざわざ工作をして客を旅館から遠ざけ、旅館が仕入れる物の値段を吊り上げた」
予測した事をわざわざ口にしているのは、ブネに聞かせるというより女将に現状を把握させる為だ。
「そこまで把握しているとは、中々良い目や耳をお持ちのようで」
「お前たちも、随分と根を張っている範囲が広いようだが」
皮肉を言っているようだが、ブネの言葉に探るような色を感じた。
クトーらの実情を把握しようとしているのだろう。
冷静なのは、この状況から逃がれる手段でもあるのか、別で聞き耳を立てている者がいるのか。
周囲に怪しい気配もなく、ブネの持ち物は全て取り上げている。
他に考えられるのは体内に魔法のアイテムを埋め込んでいる可能性だが、魔力を介して外と繋がっている風でもない。
「根が広い、と言っても、貴方の素性を即座に把握出来ない程度です。冒険者かと思っていましたが、もしかして同業者ですかね?」
賭博場でのリュウとの会話の事だろう。
クトーはブネの言葉に、首を軽く傾げた。
「どうだろうな」
尋問しているのはこちらであり、素直に話してやる必要はなかった。
そして彼の同業者どころかクトーはただの冒険者であり、この件に関してはパーティーでも個人としても依頼を受けているわけではない。
そもそも休暇中だ。
「ふむ……こちらが軽率に動き過ぎたのか、もう少し早く動くべきだったのか……」
「下手な小細工をしようと思わなければ、俺たちが関わる前に事を終えられる可能性もあっただろうな」
ブネがそれ以上追求するでもなく独白するのに、クトーは答えた。
もっとも、それも億に一つの可能性だが。
クトーらが旅館に来た事自体がミズチの策であり、その時点でリュウが動いていたのだから遅かれ早かれ計画は潰されていただろう。
「なるほど、こちらが動いたから感づかれた訳ですね。次があれば気をつけましょう」
「あると思うのか?」
ブネはそこで初めて笑みを見せた。
「あなたの排除に失敗し、こうして捕らえられた時点で計画はおしまいでしょう。女将に知られた以上は手を引きます」
「その言葉を信用しろと?」
「信じるかどうかはあなたの勝手ですね」
その薄い笑みと小馬鹿にするような目に警戒を強めたが、なぜかブネから殺気は感じない。
クトーは話が終わりに近づいているのを感じて、さらに切り込んだ。
この男は、自分の用が済めばおそらくは貝になる。
「だが、お前が手を引くと宣言しても、黒幕が諦める保証はない」
「今回の件は、私が仕組んだ事ですよ」
「いいや、お前では足りない。一賭博場の経営者程度ではな」
ブネは表情を変えなかった。
そしてチラリと女将の方に目を向ける。
「どうせ遅かれ早かれ、旅館そのものは潰れます。自ら売りに出した時に、改めて伺う事にしますよ。……では、最後の種明かしです」
彼が宣言したとたんに、ブネの体から魔力の気配が噴き出した。
攻撃的な気配ではないが、禍々しい。
その気配に対してクトーは防魔の腕輪を掲げるが、発動する前にゆら、とブネの目が揺れた。
彼は不意にぐるりと白目を剥き、大きく口を開けて天井を向く。
ゴボァ、と何かを吐き出すような音と共に彼から紫色をした煙のようなモノが抜け出し、魔法が発動する気配と共にその塊が消える。
目にした光景に、クトーは顔を歪めた。
「……そういうカラクリか」
「何、今の?」
異様な光景だったからだろう、レヴィが問いかけてくるのに、クトーは振り向いて答えた。
「この男がブネなのか、抜け出した方がブネなのかは分からないが……おそらく、抜け出た奴がテイマーだったんだろう」
「抜け出たって、何が?」
「精神体だ。この男も、別の存在にテイムされていたんだ」
がくん、と首を落としたまま動かなくなった男を背中越しに親指で示しながら、クトーは答えを口にする。
「傀儡の禁呪法によってな」
「くぐ……?」
「憑依のようなものだが、無理やり他人の体を乗っ取って精神を破壊する呪法だ」
人に対する傀儡の呪法は、冒険者ギルドと各国の協定によって禁じられている。
魔物へのテイムとして行使する事であっても嫌う者がいるほど醜悪な呪法であり、『魔術師協会』と呼ばれる魔術研究を主目的としている団体すらも、傀儡の呪法を記した書物は禁書として封印していた。
術師が、乗っ取られる相手が肉体と魂を引き剥がされる苦痛によって絶叫しながらもがく様を、目の前で見続ける事になるからだ。
「悪用すれば、国を滅ぼす事すら可能な呪法だ。知っているか? かつてこの国は、現国王の叔父をこの呪法によって乗っ取った者の手で、腐敗しかけていたんだ」
クトーはブネだった男に近付き、首筋に指を当てる。
男はすでに事切れていた。
「肉体を乗っ取られた者は、体を支配した者との繋がりが切れれば死ぬ」
そうでなくとも、残るのは廃人だけだが。
縛られ、座った姿勢から動けないブネだった男の体を、クトーはそっと横たえて目を指で閉じてやった。
さほど素性の良い男ではなかっただろう。
だが、直接被害を受けた訳でもなく利用されていただけの者をいたずらに辱めるのは、クトーの好みではなかった。
抜け出た存在に関して、クトーには心当たりがある。
それを突き止める為に、黒幕は誰なのかをまず暴かなければならない。
「女将」
「は、はい」
死体に怯えているのか、料理長に支えられながら少し青ざめた顔をしている女将に向かって、クトーは尋ねた。
「この件に関して、少し俺の話を聞く気はあるか?」
敵が、経営難を苦にして旅館を売り渡す選択を彼女がするのを待つつもりならば、それを阻止するのが最優先だ。
女将が承諾するのなら、クトーは黒幕の正体を突き止めつつ旅館の経営を手助けするつもりだった。
クトーの言葉に、女将は少し唇を震わせてから、小さな声で言った。
「……教えていただけますか」




