おっさんは、開幕一発目で敵を半分薙ぎ払うようです。
全力の火の中位魔法を、クトーは空中で発動させた。
地表で行使すると外壁を吹き飛ばしてしまう上に、どれだけ効果範囲を限定しても現世への扉を巻き込んでしまうからだ。
空を舞う魔物たちの直下で横一直線に光の筋が走り、天空に向かって燃え広がるように炎が吹き上がる。
突然発生した暴威になすすべも無く、魔物たちは塵と化していった。
ーーー特に強化されていたりはしないようだな。
魔王城にいた魔物たちは、地上に野良として生息するモノと同じ姿をしていても、より強力な個体として存在していたが。
ーーーもしくは俺の力が増しているのか……どちらだろうな。
魔物が通常の個体であればいい。
だがもし違うのなら、長期戦になった場合に仲間たちの継戦に支障が出るタイミング、の見極めを少し早くしなければならない。
ーーー状況を見つつ、いつもよりさらに余裕を持った状況で判断するべきだな。
通常よりもさらに安全のためのマージンを取る、と決めたクトーは、次いで【五行竜の器】に予め回路形成していた魔力の器を使用し、別の魔法を発動する。
「ーーー〝我が意に従え、死の雷よ〟」
ビシィ、と地上に存在する魔物たちの輪のちょうど中心あたりで不吉な音が走り、そこから半径数百メートルの範囲に円を描くひび割れが生まれた。
空中の火炎に気を取られていた魔物らが姿勢を崩すと同時に、無数に発生した地を這う赤い雷が襲いかかる。
闇の上位魔法によって食い荒らされ、魔物たちが上げる断末魔を聞きながら、さらにクトーはピアシングニードルを5本引き抜いてそれぞれ、現世の扉に一番近い魔物たちに向けて投擲した。
「ーーー〝貫け〟」
パキィン、と呪玉が砕け散ると同時に光線が生まれ、直線上にいた魔物たちを撃ち抜いていく。
同魔法の連発ならば【死竜の杖】だけでも問題はない。
だがイメージと回路形成を同時に行うのでは無く、間髪入れないように回路変換を行うのは負担が大きいので、これらの装備の存在は本当にありがたかった。
ーーーミズチが動けるようになるまでは、少しでも負担を減らしたいからな。
まして、ここでの戦闘はまだまだ前哨戦なのである。
流石に消耗し尽くした状態で戦えるほど魔王軍四将たちも、帝国七星も甘くはないだろう。
第一撃だった上空の炎が終息するのと同時に、クトーは杖の姿を変化させた。
「〝号哭の長竜よ〟……〝凍れ〟」
即座に意思に応えた【天竜の狙撃銃】を腰だめに構えて、引き金を絞る。
最大威力を込めた氷の魔弾を、銃はクトーの体を後退させる反動と咆哮のような音とともに吐き出した。
バキィン! と狙い通り最外壁門前の地面に着弾して鋭いトゲを生やした氷塊が出現する。
透明な塊は出てきたばかりの魔物たちを巻き込んで凍らせ、トゲ先で百舌の速贄のように貫いていった。
ーーー重いな。
そう感じたクトーはピアシングニードルをもう一本取り出して、自分の太ももに軽く針先を触れさせる。
「〝漲れ〟ーーー総員通達」
脚力を強化してニードルを捨てたクトーは、繋がっている仲間たちに呼びかけた。
「残った魔物たちを各個撃破後、余裕があれば門に向けて包囲を狭めろ」
『訊くのもダリィすけど、この門から離れて良いんすか?』
「魔物に壊せるわけではないからな。中に入られないように注意を払うだけでいい。……敵の強さがイマイチ読めん。必要なら適宜戻るように指示を出す」
『うす』
ヴルムとのやり取りの後、仲間たちが動き始めた。
彼らが包囲網を狭める速度で、ある程度は読み切れるだろうという目算だった。
ーーー後は、向こうとこちらの増援のタイミングだな。
こちらは現世の門を、向こうは最外壁の門を守らなければならない。
氷塊を出現させることで門から出てくる経路を二分し勢いを弱めるに留めたのは、完全に塞いでしまうと相手の出方が読めなくなるからだ。
増援の到着までの間に、どれだけ戦力を温存出来るか。
それを考えながら、クトーは狙撃銃を構えて仲間たちを援護し始めた。
※※※
「……クトー、一人で良いんじゃないの?」
レヴィは、彼の魔法が影響を与える範囲外から、リュウと並んで魔物たちの状況を眺めながらそう思った。
以前に王都近くに魔物が出現した時もそうだったが、クトーが大規模殲滅を行う時の力は異常過ぎるような気がする。
何せ魔物たちが、ほんの十数秒で半壊したのだ。
人を巻き込んだりする心配をしなくて良いさっきの状況なら、クトーを守って皆で固まっていた方が効率がいい気がした。
むしろ自分たちが前に出ている方が邪魔になるんじゃ……? とまで考えたレヴィに、つぶやきを聞きつけたのかリュウが笑い混じりに話しかけてくる。
「レヴィ。お前、ジェミニの街に向かう前に気絶したらしいな」
「……何で知ってるんですか?」
一度上空の戦力がほぼ壊滅したので、滞空したままレヴィたちは動いていない。
残った数匹を軽く剣閃を放って始末していたリュウは、ちらりとこちらを見て首を傾けた。
「そりゃクトーが喋ったからだ。だが問題はそこじゃねーよ。俺が言いてーのは、天地の気も、魔力も、扱い方が違うだけで本質は変わらねーってことだ」
気絶の理由は、分身を習得したり、シャザーラに一泡吹かせるために無理をしたせいだった。
精神力が枯渇したのだ。
「クトーは確かにデケェ力を使えるし、魔力も底抜けにあるし、技量もある。壊れない武器を手にすりゃ向かうとこ敵なしに見えるだろうが……そりゃアイツがそう見せてねーからだ」
「……どういう意味です?」
「クトーだって消耗するんだよ。人間だからな」
イマイチよく分からずに尋ね返すと、リュウはあっさりとこう応えた。
「アイツは、竜の魂を持ち、竜気を扱う俺よりも遥かに強烈な魔法を使う。……常人なら、一発でミイラになるどころか魔法の発動すら出来ねーレベルで、だぞ」
言われて、レヴィは気づいた。
クトーは『武器が壊れる』『街中で使いづらい』などの理由を口にするが。
そもそもそんなレベルで使う魔法は、普通なら結界を敷いた上で数十人で使うような規模のものなのである。
「あ……」
「アイツが惜しげも無くあれだけの魔法を使うのは、開幕一発目だからだ。そして、俺たちに少しでも楽をさせるためだ」
まだどれだけいるか分からねー魔物相手に同じだけの攻撃を続けられやしない、とリュウは言った。
「ここで消耗しきって良いなら、もしかしたら出来るかもな。だが俺たちの狙いは帝城にいる連中の首だ」
ひょい、と肩に大剣を担いだリュウは、もう片方の手で後ろを指差した。
「アイツは冷静なんだよ。だからこそ『一人で出来ることなんかたかが知れてる』ってことを誰よりも知ってる」
だから俺たちがいる、とリュウはふたたび増え始めた空中の魔物を見据えながら言った。
「俺たちゃ一騎当千だ。ドラゴン並みのパーティーになろうぜ、って言って、パーティーに名前をつけた。竜が群れりゃ一匹より強いだろ」
ーーーだから〝竜の絆を持つ連中〟なんだよ。
そう口にして、リュウは前に出た。
むーちゃんの背を叩いてそれに追従したレヴィに、彼は言葉を重ねる。
「俺たちがいるから、クトーは全力を出せる。後ろにアイツがいるから、俺たちは存分に暴れられる。最初は俺ら二人だけだったが、今は10倍いる。だから、俺たちは負けねぇ」
速度を上げたリュウは、迫ってきた魔物たちを斬り伏せて、横を指差した。
見るとそちらで、翼を生やした悪魔が魔法を使おうと構えているのが見える。
「ーーー〝水流よ〟!」
三叉槍を構えたレヴィは、その悪魔を即座に撃ち抜いた。
目はいいから、狙いを定めるのは得意なのだ。
そんなレヴィに、リュウは振り向いて牙を剥いてみせる。
「お前も、まだ立場は見習いでも俺らの一員だ。……一人でいい、なんて冗談でも口にするんじゃねぇ」
「……すいません」
レヴィが素直に謝ると、満足そうにうなずいたリュウは、いきなり眼下に剣を振り下ろした。
こちらよりも低い場所を飛び、現世の門の一つに向かおうとしていた魔物が両断されて地面に落ちる。
「分かったら良い。集中しろよ……とりあえず、増援が来るまでは俺らで持ちこたえる」
「はい!」
そうしてレヴィは、リュウの指示に従って援護に徹しながら、途切れる気配の見えない空飛ぶ魔物たちを次々と始末していった。




