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豪商と、北の覇王。


 ーーー帝都東方、小国連軍野営地。


 天幕の中で、両手をポケットに突っ込んだファフニールは、横に立つ巨躯で黒髪の男と共に【遠見の水鏡】と呼ばれる魔導具に映る帝都門前の様子を見つめていた。


 多くの人々が行き交い、巨大である以外はごく普通の平和な光景がそこに写っている。


 そんな彼らの背後で、ファフニールの娘、ナイルがポツリとつぶやきを漏らした。


「……遅いですね」


 表には見せていないが、不安を感じているのだろうう。

 そんな娘の様子に、ファフニールは笑みを浮かべた。


「商売ってのは、どう転ぶか分からねー賭け事だ。楽しめねーなら向いてねーぞ」


 ファフニールは商会連合を掌握した後……いや、その前から動き始めていた。

 兵站の輸送や収集など、全てが決まってから行っていては間に合わない。


 帝国内で一番太いルート……海洋物流を確保していたのはラコフだが、地上東側の物流を掌握していたのはファフニールである。


 帝国内にいる自分の手下全員を使って、食料他の物資を確保していた。

 失敗すれば大損をこくどころか破産するような、自分の全財力をもって行ったそれが無駄になるかどうかの瀬戸際だ。


 ファフニールは焦っていなかったが、ナイルは違う……そういうところが、まだこの娘が甘いところだった。

 経験のないことに対して感じる重圧を跳ね除けれないようでは、人の上に立つ資格はまだまだない。


 そんな風に思いはしたが、それ以上何も言わずにいると、ナイルはさらに言葉を重ねる。


「ですが……すでに五日経っています」


 クトーが帝都入りする予定時刻を伝え、それ以降の連絡を一度絶ってから経過した時間。


「何か起こった、と判断するには十分かと」

「そうとも言い切れん相手だからこそ、貴様の父は待っているのだ」


 ファフニールより先に口を開いたのは、黒髪の男だった。

 ナイルに顔を向けもせずにジッと鏡に映る様子を見つめている。


「敵は魔族、それも四将だ。時間の流れを捻じ曲げる何らかの方法を持っていてもおかしくはない」

「そうであれば、むしろ捜索隊を出すべきではないのですか?」

「相手に感づかれる危険を冒してまで、か?」


 現状自分たちがいる場所は帝都の近く……歩いてほんの数時間程度の場所ではあるが、ギリギリ大森林辺境伯領の中である。

 【ドラゴンズ・レイド】が帝都突入を開始してから進軍を開始することはすでに決定事項であり、覆らない。

 

 余計な動きは、相手に悟られる危険を増すだけなのだ。


「ファフニール。貴様の娘は何も分かっていないな」

「まだ未熟でな……商会がデカくなり過ぎて、危機感ってのの扱い方が分かってねーんだよ」


 ファフニールは娘を振り向き、ギラリと睨みつけた。


「奴らは来る。確実にだ。ーーー商売人に必要なのは、嗅覚と度胸だ」


 儲けの気配を感じたら、即座にベットする金額を決めて動くのである。


「クトーはな、俺が全額ベットするに足る男なんだよ。奴がやると言えば、それは実行される」

「同感だ」


 ファフニールの言葉に、地面についていた剣を黒髪の男がドン、と打つと、外からするりと一人の女性が入ってきた。


 黒い鎧を身につけ、妖艶な美貌を持つ隻腕の将軍ーーールーミィである。


「お呼びですか、陛下」


 恭しく膝をついた彼女に、黒髪の男……〝北の覇王〟ミズガルズは、命じる。


「兵らに、出撃の準備を整えさせろ」

「合図はまだないようですが」

「いや、あったぜ」


 ニヤリと笑ったファフニールは、水鏡の中を指差した。

 ルーミィとナイルがそちらに目を向け……ナイルが、息を呑む。


「な……」


 そこに映る帝都の様子が、一変していた。


 旅人が行き交っていた景色は、魔物が壁門からうぞうぞと這い出してくる景色に。

 そして街道から少し離れた場所に立つ者たちの姿が見える。


「な、何が起こったのです!?」

「そんなこと、俺が知るかよ。だが……来ただろ?」


 太い笑みと共にファフニールはナイルに近づき、その肩にぽん、と手を置いてすれ違う。


「モタモタすんな。こっからは総力戦だ」


 他の場所で待機している者たち……黄色人種領側から向かってきているディナらや、小国連以外の国の面々も、この景色を見ているはずだ。


 彼ら全ての行軍ルートと大半の兵站を確保したファフニールは、天幕を出て帝都の方向に目を向ける。

 そこに、城門のような大きさの、虹色に輝く奇妙な空間が出現していた。


 ーーーアイツが、クトーの仕掛けか?


 確認した直後に【風の宝珠】を通して連絡が入る。


「待ちくたびれたぜ。遅ぇんだよ」

『歪んでいるのは空間だけではないようだな。こちらは予定通りに到着したはずだったんだが』


 響いてきたのは、いつも通りに冷静で小憎らしい声音。

 だが、命を救われてからこっち、誰よりもファフニールが賭けるに足ると思っている男の声だった。


「妙な四角い穴が空中に開いてる。コイツがそうか?」

『ああ、そこから突入しろ。行く先は、俺たちがいる〝もう一つの帝都〟だ』

「上等」


 通信を切ったファフニールは、同じくゆっくりと出てきて虹色の四角穴を見上げたミズガルズに問う。


「いつ出ますかね?」

「可能な限り早くだ。半時間も掛けん」


 南西の帝王、東の大帝と並び称される北の覇王の答えに、ファフニールは内心で笑みを浮かべる。


 ーーー人類全員に恩を売る機会が二度も訪れる人生なんざ、早々ねーぜ。勝てよ、クトー。

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] ここからは魔族と人類の総力戦と言うわけですね。
[良い点] 別働隊手配済みかw [一言] 懐かしい人物が出てきたw
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