魔族どもは、策略を仕掛けたようです。
ーーー帝城・謁見の間。
「順調だね。このままだと、ここに来るまで苦戦はしないですかね?」
宙に浮かべた巨大な水鏡を眺めながら、パラカが笑みを浮かべる。
まるで、配下である魔物が殺されるのを楽しんでいるかのような彼の様子に、マナスヴィンは不快感を覚えた。
「人類側最高峰の戦力が、お揃いのようですからねぇ……後はどの程度、持久戦に強いのかですが……」
彼の言葉を受けて、小太りのラードーンがいやらしく目を細める。
続いて、玉座の前に立つ帝王の肉体を奪った男、ハイドラが軽く鼻を鳴らした。
「まだ最外辺の弱いモノ達を相手にしているだけだ。数が多いとはいえここで苦戦するなど、こちらとしては逆に困る」
「それは確かに、そうですねぇ」
するとそこで、横にいる正騎士団長タクシャが、ポツリと言葉を漏らした。
「あそこにいる連中は、どれも粒揃いですね。降伏する者がいれば、くたばったナンダ兄弟の代わりに七星に入れたいところです」
その言葉に、普段の様子は鳴りを潜めて影のように振る舞っていたマナスヴィンはピクリと肩を震わせるが、なんとか沈黙を保った。
ーーー気に入らねぇ。
この場の様子は、自分としては非常に不本意だった。
マナスヴィンは、再びパラカに視線を向ける。
グレート・ロックからクトーらが去った後、姿を見せた美貌の男。
『新たに第二星に任命された、タクシャからの使い』だと名乗った彼を、当然ながらマナスヴィンは警戒した。
すでに魔族に支配されている地である。
パラカ自身の雰囲気も、マナスヴィンにしてみれば胡散臭さしか感じないものだった。
しかし。
「つまらなそうな顔をしていますね、マナスヴィン?」
こちらの内心を見透かしたような鼻につく話し方をするパラカに、マナスヴィンは反吐が出そうな気持ちを抑えながら言い返す。
「Hey、ミスター・パラカ。この状況のどこに、俺が楽しめる要素があると思うんだ?」
マナスヴィンは、召集命令を一度保留しようとした。
クトーの、帝都が魔族の巣窟になっているという言葉を信じたからこそ、逆に敬愛するタクシャの安否がどうしても気になったからだ。
しかしパラカは、時間を稼ごうとするのを許さなかったのだ。
「マスター・タクシャが居られなければ、貴様らの首を刎ねているところだぜ」
「口を慎め、マナスヴィン」
思わず本音を漏らすと、タクシャに諌められる。
マナスヴィンは即座にまた押し黙った。
―――あの高潔なタクシャ様が、自ら魔族などに協力するはずがねーんだ。
まして、主君である帝王が弑されているに等しい状況で。
だがマナスヴィンの見る限り、瘴気に侵された劣悪な環境で数こそ少ないものの、精霊たちは相変わらずタクシャを好む様子を見せている。
ならば答えは二つ……タクシャ自身に何か狙いがあって魔族の懐の中にいるか、操られているか、だ。
だがマナスヴィンは、十中八九、タクシャが操られていると思っていた。
「皆、そんな窮屈そうにせずに、もう少し生きることを楽しめばいいと思うのですが」
こちらの思いをどう思っているのか、パラカは肩をすくめてから水鏡に目を向けた。
「でも、このままじゃ向こう側も優勢すぎてつまらないですかね。……ラードーン?」
「はい。では、少々ショーの演目を早めますかね?」
ラードーンは両手を掲げて、その手い薄ぼんやりとした紫の瘴気を纏う。
「ーーー〝夢の内に、古の城を再誕せり……重ねて、我らが居城と成さしめん〟」
彼の発言と同時に。
ゴゴゴゴゴゴ……と帝城から地鳴りのような音が響き始めた。
※※※
「……何?」
小国連の竜騎兵に次いで鳥人たちが参戦したことによって余裕が生まれたレヴィは、ふと耳に聞こえた異様な音の正体に意識を向けた。
「帝城の方から、だな」
空中の一点に留まって戦場を眺めていたリュウは、壁の向こうに目を向ける。
いつの間にか最外壁の上から向こう側を覗ける高度まで達していたレヴィは、チラリとそちらに目を向ける。
まだまだ大量の魔物がひしめき合い、門の前に密集しようと動いていた。
そして第六壁が少し遠くに見えて、そこまでの地平は数多くの敵が点在している。
城壁の内側全てがこの状況なら、帝城にたどり着くまでにどれほどの魔物を倒さなければいけないのか……と先の見えない状況にレヴィは少し危機感を覚えた。
そしてこの不気味な鳴動。
村で、ビッグマウスの大侵攻を受けた時の記憶がフラッシュバックし、レヴィは慌てて頭を振った。
ーーービビってる場合じゃないのよ!
「何かの攻撃か……? いや」
リュウは真剣な様子で音の正体を探っていたようだが、唐突に何かに気づいた様子で顔を引きつらせる。
「おい、ミズチ」
彼の呼びかけに、意識が繋がっている彼女から即座に反応がある。
ーーー何でしょう?
「この妙な音の正体、探れるか?」
ーーー遠見ですか。この程度の距離なら門を維持しながらでも多少は平気だと思いますが。瘴気の影響を払えるかどうか。
そこで、レヴィと同じように会話を聞いていたのだろうクトーが会話に割り込む。
ーーー気になるのか? こちらに対して害がありそうには感じないが。
「逆にお前は気にならねーのか? なんかヤな予感がすんだよ」
ーーーこの類いのことに関してお前の勘は外れないからな……トゥス翁。補助できないか?
ーーーヒヒヒ。門を維持してるだけでも結構疲れるんだけどねぇ。ま、出来ないこたねーね。
ーーーなら、ミズチと一緒にやってくれ。
ーーーはい。よろしいですか、トゥスさん?
ーーー仕方ねーねぇ。
しばらく沈黙した後、おそらくミズチとトゥスは意識が繋がった全員に、遠見の映像を送ったのだろう。
レヴィの脳裏にも浮かび上がったその光景に、思わず息を呑む。
「城がーーー浮いてる!?」
そこに見えた光景は、信じがたいものだった。
初めて見る壮麗な印象の城が、周りの地面ごと震えながら空中に浮かび上がっていたのだ。
そして真っ白な外壁が薄紫の光に包まれたかと思うと、その色と形状が黒く染まると同時に姿が変わっていく。
ーーー禍々しい金色の尖塔と装飾を持つ、漆黒の城へと。
リュウが舌打ちして呻く。
「やってくれるな……あの趣味の悪ィ城、魔王城じゃねーか?」
ーーーああ。厄介なことになった。
応えるクトーの心配を、レヴィも察して問いかける。
「飛べる人しかあそこ行けないじゃない。どうするの!?」
リュウとむーちゃん、それに鳥人と龍騎兵全員で運んだとしても、戦力のほんの一部しか城に突入できない。
まして魔族たちの最終防衛線となれば、ここにいるよりも強力な魔物がたくさんいることは容易に予測出来た。
総力戦を、故意に出来なくさせられているのである。
リュウも厳しい顔で相方である男に呼びかけた。
「クトー」
ーーー今、考えている。
だが、その返事を彼がする間にも、状況がさらに悪化する出来事が起こった。
城が完全に地面を離れると……そこにぽっかり開いた穴から、もう一つの大地が姿を見せたのだ。
どこか見覚えがある気がして目を凝らし、レヴィは顔色を変えた。
「あそこ、王都じゃないの!?」
ーーーまさか〝現世への道〟……!?
そう、見えた光景は王都を空から眺めたのと同じ光景だったのだ。
開いた穴に気づいた帝城の周りで徘徊していた悪魔どもが、次々と羽を広げて穴に飛び込んでいく。
「ますます悠長にしてられなくなったぜ……ホアンがヤベェ!」
『ーーー総員通達!』
そこで、意思疎通による念話ではなく、風の魔法によって拡声されたクトーの声が響き渡った。




