おっさんの謎を、鳥人の長だけは知っているようです。
ーーー現世への道、第五門。
クトーが見守る先に現れたのは、人間たちでも、獣人たちでもなかった。
「……応じてくれたか」
そこから現れたのは、鳥人兵。
それも並大抵の数ではなく、ミズガルズが引き連れてきた北と小国連の連合軍に引けを取らない凄まじい数の鳥人たちである。
バババババババッ!! と無数のカラスが羽ばたくような音を響かせ、門を突き抜けて空に舞い上がった翼を持つ兵士たち。
ーーーそれは帝国と双璧を成す、東の大国最強の軍勢だった。
即座に広がった鳥人兵らは、リュウたちの討ち漏らした人ではない頭を持つ悪魔たちやガーゴイルなどを槍や爪、魔法で食い荒らし始める。
「これで、完全に形勢は逆転するな……」
地を駆ける増援は、陸戦において圧倒的なタフさを誇る北の兵。
天を覆うのは、東の大帝にのみ従う制空の一団である。
帝都を攻める際に、特に空の戦力がネックになるのは分かっていた。
小国連には広大な土地がない上に国力の問題で竜騎兵の数が少なく、国を丸ごと空にするわけにはいかなかった。
また隠密行動だったため、ミズガルズと共に現れたのは小国連軍の総数に対しておおよそ一割程度である。
だが第五門を開いた先は、東の大国の領地。
大帝に伝えてはいたがどの程度戦力を振り分けてくれるかは未知数だった。
しかし魔物以上に途切れず、未だに門から出現を続ける数を見るに、ほぼ鳥人全軍……最大戦力を派遣してくれたようだった。
ーーー機を見る目は、衰え知らずか。
深慮即断にして一気呵成、と謳われる大帝に相応しい決断であるように思えた。
何せ、先頭を舞う最も速く、そして誰よりも魔物たちを落とし始めた黒い鳥人は……紛れもなく、大帝の愛妾である女性。
〝暴虐の旋風〟ルシフェラ、その人だった。
※※※
魔物をかぎ爪で引き裂いたルシフェラは、チラリと眼下に目を向けた。
無数の魔力の気配が入り乱れる中、一際巨大なそれはすぐに存在が知れる。
戦場の最後尾で、転移の扉を維持している者達の前に立つ、細いチェーンのついたメガネを掛けた銀髪の男。
ーーー『策謀の鬼神へ、汝の助力を願う』
そう口にした愛しいヒトに、ルシフェラは問いかけた。
『リ。あなたの身を守ること以外に私は興味がない』
『是。推して願う』
リ・ワンは、大国の統治という重責を自覚的に担い、我を殺すことの出来るルシフェラにとって唯一無二の存在だった。
その素顔を見たいと、ただ一人ルシフェラに思わせた傑物。
彼は自分の性格を知っているのに、それでもなお願ったのだ。
なぜ? と問いを重ねると、リ・ワンは……自分と睦言を紡ぐ時くらいにしか見せたことのない、晴れやかな笑顔を浮かべた。
そしていつものように、透明で邪気のない視線をルシフェラに向けたままこう告げたのだ。
『ーーー彼の者、唯一の朋友なれば』
と。
ルシフェラの知る限り、リ・ワンとクトー・オロチが顔を合わせたのは、ただ一度だけだ。
あの夢での邂逅を、数に入れないのであれば。
ほんの短い間だけ会話を交わした彼の何がリ・ワンにとって特別なのか……ルシフェラには分からない。
ーーーでもこう見ると、たしかにリに似た雰囲気を感じる。
超然としていて、決断に迷わず、臆さず。
しかしリ・ワン同様、クトー・オロチも、我を殺せはしても、我がないわけでは決してないのだろう。
己の信念に身を呈すこと、守るべきもののために最善の選択を探ること。
そうしたことの結果が今の状況であり、またリ・ワンが親しみを覚える所以なのかも知れなかった。
「ま、私には関係ないけど」
リ・ワンの願いを聞いたのは、ワガママを言わないあの男の気まぐれに付き合ったに過ぎない。
魔物をほとんど落とした後、ルシフェラは自分が従える〝群れ〟の者達に向かって鳥の金切り声を上げた。
半数が急下降に入る。
そのまま地上の魔物たちを引き裂き、掴み上げては地上に落として始末し始めた。
地上にも強き群れがおり、そちらも魔物たちを危なげなく始末している。
もう言う間に決着がつくように思われた。
ルシフェラは一番高いところから戦場を睥睨し、ふと疑問に思った。
ニンゲンたちは気づいているのだろうか、と。
あのクトー・オロチという男の銀髪……世界でただ二種、エルフと古より踊りながら旅をする者にしかもたない、その髪色の意味を。
鳥人のように歌い継がれているのだろうか。
ーーー神と亜人を作り出したのは、銀の髪持つ太古のヒトである、という事実は。
人と、エルフと、獣人族とは違う、竜人と。
それらの内には、太古の血が流れている。
滅びの後、時の流れと共に、強大な魔力を持つ太古のヒトの血は薄まっていったと言われている。
神は竜の勇者を作り出した。
世界の安寧を保つために、その力の半分を奪い取って。
神は魔王の力を手中に収めた。
今は喪われた一つの魂に、その力を宿し続けることで。
そして今、平穏の輪廻が壊れた場所に現れた、銀の髪を持つ男。
誰かが作り上げたわけではない、おそらくは血を保ち続けた者たちと時の偶然により先祖返りした、ただ一人の男。
その力を御すすべを知っていたわけでもなく、偶然に勇者のそばに生まれ落ち、人として育ち、努力し、ずっと行動を共にし続けたのだろう、彼。
ただ己の意思のみで、太古のヒトビトすら御しきれなかった力を制御し、神すらも魅了し、己の存在を認めさせた、ただの人間。
何かに選ばれたわけでもないのに、世界の理すらもねじ曲げた存在。
「もし〝ヒトの勇者〟なんてものが存在するなら……きっとリに似たあの男以上に、その称号に相応しい男はいないわね」
と、誰に言う気もない事実を小さく漏らしたルシフェラは微笑み、ふたたび群れの中に混じって戦場を舞い始めた。




